上 下
3 / 7
第三話

男は、初めて魔法を信じた

しおりを挟む
とても綺麗な満月が、夜空を美しく飾っていた。雲1つなく、風さえも吹いていない。
窓の外を見上げ、ロゼッタは懐かしそうに目を細めた。今年で88歳となるロゼッタは、若い頃はかなりの野心家だった。必死に働き、会社を経営するようになってからは常に利益を考えていた。それが、自身や家族の幸せに繋がると信じていたのだ。
「じーちゃん。どうしたの?」
孫のトムが不思議そうな顔をする。ロゼッタが、あまりにも満月を食い入るように見ていたからだ。今年で7歳になるトムの姿が、ある少年と重なって見える。ロゼッタに大切な事を教えてくれた、ある少年。
「トムだけに教えてやろう。実は、昔むかしじぃちゃんは魔法使いに会った事があるんだ」
ロゼッタが言えば、トムがゲラゲラと笑い出す。
「じーちゃんってば、今日はエイプリルフールじゃないよ」
「わかっとる。わしは、嘘なんか言ってないぞ」
だが、トムは信じなかった。そこで、ロゼッタは昔話を披露した。

その頃。ロゼッタは、会社を起業したばかりだった。会社は瞬く間に急成長。多くの人が、まだ25歳という若き社長の言動に注目した。だが、順風満帆かといえばそうではなかった。
仕事優先のロゼッタは、家族を大事にしてこなかった。家庭の中は冷え切っていて、3人目の子供を産んだばかりのエレナは、ロゼッタをいつも哀しそうに見つめていた。
そして、そんなエレナにロゼッタはいつも苛ついていた。
「なんだ、その顔は。俺のやり方に文句があるのかっ」
ロゼッタは、エレナのためならなんでもした。宝石やドレスを惜しげもなく買い与えたし、お手伝いも雇った。なのに、どれもこれもエレナを喜ばす事はできなかった。
「お前は何が欲しいんだ?なぜ、お前は笑わなくなったんだっ」
ロゼッタが言えば、エレナの瞳から涙が溢れた。
「あなたは、忘れてしまったのね」
エレナは、赤ん坊を抱き上げて2階の寝室へと向かった。残されたロゼッタは、苛立ちを鎮めるように庭に出た。その夜は、満月がとても綺麗で風も吹いてはいない。まるで、時が止まったように・・・。
「え?」
ロゼッタは違和感を感じた。
気のせいではない。本当に、時が止まっているのだ。そして、見上げた夜空には三日月が2つ。
ロゼッタは、自分が夢を見ているのかと頬をつねった。
「無駄だよ」
どこからともなく声がする。ロゼッタが振り向けば、黒いフードを被った少年がホウキを片手に立っていた。
「最悪。オレのパートナーが、あんたみたいな奴なんてな」
少年がフードを外す。ボサボサの黒髪に、ドングリのような大きな瞳。ロゼッタは、瞬きを何度も繰り返した。
「お前。どこの子だ?人の家に勝手に・・・」
「オレの名前はレオ。魔法使いの見習いだ。お前は、オレのパートナーに選ばれたんだ」
レオの言葉に、ロゼッタはまだ夢を見ているような気持ちだった。
「なんでもいいから願いを言え」
偉そうに少年が言う。ロゼッタは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「俺に願いなんてない。地位も、名誉も、金も。全て自分の手で手に入れた」
言いながら、ロゼッタは虚しさを覚えた。確かに、会社は成功したし喝采も浴びた。
だが、本当に欲しかったのはこれではない。
「・・・本心を見せろ」
レオがホウキの先を向ける。何もかも見透かすような漆黒の瞳。一瞬、金色に光った気がした。三日月のような、不思議な金色。
「オレに嘘はきかない。本当は、願いがあるだろ?」
言われた瞬間。心の中に、エレナの笑顔が浮かんだ。優しく美しいエレナ。かつて、ロゼッタはエレナの願いを叶えたいと思った。まるで、子供のような願い。
先程のエレナの言葉を思い出す。自分は、何を忘れたと言うのだろう。
(あ・・・)
ある光景が浮かぶ。それは、ロゼッタが忘れていた懐かしい故郷の風景。
(なぜ、忘れていたのだろう)
ロゼッタは、やっとエレナの悲しげな瞳の意味を知った。彼女は待っていたのだ。ロゼッタが思い出すのを。
ロゼッタは、深く深呼吸した。
「ガラスの花が、欲しい」
それは、エレナが欲しいと言った唯一の物。

『高価な服や宝石には興味がないの。でも、ガラスの花が欲しいわ。あの映画に出てきたような・・・』

2人で初めて見た映画。主人公の魔法使いが、最後にヒロインに贈ったガラスの花。愛しているという言葉を添えて・・・。
ロゼッタは、いつかガラスの花を贈ると約束した。真実の愛の証として。手に入れる事なんて不可能だと、エレナは笑った。だが、どうしてもあげたかったのだ。
レオはニッと笑うと、ホウキを上空へと向かって振り回した。途端に強風が吹き荒れ、ロゼッタは飛ばされそうになった。
「うわっ」
やがて、風は止み静寂が戻った。ロゼッタがそっと目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「嘘、だろ・・・」
その場に咲いていた花びらは、すべてガラスと化していた。柔らかいのに、触れるとパリパリと音がしそうだ。
「じゃな、ロゼッタ。エレナと幸せに」
ホウキにまたがり、レオが夜空を華麗に舞う。呆然とするロゼッタの後ろから足音が聞こえた。
「ロゼッタ。これは、どういう事?」
エレナが驚いた顔をする。ロゼッタは、ニッコリ笑った。
「魔法使いがくれたんだよ」
ロゼッタは、ガラスのバラを一輪エレナに差し出した。
「君を愛してる。今までも、これからも・・・」
エレナは、ガラスの花を受け取ると嬉しそうに笑ってくれた。あの日のように。

「どうだ?不思議な経験だろ?おや?」
気がつくと、トムはロゼッタの膝の上で寝息を立てていた。ロゼッタが困惑していれば、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
「お前の話が退屈だったんだな」
振り向いたロゼッタは、もう驚かなかった。
「久しぶりだな。レオ」
そこには、立派な魔法使いになったレオがいた。魔法使いというのは、時間の流れが違うのかもしれない。あれから60年以上たつのに、レオはまだ二十歳そこそこの外見だ。
「ロゼッタ。オレも、愛する人を見つけたよ」
レオの言葉に、ロゼッタは自分の事のように喜んだ。
「それは良かった。愛する人がいるだけで、人生は煌きを増す」
ロゼッタは、再会したお祝いに紅茶を用意した。レオは、魔法でお茶菓子を出してくれた。今夜は、長い夜になりそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

フツーさがしの旅

雨ノ川からもも
児童書・童話
フツーじゃない白猫と、頼れるアニキ猫の成長物語 「お前、フツーじゃないんだよ」  兄弟たちにそうからかわれ、家族のもとを飛び出した子猫は、森の中で、先輩ノラ猫「ドライト」と出会う。  ドライトに名前をもらい、一緒に生活するようになったふたり。  狩りの練習に、町へのお出かけ、そして、新しい出会い。  二匹のノラ猫を中心に描かれる、成長物語。

あさはんのゆげ

深水千世
児童書・童話
【映画化】私を笑顔にするのも泣かせるのも『あさはん』と彼でした。 7月2日公開オムニバス映画『全員、片想い』の中の一遍『あさはんのゆげ』原案作品。 千葉雄大さん・清水富美加さんW主演、監督・脚本は山岸聖太さん。 彼は夏時雨の日にやって来た。 猫と画材と糠床を抱え、かつて暮らした群馬県の祖母の家に。 食べることがないとわかっていても朝食を用意する彼。 彼が救いたかったものは。この家に戻ってきた理由は。少女の心の行方は。 彼と過ごしたひと夏の日々が輝きだす。 FMヨコハマ『アナタの恋、映画化します。』受賞作品。 エブリスタにて公開していた作品です。

子猫マムの冒険

杉 孝子
児童書・童話
 ある小さな町に住む元気な子猫、マムは、家族や友達と幸せに暮らしていました。  しかしある日、偶然見つけた不思議な地図がマムの冒険心をかきたてます。地図には「星の谷」と呼ばれる場所が描かれており、そこには願いをかなえる「星のしずく」があると言われていました。  マムは友達のフクロウのグリムと一緒に、星の谷を目指す旅に出ることを決意します。

ずっと、ずっと、いつまでも

JEDI_tkms1984
児童書・童話
レン ゴールデンレトリバーの男の子 ママとパパといっしょにくらしている ある日、ママが言った 「もうすぐレンに妹ができるのよ」 レンはとてもよろこんだ だけど……

月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?! 満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。  話は昼間にさかのぼる。 両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。 その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。

あいうえおぼえうた

なるし温泉卿
児童書・童話
 五十音(ごじゅうおん)を たのしく おぼえよう。  あいうえ「お」のおほしさま ころんと そらに とんでいる。 さてさて、どこへいくのかな? 五十音表と共に、キラキラ星の音程で歌いながら「ひらがな」をたのしく覚えちゃおう。 歌う際は「 」の部分を強調してみてね。 *もともとは「ひらがな」にあまり興味のなかった自分の子にと作った歌がはじまりのお話です。  楽しく自然に覚える、興味を持つ事を第一にしています。 1話目は「おぼえうた」2話目は、寝かしつけ童話となっています。  2話目の◯◯ちゃんの部分には、ぜひお子様のお名前を入れてあげてください。 よろしければ、おこさんが「ひらがな」を覚える際などにご利用ください。

わたしの師匠になってください! ―お師匠さまは落ちこぼれ魔道士?―

島崎 紗都子
児童書・童話
「師匠になってください!」 落ちこぼれ無能魔道士イェンの元に、突如、ツェツイーリアと名乗る少女が魔術を教えて欲しいと言って現れた。ツェツイーリアの真剣さに負け、しぶしぶ彼女を弟子にするのだが……。次第にイェンに惹かれていくツェツイーリア。彼女の真っ直ぐな思いに戸惑うイェン。何より、二人の間には十二歳という歳の差があった。そして、落ちこぼれと皆から言われてきたイェンには、隠された秘密があって──。

動物たちの昼下がり

松石 愛弓
児童書・童話
不思議な森の動物たちの昼下がりを、童話のような感じで書いてゆく予定です。1話ずつショートショート短編読み切りなのですぐに読めると思います。のんびりとした日常だったり、コメディだったり、そうでない時もあります。よろしくお願いします。不定期更新です。

処理中です...