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第一話
子ギツネは、都会の少女に恋をした
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「いいかい。決して人間の村に近づいてはいけないよ」
子ギツネの太郎は、幼い頃から祖母にそう聞かされて育った。人間ほど恐ろしい生き物はいないと。見つかったら最後、キツネは捕まり、襟巻きにされるのだと。太郎も、人間は嫌いだった。森は自分達のものだと言わんばかりに、大きな顔をして皆の食料を奪っていく。秋にたくさん食べようと思っていた山葡萄や柿、そして美味しいキノコは人間が全て持っていって締まった。
おまけに、落ち葉の中に罠を仕掛けていくのだ。おかげで、太郎の仲間達はたくさん怪我をした。だから、人間は大嫌いだ。
「ん?」
いつものように森の中を走り回っていると、どこからか泣き声が聞こえてきた。太郎は耳を澄ます。
(こっちか?いや、こっちかな)
聞こえてくる泣き声は、とってもとっても悲しげだった。太郎は、泣き声がする方へと急いで向った。
(人間の子?)
ここら辺では見ない女の子だった。長い黒髪に、ヒラヒラとした白いリボンが揺れている。
(なんで泣いてんだ?)
太郎は人間の事は嫌いだ。だが、憎んでいるわけではない。泣いている女の子をこのまま放っておく事など、太郎にはできなかった。
(キツネのままだと、会話もできないな)
太郎は落ちている葉っぱを頭の上に乗せると、勢いよくジャンプした。すると、太郎の姿は人間の男の子そっくりになった。これなら、女の子を驚かせる事はない。
「おい。なんで泣いてるんだ?」
声をかければ、女の子が驚いたように顔を上げる。大きな目と長い睫毛をした女の子だった。
(か、かわいい)
太郎の胸がドキドキと高鳴る。
(なっ、なんだ?なんで俺の胸がこんなにドキドキするんだ?)
太郎は、真っ赤になった顔を見られないように下を向いた。
「あなた、誰?」
女の子が不思議そうな顔をして見上げてくる。
「俺?俺は、太郎。お前は?」
「私は、佳奈」
「いくつだ?」
「7歳」
それから、太郎は佳奈といろいろ話した。
佳奈は、先月この村に引っ越してきたらしい。友達ができず、クラスでは除け者になっているという。
「よそ者だから、仲間になるのはダメなんだって」
佳奈か、グスッと鼻をすする。
「皆に、嫌われてるんだ」
再び泣き始めた佳奈に、太郎は何もできなかった。太郎が人間の姿になれるのは、この森の中だけ。学校に行って佳奈をイジメっ子から守ってあげたいが、それもできない。
「だったら、俺が友達になってやるよ」
佳奈に笑ってほしくて、太郎は思わずそう言った。言ってから、『しまった』とちょっとだけ後悔した。
(人間と友達になるなんて、できるはずがないのに)
だが、今更取り消しなんてできない。取り消したら、佳奈がまた泣いてしまいそうで・・・。
「ありがとう」
佳奈が嬉しそうに笑う。また、太郎の胸がドキンとした。
太郎と佳奈は、毎日森で遊んだ。佳奈は歌がとっても上手で、太郎の知らない曲をたくさん教えてくれた。太郎は、お礼にと佳奈に森で取れた木の実を分けてあげた。遊べば遊ぶほど、太郎は佳奈の事を好きになった。この気持ちがなんなのかわからないまま、時間だけが過ぎた。
人間と遊んでいるなんて知られたら、きっと母さんに怒られる。そう思いながらも、太郎は佳奈に会う事をやめられなかった。
ある夜。枝を拾いに行った太郎の耳に、人間達の声が聞こえてくる。
「佳奈ちゃんがいなくなったそうだ」
「ええっ。まさか、森の奥に?」
「大変だ。奥は入りくんでて、誰も通れないぞ」
太郎は走った。途中で何度も転びながら、ひたすら佳奈の無事を祈って走った。人間はやっぱり好きになれないけれど、佳奈だけは特別だ。太郎は、どんな音も聞き逃さないように耳をそば立てた。佳奈の泣き声が聞こえてくる。
「こっちだ!」
太郎は、落ち葉を拾って変化した。どうやら、坂道を落ちたようで、佳奈は崖のかなり下にいた。
「佳奈っ、佳奈っ」
「太郎くんっ」
佳奈が太郎に抱きついて泣く。佳奈の涙は、やっぱり苦手だと太郎は思った。
「歩けるか?」
「無理。足を挫いちゃったの」
太郎は、佳奈をおんぶすると崖の上を睨んだ。ここから佳奈を連れて脱出するには、相当な力を使わなくてはいけない。
変化が解けてしまうかも。
(迷っている時間はないっ)
佳奈の身体は、夜風ですっかり冷えていた。太郎は、佳奈を背負うと一気に飛び上がった。途中で変化が解けてしまう。ヒョコッと耳と尻尾が飛び出る。
「太郎、く・・・ん?キツネさん?」
太郎は、もう佳奈には会わないと決めた。キツネだと知られてしまったら、嫌われるに違いない。太郎は佳奈を村人が見つかりやすい所に座らせると、山の中へと帰っていった。自分を呼ぶ佳奈の声にも、振り向きもしなかった。
佳奈に、嫌われたくなかった。
太郎は、今更わかった。これが、恋なのだと・・・。
太郎の初恋は、これで終わった。
数日後。佳奈が引っ越した事を太郎は知った。
さよならも言えないまま、佳奈と離れてしまった。
太郎は、いつまでもいつまでも佳奈を覚えていた。忘れる事などできなかった。初めて恋をした人間の女の子に、太郎はもう一度会いたかった。
数年後。森の中にそれはそれは美しい少女が訪れた。長い黒髪に、白いリボンが揺らめいている。森の中にいる太郎を見つめて、少女が微笑む。
「太郎くん。会いに来たよ」
成長した佳奈が笑う。
太郎の、大好きな大好きな笑顔だった。
太郎は、フワフワの尻尾を優雅に振ると佳奈に向かって駆け出した。頭に葉っぱを乗せて変化する。
「会いたかった」
スラリとした青年の姿になった太郎は、佳奈を力強く抱き締めた。
子ギツネの太郎は、幼い頃から祖母にそう聞かされて育った。人間ほど恐ろしい生き物はいないと。見つかったら最後、キツネは捕まり、襟巻きにされるのだと。太郎も、人間は嫌いだった。森は自分達のものだと言わんばかりに、大きな顔をして皆の食料を奪っていく。秋にたくさん食べようと思っていた山葡萄や柿、そして美味しいキノコは人間が全て持っていって締まった。
おまけに、落ち葉の中に罠を仕掛けていくのだ。おかげで、太郎の仲間達はたくさん怪我をした。だから、人間は大嫌いだ。
「ん?」
いつものように森の中を走り回っていると、どこからか泣き声が聞こえてきた。太郎は耳を澄ます。
(こっちか?いや、こっちかな)
聞こえてくる泣き声は、とってもとっても悲しげだった。太郎は、泣き声がする方へと急いで向った。
(人間の子?)
ここら辺では見ない女の子だった。長い黒髪に、ヒラヒラとした白いリボンが揺れている。
(なんで泣いてんだ?)
太郎は人間の事は嫌いだ。だが、憎んでいるわけではない。泣いている女の子をこのまま放っておく事など、太郎にはできなかった。
(キツネのままだと、会話もできないな)
太郎は落ちている葉っぱを頭の上に乗せると、勢いよくジャンプした。すると、太郎の姿は人間の男の子そっくりになった。これなら、女の子を驚かせる事はない。
「おい。なんで泣いてるんだ?」
声をかければ、女の子が驚いたように顔を上げる。大きな目と長い睫毛をした女の子だった。
(か、かわいい)
太郎の胸がドキドキと高鳴る。
(なっ、なんだ?なんで俺の胸がこんなにドキドキするんだ?)
太郎は、真っ赤になった顔を見られないように下を向いた。
「あなた、誰?」
女の子が不思議そうな顔をして見上げてくる。
「俺?俺は、太郎。お前は?」
「私は、佳奈」
「いくつだ?」
「7歳」
それから、太郎は佳奈といろいろ話した。
佳奈は、先月この村に引っ越してきたらしい。友達ができず、クラスでは除け者になっているという。
「よそ者だから、仲間になるのはダメなんだって」
佳奈か、グスッと鼻をすする。
「皆に、嫌われてるんだ」
再び泣き始めた佳奈に、太郎は何もできなかった。太郎が人間の姿になれるのは、この森の中だけ。学校に行って佳奈をイジメっ子から守ってあげたいが、それもできない。
「だったら、俺が友達になってやるよ」
佳奈に笑ってほしくて、太郎は思わずそう言った。言ってから、『しまった』とちょっとだけ後悔した。
(人間と友達になるなんて、できるはずがないのに)
だが、今更取り消しなんてできない。取り消したら、佳奈がまた泣いてしまいそうで・・・。
「ありがとう」
佳奈が嬉しそうに笑う。また、太郎の胸がドキンとした。
太郎と佳奈は、毎日森で遊んだ。佳奈は歌がとっても上手で、太郎の知らない曲をたくさん教えてくれた。太郎は、お礼にと佳奈に森で取れた木の実を分けてあげた。遊べば遊ぶほど、太郎は佳奈の事を好きになった。この気持ちがなんなのかわからないまま、時間だけが過ぎた。
人間と遊んでいるなんて知られたら、きっと母さんに怒られる。そう思いながらも、太郎は佳奈に会う事をやめられなかった。
ある夜。枝を拾いに行った太郎の耳に、人間達の声が聞こえてくる。
「佳奈ちゃんがいなくなったそうだ」
「ええっ。まさか、森の奥に?」
「大変だ。奥は入りくんでて、誰も通れないぞ」
太郎は走った。途中で何度も転びながら、ひたすら佳奈の無事を祈って走った。人間はやっぱり好きになれないけれど、佳奈だけは特別だ。太郎は、どんな音も聞き逃さないように耳をそば立てた。佳奈の泣き声が聞こえてくる。
「こっちだ!」
太郎は、落ち葉を拾って変化した。どうやら、坂道を落ちたようで、佳奈は崖のかなり下にいた。
「佳奈っ、佳奈っ」
「太郎くんっ」
佳奈が太郎に抱きついて泣く。佳奈の涙は、やっぱり苦手だと太郎は思った。
「歩けるか?」
「無理。足を挫いちゃったの」
太郎は、佳奈をおんぶすると崖の上を睨んだ。ここから佳奈を連れて脱出するには、相当な力を使わなくてはいけない。
変化が解けてしまうかも。
(迷っている時間はないっ)
佳奈の身体は、夜風ですっかり冷えていた。太郎は、佳奈を背負うと一気に飛び上がった。途中で変化が解けてしまう。ヒョコッと耳と尻尾が飛び出る。
「太郎、く・・・ん?キツネさん?」
太郎は、もう佳奈には会わないと決めた。キツネだと知られてしまったら、嫌われるに違いない。太郎は佳奈を村人が見つかりやすい所に座らせると、山の中へと帰っていった。自分を呼ぶ佳奈の声にも、振り向きもしなかった。
佳奈に、嫌われたくなかった。
太郎は、今更わかった。これが、恋なのだと・・・。
太郎の初恋は、これで終わった。
数日後。佳奈が引っ越した事を太郎は知った。
さよならも言えないまま、佳奈と離れてしまった。
太郎は、いつまでもいつまでも佳奈を覚えていた。忘れる事などできなかった。初めて恋をした人間の女の子に、太郎はもう一度会いたかった。
数年後。森の中にそれはそれは美しい少女が訪れた。長い黒髪に、白いリボンが揺らめいている。森の中にいる太郎を見つめて、少女が微笑む。
「太郎くん。会いに来たよ」
成長した佳奈が笑う。
太郎の、大好きな大好きな笑顔だった。
太郎は、フワフワの尻尾を優雅に振ると佳奈に向かって駆け出した。頭に葉っぱを乗せて変化する。
「会いたかった」
スラリとした青年の姿になった太郎は、佳奈を力強く抱き締めた。
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