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第三話
男は、初めて魔法を信じた
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とても綺麗な満月が、夜空を美しく飾っていた。雲1つなく、風さえも吹いていない。
窓の外を見上げ、ロゼッタは懐かしそうに目を細めた。今年で88歳となるロゼッタは、若い頃はかなりの野心家だった。必死に働き、会社を経営するようになってからは常に利益を考えていた。それが、自身や家族の幸せに繋がると信じていたのだ。
「じーちゃん。どうしたの?」
孫のトムが不思議そうな顔をする。ロゼッタが、あまりにも満月を食い入るように見ていたからだ。今年で7歳になるトムの姿が、ある少年と重なって見える。ロゼッタに大切な事を教えてくれた、ある少年。
「トムだけに教えてやろう。実は、昔むかしじぃちゃんは魔法使いに会った事があるんだ」
ロゼッタが言えば、トムがゲラゲラと笑い出す。
「じーちゃんってば、今日はエイプリルフールじゃないよ」
「わかっとる。わしは、嘘なんか言ってないぞ」
だが、トムは信じなかった。そこで、ロゼッタは昔話を披露した。
その頃。ロゼッタは、会社を起業したばかりだった。会社は瞬く間に急成長。多くの人が、まだ25歳という若き社長の言動に注目した。だが、順風満帆かといえばそうではなかった。
仕事優先のロゼッタは、家族を大事にしてこなかった。家庭の中は冷え切っていて、3人目の子供を産んだばかりのエレナは、ロゼッタをいつも哀しそうに見つめていた。
そして、そんなエレナにロゼッタはいつも苛ついていた。
「なんだ、その顔は。俺のやり方に文句があるのかっ」
ロゼッタは、エレナのためならなんでもした。宝石やドレスを惜しげもなく買い与えたし、お手伝いも雇った。なのに、どれもこれもエレナを喜ばす事はできなかった。
「お前は何が欲しいんだ?なぜ、お前は笑わなくなったんだっ」
ロゼッタが言えば、エレナの瞳から涙が溢れた。
「あなたは、忘れてしまったのね」
エレナは、赤ん坊を抱き上げて2階の寝室へと向かった。残されたロゼッタは、苛立ちを鎮めるように庭に出た。その夜は、満月がとても綺麗で風も吹いてはいない。まるで、時が止まったように・・・。
「え?」
ロゼッタは違和感を感じた。
気のせいではない。本当に、時が止まっているのだ。そして、見上げた夜空には三日月が2つ。
ロゼッタは、自分が夢を見ているのかと頬をつねった。
「無駄だよ」
どこからともなく声がする。ロゼッタが振り向けば、黒いフードを被った少年がホウキを片手に立っていた。
「最悪。オレのパートナーが、あんたみたいな奴なんてな」
少年がフードを外す。ボサボサの黒髪に、ドングリのような大きな瞳。ロゼッタは、瞬きを何度も繰り返した。
「お前。どこの子だ?人の家に勝手に・・・」
「オレの名前はレオ。魔法使いの見習いだ。お前は、オレのパートナーに選ばれたんだ」
レオの言葉に、ロゼッタはまだ夢を見ているような気持ちだった。
「なんでもいいから願いを言え」
偉そうに少年が言う。ロゼッタは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「俺に願いなんてない。地位も、名誉も、金も。全て自分の手で手に入れた」
言いながら、ロゼッタは虚しさを覚えた。確かに、会社は成功したし喝采も浴びた。
だが、本当に欲しかったのはこれではない。
「・・・本心を見せろ」
レオがホウキの先を向ける。何もかも見透かすような漆黒の瞳。一瞬、金色に光った気がした。三日月のような、不思議な金色。
「オレに嘘はきかない。本当は、願いがあるだろ?」
言われた瞬間。心の中に、エレナの笑顔が浮かんだ。優しく美しいエレナ。かつて、ロゼッタはエレナの願いを叶えたいと思った。まるで、子供のような願い。
先程のエレナの言葉を思い出す。自分は、何を忘れたと言うのだろう。
(あ・・・)
ある光景が浮かぶ。それは、ロゼッタが忘れていた懐かしい故郷の風景。
(なぜ、忘れていたのだろう)
ロゼッタは、やっとエレナの悲しげな瞳の意味を知った。彼女は待っていたのだ。ロゼッタが思い出すのを。
ロゼッタは、深く深呼吸した。
「ガラスの花が、欲しい」
それは、エレナが欲しいと言った唯一の物。
『高価な服や宝石には興味がないの。でも、ガラスの花が欲しいわ。あの映画に出てきたような・・・』
2人で初めて見た映画。主人公の魔法使いが、最後にヒロインに贈ったガラスの花。愛しているという言葉を添えて・・・。
ロゼッタは、いつかガラスの花を贈ると約束した。真実の愛の証として。手に入れる事なんて不可能だと、エレナは笑った。だが、どうしてもあげたかったのだ。
レオはニッと笑うと、ホウキを上空へと向かって振り回した。途端に強風が吹き荒れ、ロゼッタは飛ばされそうになった。
「うわっ」
やがて、風は止み静寂が戻った。ロゼッタがそっと目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「嘘、だろ・・・」
その場に咲いていた花びらは、すべてガラスと化していた。柔らかいのに、触れるとパリパリと音がしそうだ。
「じゃな、ロゼッタ。エレナと幸せに」
ホウキにまたがり、レオが夜空を華麗に舞う。呆然とするロゼッタの後ろから足音が聞こえた。
「ロゼッタ。これは、どういう事?」
エレナが驚いた顔をする。ロゼッタは、ニッコリ笑った。
「魔法使いがくれたんだよ」
ロゼッタは、ガラスのバラを一輪エレナに差し出した。
「君を愛してる。今までも、これからも・・・」
エレナは、ガラスの花を受け取ると嬉しそうに笑ってくれた。あの日のように。
「どうだ?不思議な経験だろ?おや?」
気がつくと、トムはロゼッタの膝の上で寝息を立てていた。ロゼッタが困惑していれば、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
「お前の話が退屈だったんだな」
振り向いたロゼッタは、もう驚かなかった。
「久しぶりだな。レオ」
そこには、立派な魔法使いになったレオがいた。魔法使いというのは、時間の流れが違うのかもしれない。あれから60年以上たつのに、レオはまだ二十歳そこそこの外見だ。
「ロゼッタ。オレも、愛する人を見つけたよ」
レオの言葉に、ロゼッタは自分の事のように喜んだ。
「それは良かった。愛する人がいるだけで、人生は煌きを増す」
ロゼッタは、再会したお祝いに紅茶を用意した。レオは、魔法でお茶菓子を出してくれた。今夜は、長い夜になりそうだ。
窓の外を見上げ、ロゼッタは懐かしそうに目を細めた。今年で88歳となるロゼッタは、若い頃はかなりの野心家だった。必死に働き、会社を経営するようになってからは常に利益を考えていた。それが、自身や家族の幸せに繋がると信じていたのだ。
「じーちゃん。どうしたの?」
孫のトムが不思議そうな顔をする。ロゼッタが、あまりにも満月を食い入るように見ていたからだ。今年で7歳になるトムの姿が、ある少年と重なって見える。ロゼッタに大切な事を教えてくれた、ある少年。
「トムだけに教えてやろう。実は、昔むかしじぃちゃんは魔法使いに会った事があるんだ」
ロゼッタが言えば、トムがゲラゲラと笑い出す。
「じーちゃんってば、今日はエイプリルフールじゃないよ」
「わかっとる。わしは、嘘なんか言ってないぞ」
だが、トムは信じなかった。そこで、ロゼッタは昔話を披露した。
その頃。ロゼッタは、会社を起業したばかりだった。会社は瞬く間に急成長。多くの人が、まだ25歳という若き社長の言動に注目した。だが、順風満帆かといえばそうではなかった。
仕事優先のロゼッタは、家族を大事にしてこなかった。家庭の中は冷え切っていて、3人目の子供を産んだばかりのエレナは、ロゼッタをいつも哀しそうに見つめていた。
そして、そんなエレナにロゼッタはいつも苛ついていた。
「なんだ、その顔は。俺のやり方に文句があるのかっ」
ロゼッタは、エレナのためならなんでもした。宝石やドレスを惜しげもなく買い与えたし、お手伝いも雇った。なのに、どれもこれもエレナを喜ばす事はできなかった。
「お前は何が欲しいんだ?なぜ、お前は笑わなくなったんだっ」
ロゼッタが言えば、エレナの瞳から涙が溢れた。
「あなたは、忘れてしまったのね」
エレナは、赤ん坊を抱き上げて2階の寝室へと向かった。残されたロゼッタは、苛立ちを鎮めるように庭に出た。その夜は、満月がとても綺麗で風も吹いてはいない。まるで、時が止まったように・・・。
「え?」
ロゼッタは違和感を感じた。
気のせいではない。本当に、時が止まっているのだ。そして、見上げた夜空には三日月が2つ。
ロゼッタは、自分が夢を見ているのかと頬をつねった。
「無駄だよ」
どこからともなく声がする。ロゼッタが振り向けば、黒いフードを被った少年がホウキを片手に立っていた。
「最悪。オレのパートナーが、あんたみたいな奴なんてな」
少年がフードを外す。ボサボサの黒髪に、ドングリのような大きな瞳。ロゼッタは、瞬きを何度も繰り返した。
「お前。どこの子だ?人の家に勝手に・・・」
「オレの名前はレオ。魔法使いの見習いだ。お前は、オレのパートナーに選ばれたんだ」
レオの言葉に、ロゼッタはまだ夢を見ているような気持ちだった。
「なんでもいいから願いを言え」
偉そうに少年が言う。ロゼッタは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「俺に願いなんてない。地位も、名誉も、金も。全て自分の手で手に入れた」
言いながら、ロゼッタは虚しさを覚えた。確かに、会社は成功したし喝采も浴びた。
だが、本当に欲しかったのはこれではない。
「・・・本心を見せろ」
レオがホウキの先を向ける。何もかも見透かすような漆黒の瞳。一瞬、金色に光った気がした。三日月のような、不思議な金色。
「オレに嘘はきかない。本当は、願いがあるだろ?」
言われた瞬間。心の中に、エレナの笑顔が浮かんだ。優しく美しいエレナ。かつて、ロゼッタはエレナの願いを叶えたいと思った。まるで、子供のような願い。
先程のエレナの言葉を思い出す。自分は、何を忘れたと言うのだろう。
(あ・・・)
ある光景が浮かぶ。それは、ロゼッタが忘れていた懐かしい故郷の風景。
(なぜ、忘れていたのだろう)
ロゼッタは、やっとエレナの悲しげな瞳の意味を知った。彼女は待っていたのだ。ロゼッタが思い出すのを。
ロゼッタは、深く深呼吸した。
「ガラスの花が、欲しい」
それは、エレナが欲しいと言った唯一の物。
『高価な服や宝石には興味がないの。でも、ガラスの花が欲しいわ。あの映画に出てきたような・・・』
2人で初めて見た映画。主人公の魔法使いが、最後にヒロインに贈ったガラスの花。愛しているという言葉を添えて・・・。
ロゼッタは、いつかガラスの花を贈ると約束した。真実の愛の証として。手に入れる事なんて不可能だと、エレナは笑った。だが、どうしてもあげたかったのだ。
レオはニッと笑うと、ホウキを上空へと向かって振り回した。途端に強風が吹き荒れ、ロゼッタは飛ばされそうになった。
「うわっ」
やがて、風は止み静寂が戻った。ロゼッタがそっと目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「嘘、だろ・・・」
その場に咲いていた花びらは、すべてガラスと化していた。柔らかいのに、触れるとパリパリと音がしそうだ。
「じゃな、ロゼッタ。エレナと幸せに」
ホウキにまたがり、レオが夜空を華麗に舞う。呆然とするロゼッタの後ろから足音が聞こえた。
「ロゼッタ。これは、どういう事?」
エレナが驚いた顔をする。ロゼッタは、ニッコリ笑った。
「魔法使いがくれたんだよ」
ロゼッタは、ガラスのバラを一輪エレナに差し出した。
「君を愛してる。今までも、これからも・・・」
エレナは、ガラスの花を受け取ると嬉しそうに笑ってくれた。あの日のように。
「どうだ?不思議な経験だろ?おや?」
気がつくと、トムはロゼッタの膝の上で寝息を立てていた。ロゼッタが困惑していれば、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
「お前の話が退屈だったんだな」
振り向いたロゼッタは、もう驚かなかった。
「久しぶりだな。レオ」
そこには、立派な魔法使いになったレオがいた。魔法使いというのは、時間の流れが違うのかもしれない。あれから60年以上たつのに、レオはまだ二十歳そこそこの外見だ。
「ロゼッタ。オレも、愛する人を見つけたよ」
レオの言葉に、ロゼッタは自分の事のように喜んだ。
「それは良かった。愛する人がいるだけで、人生は煌きを増す」
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