魔法が教えてくれたこと

すいかちゃん

文字の大きさ
上 下
1 / 7
第一話

魔法の使い道

しおりを挟む
誰もいない夜の公園。小学6年の夏陽(なつひ)は、賢明に走っていた。本人は早く走っているつもりなのだが、いかんせん足が遅いのだ。
「15秒!嘘だろうっ」
ストップウォッチを見た夏陽は、絶叫しその場で大の字になった。ゼーゼー言いながら見上げた空には、キレイな三日月。
「全然ダメだぁっ」
夏陽は、ここ数日。毎日この公園で100m走の練習をしていた。インターネットで早く走る方法を調べては、ストップウォッチ片手にチャレンジしている。だが、成果はほとんどなかった。
(またあいつに抜かされる)
夏陽には、小学校1年生からのライバルがいた。名前は昂也。運動会で、1回も彼を抜いた事はない。つまり、この5年間。ずっと夏陽は2位なのだ。
昂也は、夏陽が欲しいものを全て持っている。最新のゲームも、ブランドもののマウンテンバイクも、好きな女の子の心も。夏陽は、何一つ勝てない。
今年こそ1位になりたい。昂也を見返したい。
夏陽がもう1度練習しようと思ったその時。
「え?」
暗かったはずの空は、いつしか満天の星に彩られていた。そして、三日月の横にもう1つ月が出現した。
「月が、2つ?」
左右対称の三日月がゆっくり重なる。まばゆい光が周囲を包み、夏陽は咄嗟に目を閉じた。
しばらくして、夏陽が恐る恐る目を開けるとそこはいつも通りの公園だった。先程まで輝いていた星々や2つの三日月は跡形もなく消えている。夏陽は、目をパチパチさせた。
「だれ?」
キリンの滑り台の上に、黒いマントを羽織った少年が立っている。少年は夏陽を見て、驚いたような顔をした。
「お前。オレが見えるのか?」
頷けば、少年が明らかに残念そうな顔をする。
「なんだよ。オレのパートナーってお前かよっ」
わけのわからない事を喚いて、勝手にガッカリする少年を夏陽はポカンと見つめた。別に少年の言葉にショックを受けたわけではない。少年の足元が地面についていなかったからだ。
「ゆ、幽霊っ」
「違うっ。魔法使い見習いだ」
夏陽が絶叫すれば、少年が訂正する。
「オレの名前はアオト。お前のパートナーだ」
アオトと名乗った少年は、金色の髪と瞳を持っていた。黒いマントにホウキ、確かに絵本に出てくる魔法使いみたいだ。
「パートナー?」
「ああ。魔法使いにはな、生まれた時から人間界にパートナーがいるんだ。それがお前だ」
夏陽には、何がなんだかわからなかった。ただ、アオトが本物の魔法使いだという事だけはわかった。なぜなら、アオトはずっと浮いているのだ。こんな事、普通の人間にできるわけがない。
「お前の願いを1つ言え。叶えてやる」
アオトがニヤリと笑った。
アオトが言うには、魔法界と人間界には昔から繋がりがあるというのだ。魔法使い見習いは、パートナーとなった人間の願いを叶えて1人前になるのだそうだ。
「あるだろ?願い事」
アオトの瞳が怪しく光る。夏陽は、ダメだとわかっていながら口を開いた。
「足を速くしてくださいっ」
夏陽の声が、夜空にこだました。

(見てろよ、昂也。明日こそ俺が1位だっ)
運動会を翌日に控え、夏陽はホクホク顔だ。練習なんかしなくたって、アオトの力を借りれば1位確実なのだ。夏陽は、鼻歌混じりに駄菓子屋へ行った。その帰り道。夏陽は、学校のグラウンドで走っている昂也を見た。額から汗をダラダラ流しながら、懸命に走っている昂也。一方、魔法の力で優勝しようとしていた自分。夏陽は、急に自分の行いが恥ずかしくなった。
(べ、別に勝てばいいんだよ。勝てば)
と、夏陽が振り向いた瞬間。
「痛っ」
昂也の声がグラウンドに響いた。

「願い事を変えたい?」
夏陽の申し出に、アオトは眉を顰めた。夏陽は真っ青になって事情を説明する。
「頼むよ。昂也のケガを治してくれ」
アオトが不思議そうな顔をする。
「チャンスじゃねーか。魔法かんか使わなくたって、お前は勝てるんだぜ?」
「そんなの、嫌だっ」
夏陽が怒鳴る。
「昂也とはずっとライバルだったんだっ。正々堂々とあいつに勝ちたいっ。魔法なんかいらないっ」
夏陽の言葉に、アオトがニッと八重歯を覗かせる。
「そっか。さすが、オレのパートナーだ」

運動会当日。捻挫が嘘のように治った昂也と周囲は、「奇跡だ」と大騒ぎだった。唯一その理由を知っている夏陽は、空に向かってVサインをした。
「今年こそ負けないぞ」
夏陽が言えば、昂也が楽しそうに頷いた。
「望むところだっ」
そして、スタートした100メートル走。白いテープを切ったのは、夏陽だった。
魔法の力を借りなくても、夏陽は1位になれたのだ。
空には、まるで夏陽をお祝いするように七色の光が走った。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

シラユキヒメ

シグマ
児童書・童話
薬師の娘であるシラユキは、町の皆から愛されていた。 その美しさは国中に広まる程である。 しかし令嬢はその美貌と人気に嫉妬し……

瑠璃の姫君と鉄黒の騎士

石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。 そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。 突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。 大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。 記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

もふもふ公園ねこ物語~愛と平和のにくきゅう戦士にゃんにゃん~

菜乃ひめ可
児童書・童話
たくさんの猫仲間が登場する、癒やしコメディ。  のんびり天真爛漫なキジトラ子猫が、みんなに助けられながら「にゃっほーい♪」と成長していく物語です。   自称『にくきゅう戦士』と名乗るキジトラ子猫のにゃんにゃんは、果たして公園の平和を守れるのか!?  「僕はみんなの味方ニャ!」  読んでいるときっと。 頭もココロもふわふわしてきますよぉ〜(笑) そう! それはまるで脳内お花(◕ᴗ◕✿)?

青い魚のものがたり

青海汪
児童書・童話
砂漠にふとできた水溜りに、小さなお魚が生まれました。 お魚は夜空に浮かぶお月様のことが気になってしかたありませんでした。 お魚とお月様の、とても短いものがたりーーー

マサオの三輪車

よん
児童書・童話
Angel meets Boy. ゾゾとマサオと……もう一人の物語。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

棺桶姫 ~悪魔の子として生まれた姫は貧しい兵士に格闘技を教わり人へ戻っていく~

川獺右端
児童書・童話
 昔々、とある王国に子宝に恵まれない、王様とお后さまがいました。  あんまり子供が生まれないので、王様は、つい、 「悪魔でも良いから、子供が欲しい」  と、天に向かって言ってしまいました。  そして、生まれてしまったのは、人とも思えぬ毛むくじゃらなお姫さまでした。  お后さまは、産後の肥立ちが悪く、この世を去り、姫は王様の手で育てられるのでした。  そうして、姫が大きくなると、墓場の中で棺桶で寝たい、と、とんでもない事をいいだしたのです。  王様が、霊廟(れいびょう)を作り、綺麗な棺桶を作ると、今度は六人の兵隊を警備につけてくれと姫は言い出します。  王様が兵隊を六人、姫の寝る霊廟に付けると、朝には六人とも首の骨を折られて死んでいました。  時は流れ、もう、姫の霊廟に付ける兵士がいなくなったころ、貧しい兵士フェルナンドが警備に付くこととなりました。  それまでの兵士と違っていたのは、フェルナンドは武道の達人だったのです。  という、グリム童話を魔改造した、なんかアレなお話しです。

処理中です...