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第六話
魔法でできない事
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日曜日の公園には様々な人がいる。ベンチでお弁当を食べているカップルや、犬の散歩をしている老夫婦。サッカーをしている親子。そして、逆上がりの練習をしている少年。
「うわっ」
駈は鉄棒から手を離した、駈は、そのまま派手に尻餅をついた。どこからかクスクスと笑い声が聞こえてきて、耳まで真っ赤になった。
「もう1回っ」
駈は、鉄棒を握ると思いっきり足で地面を蹴った。だが、結果は同じ。
「くっそ~」
悔しくて悔しくて仕方がない。クラスの男子で逆上がりができないのは、駈だけなのだ。そのせいで、いっつもバカにされている。
「こんな時に、父ちゃんがいればな」
駈は、幼い頃から父親という存在を知らない。駈が2歳の時に両親は離婚したのだ。父親がいない事は、駈にとっては当たり前だった。でも、やっぱり寂しい。
(父ちゃんがいたら、逆上がりなんてすぐできるようになるんだろうな)
友達のほとんどが父親に教えてもらったと話していた。駈だって、父親に教えてもらいたい。
母親に頼りたいところだが、彼女も逆上がりはできないのだ。
「よしっ。もう一回!」
駈が元気よく鉄棒を掴んだ瞬間。
「おい」
不意に低い声が聞こえてくる。振り向いた駈は、思わずヒッと声を上げ後ずさった。なぜなら、そこには巨大なクマが立っていたからだ。周囲にいた人達も、驚いてその場から離れていった。
「な、何でクマ?着ぐるみ、だよな」
「着ぐるみやない。鉄棒の妖精さんと呼べ」
確かに、クマのどこにもファスナーや隙間はない。オレンジのモフモフした毛に触ると、確かに柔らかい。
「本当に、妖精?」
「そう言ってるやろ。ほれ、どいてみろ」
クマはモフモフの手で鉄棒を掴むと、駈の前で綺麗な逆上がりをして見せた。
「す、すげぇ」
駈が呟くと、クマは短い腕を組んで威張ったポーズをとる。駈は疑いの眼差しを向けた。
(大阪弁はカタコトだし。それに、妖精って・・・)
小学生にだってわかる。このクマは、アヤシイ。だが、なぜだか駈はそのクマをキケンとは思わなかった。
「お前。逆上がりできねーのか?」
「う、うるせぇ。すぐにできるよ。こんなものっ」
だが、やってもやっても駈の足は空を切るだけ。クマが、その姿にヤレヤレというように首を振る。
「踏み込みが甘い。それに、腕を伸ばしすぎや」
クマは、それから色々とアドバイスをしてくれた。
「明日から特訓やっ。覚悟せいっ」
翌日から、駈はクマに逆上がりを教えてもらう事になった。クマは教え方が上手で、駈は少しづつ上達していった。
「なぁ、おっさん」
「おっさんやない。鉄棒の妖精さんだ」
「小3舐めんなよ。そんな子供騙しが通じるか」
「・・・ドライやな。お前」
不意に、小さな子供が父親に肩車されて歩いて行くのが見えた。
「おっさん。父ちゃんってどんなんだ?」
「なんや。急に」
「俺さ、父ちゃんいねーんだ。母ちゃん、離婚しちゃってさ。勝手だよな」
「どうしようもない父ちゃんだったんやろ。母ちゃん責めんな」
「・・・わかってるよ」
駈の母親は、ずっと一人で苦労してきた。朝は新聞配達、昼はカフェ、夜は清掃業のアルバイトをしている。そんな母親が、最近やっと笑顔を見せるようになった。ある人物と出会ったためだ。
「おまけに、再婚するってさ」
「新しい父ちゃんができるんや。良かったやないか」
「俺の父ちゃんじゃないっ」
駈は、思わず大声で怒鳴ってしまった。
「俺、覚えてるんだ。本当の父ちゃんの事。うっすらだけど、覚えてるんだっ。顎に小さな傷があって。いっつも笑ってて・・・」
駈にとって、父親はその人だけだった。もう、顔も声もうろ覚えだが今でもその腕の暖かさは覚えている。
「・・・」
「あんな奴、父ちゃんなんて認めないっ」
駈は鉄棒を掴んで叫んだ。勢いよく地面を蹴り、鉄棒に向かって足を高く上げた。が、できなかった。
「えーっ」
駈がガッカリしたように項垂れる。その肩を、クマがポンポンと叩いた。
「・・・クマぁ」
「鉄棒の妖精さんや言うてるやろ。今日でオレのレッスンは終わりや」
「えっ。なんでだよっ」
「続きは、新しい父ちゃんに教えてもらえ」
クマのモフモフの手が、駈の肩を叩く。
「いつまでもしょーもない父ちゃんを追いかけるな。新しい父ちゃんと仲良くせぇ」
「嫌だよっ」
クマが駈を肩車する。駈は、なぜかとても懐かしい気持ちになった。
「お前の母ちゃんが選んだ人や。大丈夫だ」
「・・・そうかな」
「そうや。じゃな」
クマが片手を上げて去っていく。その背中は、駈の幼い頃の記憶を呼び起こした。
「待ってっ。クマ、もしかして・・・」
言いかけた時、遠くから母親の声がした。
「誰かいたの?」
母親の声に、駈はクマを紹介しようとした。が、振り向いた所には誰もいなかった。
「クマのおっさん?」
辺りを見回しても、そこには誰もいなかった。もし、駈がもっと遠くを見たら気がついたかもしれない。クマが、遠くから見つめている事に。
「これで、良かったんですか?」
クマの後ろから、黒い帽子を被った少年が声をかけてくる。透き通るような白い肌をした、やけに大人っぽい表情をする子だった。
「これで良かったんだ。願いを叶えてくれて、ありがとよ」
少年が魔法の呪文を唱えると、クマは人間の姿へと変貌した。これが、本来の彼の姿である。
「しっかし、魔法って本当にあるんだな。クマの姿になれるなんて信じられなかったぜ」
小芝隼人は、ポリポリと顎をかいた。そこには、小さな傷がある。隼人は、数日前に魔法使いを目指すセオと出会った。だが、最初の願いは却下された。
「すみません。あなたを過去に戻す事ができなくて・・・。時間を操作するのは、魔法使いでもできないんです」
セオが、自分の事のように哀しい顔をする。
「いいよ。俺の失敗は、取り返しがつかないんだ」
19歳という若さで結婚した隼人は、妻や子供を顧みる事はなかった。気が合う友人達と飲み歩き、欲しい物をなんでも買った。
妻子が出て行って、初めてその大切さを知った。
「でも、駈と話せた。それで十分だ」
隼人にできる事は、駈の背中を押してやるだけだった。隼人は、泣き笑いのような顔でセオを見た。
「ありがとよ」
やがて、空には2つの三日月が昇る。セオは、隼人に一礼するとホウキに跨り魔法界へと戻っていった。
魔法も万能ではない。できない事もあるのだ。
「うわっ」
駈は鉄棒から手を離した、駈は、そのまま派手に尻餅をついた。どこからかクスクスと笑い声が聞こえてきて、耳まで真っ赤になった。
「もう1回っ」
駈は、鉄棒を握ると思いっきり足で地面を蹴った。だが、結果は同じ。
「くっそ~」
悔しくて悔しくて仕方がない。クラスの男子で逆上がりができないのは、駈だけなのだ。そのせいで、いっつもバカにされている。
「こんな時に、父ちゃんがいればな」
駈は、幼い頃から父親という存在を知らない。駈が2歳の時に両親は離婚したのだ。父親がいない事は、駈にとっては当たり前だった。でも、やっぱり寂しい。
(父ちゃんがいたら、逆上がりなんてすぐできるようになるんだろうな)
友達のほとんどが父親に教えてもらったと話していた。駈だって、父親に教えてもらいたい。
母親に頼りたいところだが、彼女も逆上がりはできないのだ。
「よしっ。もう一回!」
駈が元気よく鉄棒を掴んだ瞬間。
「おい」
不意に低い声が聞こえてくる。振り向いた駈は、思わずヒッと声を上げ後ずさった。なぜなら、そこには巨大なクマが立っていたからだ。周囲にいた人達も、驚いてその場から離れていった。
「な、何でクマ?着ぐるみ、だよな」
「着ぐるみやない。鉄棒の妖精さんと呼べ」
確かに、クマのどこにもファスナーや隙間はない。オレンジのモフモフした毛に触ると、確かに柔らかい。
「本当に、妖精?」
「そう言ってるやろ。ほれ、どいてみろ」
クマはモフモフの手で鉄棒を掴むと、駈の前で綺麗な逆上がりをして見せた。
「す、すげぇ」
駈が呟くと、クマは短い腕を組んで威張ったポーズをとる。駈は疑いの眼差しを向けた。
(大阪弁はカタコトだし。それに、妖精って・・・)
小学生にだってわかる。このクマは、アヤシイ。だが、なぜだか駈はそのクマをキケンとは思わなかった。
「お前。逆上がりできねーのか?」
「う、うるせぇ。すぐにできるよ。こんなものっ」
だが、やってもやっても駈の足は空を切るだけ。クマが、その姿にヤレヤレというように首を振る。
「踏み込みが甘い。それに、腕を伸ばしすぎや」
クマは、それから色々とアドバイスをしてくれた。
「明日から特訓やっ。覚悟せいっ」
翌日から、駈はクマに逆上がりを教えてもらう事になった。クマは教え方が上手で、駈は少しづつ上達していった。
「なぁ、おっさん」
「おっさんやない。鉄棒の妖精さんだ」
「小3舐めんなよ。そんな子供騙しが通じるか」
「・・・ドライやな。お前」
不意に、小さな子供が父親に肩車されて歩いて行くのが見えた。
「おっさん。父ちゃんってどんなんだ?」
「なんや。急に」
「俺さ、父ちゃんいねーんだ。母ちゃん、離婚しちゃってさ。勝手だよな」
「どうしようもない父ちゃんだったんやろ。母ちゃん責めんな」
「・・・わかってるよ」
駈の母親は、ずっと一人で苦労してきた。朝は新聞配達、昼はカフェ、夜は清掃業のアルバイトをしている。そんな母親が、最近やっと笑顔を見せるようになった。ある人物と出会ったためだ。
「おまけに、再婚するってさ」
「新しい父ちゃんができるんや。良かったやないか」
「俺の父ちゃんじゃないっ」
駈は、思わず大声で怒鳴ってしまった。
「俺、覚えてるんだ。本当の父ちゃんの事。うっすらだけど、覚えてるんだっ。顎に小さな傷があって。いっつも笑ってて・・・」
駈にとって、父親はその人だけだった。もう、顔も声もうろ覚えだが今でもその腕の暖かさは覚えている。
「・・・」
「あんな奴、父ちゃんなんて認めないっ」
駈は鉄棒を掴んで叫んだ。勢いよく地面を蹴り、鉄棒に向かって足を高く上げた。が、できなかった。
「えーっ」
駈がガッカリしたように項垂れる。その肩を、クマがポンポンと叩いた。
「・・・クマぁ」
「鉄棒の妖精さんや言うてるやろ。今日でオレのレッスンは終わりや」
「えっ。なんでだよっ」
「続きは、新しい父ちゃんに教えてもらえ」
クマのモフモフの手が、駈の肩を叩く。
「いつまでもしょーもない父ちゃんを追いかけるな。新しい父ちゃんと仲良くせぇ」
「嫌だよっ」
クマが駈を肩車する。駈は、なぜかとても懐かしい気持ちになった。
「お前の母ちゃんが選んだ人や。大丈夫だ」
「・・・そうかな」
「そうや。じゃな」
クマが片手を上げて去っていく。その背中は、駈の幼い頃の記憶を呼び起こした。
「待ってっ。クマ、もしかして・・・」
言いかけた時、遠くから母親の声がした。
「誰かいたの?」
母親の声に、駈はクマを紹介しようとした。が、振り向いた所には誰もいなかった。
「クマのおっさん?」
辺りを見回しても、そこには誰もいなかった。もし、駈がもっと遠くを見たら気がついたかもしれない。クマが、遠くから見つめている事に。
「これで、良かったんですか?」
クマの後ろから、黒い帽子を被った少年が声をかけてくる。透き通るような白い肌をした、やけに大人っぽい表情をする子だった。
「これで良かったんだ。願いを叶えてくれて、ありがとよ」
少年が魔法の呪文を唱えると、クマは人間の姿へと変貌した。これが、本来の彼の姿である。
「しっかし、魔法って本当にあるんだな。クマの姿になれるなんて信じられなかったぜ」
小芝隼人は、ポリポリと顎をかいた。そこには、小さな傷がある。隼人は、数日前に魔法使いを目指すセオと出会った。だが、最初の願いは却下された。
「すみません。あなたを過去に戻す事ができなくて・・・。時間を操作するのは、魔法使いでもできないんです」
セオが、自分の事のように哀しい顔をする。
「いいよ。俺の失敗は、取り返しがつかないんだ」
19歳という若さで結婚した隼人は、妻や子供を顧みる事はなかった。気が合う友人達と飲み歩き、欲しい物をなんでも買った。
妻子が出て行って、初めてその大切さを知った。
「でも、駈と話せた。それで十分だ」
隼人にできる事は、駈の背中を押してやるだけだった。隼人は、泣き笑いのような顔でセオを見た。
「ありがとよ」
やがて、空には2つの三日月が昇る。セオは、隼人に一礼するとホウキに跨り魔法界へと戻っていった。
魔法も万能ではない。できない事もあるのだ。
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