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第一話
魔法の使い道
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誰もいない夜の公園。小学6年の夏陽(なつひ)は、賢明に走っていた。本人は早く走っているつもりなのだが、いかんせん足が遅いのだ。
「15秒!嘘だろうっ」
ストップウォッチを見た夏陽は、絶叫しその場で大の字になった。ゼーゼー言いながら見上げた空には、キレイな三日月。
「全然ダメだぁっ」
夏陽は、ここ数日。毎日この公園で100m走の練習をしていた。インターネットで早く走る方法を調べては、ストップウォッチ片手にチャレンジしている。だが、成果はほとんどなかった。
(またあいつに抜かされる)
夏陽には、小学校1年生からのライバルがいた。名前は昂也。運動会で、1回も彼を抜いた事はない。つまり、この5年間。ずっと夏陽は2位なのだ。
昂也は、夏陽が欲しいものを全て持っている。最新のゲームも、ブランドもののマウンテンバイクも、好きな女の子の心も。夏陽は、何一つ勝てない。
今年こそ1位になりたい。昂也を見返したい。
夏陽がもう1度練習しようと思ったその時。
「え?」
暗かったはずの空は、いつしか満天の星に彩られていた。そして、三日月の横にもう1つ月が出現した。
「月が、2つ?」
左右対称の三日月がゆっくり重なる。まばゆい光が周囲を包み、夏陽は咄嗟に目を閉じた。
しばらくして、夏陽が恐る恐る目を開けるとそこはいつも通りの公園だった。先程まで輝いていた星々や2つの三日月は跡形もなく消えている。夏陽は、目をパチパチさせた。
「だれ?」
キリンの滑り台の上に、黒いマントを羽織った少年が立っている。少年は夏陽を見て、驚いたような顔をした。
「お前。オレが見えるのか?」
頷けば、少年が明らかに残念そうな顔をする。
「なんだよ。オレのパートナーってお前かよっ」
わけのわからない事を喚いて、勝手にガッカリする少年を夏陽はポカンと見つめた。別に少年の言葉にショックを受けたわけではない。少年の足元が地面についていなかったからだ。
「ゆ、幽霊っ」
「違うっ。魔法使い見習いだ」
夏陽が絶叫すれば、少年が訂正する。
「オレの名前はアオト。お前のパートナーだ」
アオトと名乗った少年は、金色の髪と瞳を持っていた。黒いマントにホウキ、確かに絵本に出てくる魔法使いみたいだ。
「パートナー?」
「ああ。魔法使いにはな、生まれた時から人間界にパートナーがいるんだ。それがお前だ」
夏陽には、何がなんだかわからなかった。ただ、アオトが本物の魔法使いだという事だけはわかった。なぜなら、アオトはずっと浮いているのだ。こんな事、普通の人間にできるわけがない。
「お前の願いを1つ言え。叶えてやる」
アオトがニヤリと笑った。
アオトが言うには、魔法界と人間界には昔から繋がりがあるというのだ。魔法使い見習いは、パートナーとなった人間の願いを叶えて1人前になるのだそうだ。
「あるだろ?願い事」
アオトの瞳が怪しく光る。夏陽は、ダメだとわかっていながら口を開いた。
「足を速くしてくださいっ」
夏陽の声が、夜空にこだました。
(見てろよ、昂也。明日こそ俺が1位だっ)
運動会を翌日に控え、夏陽はホクホク顔だ。練習なんかしなくたって、アオトの力を借りれば1位確実なのだ。夏陽は、鼻歌混じりに駄菓子屋へ行った。その帰り道。夏陽は、学校のグラウンドで走っている昂也を見た。額から汗をダラダラ流しながら、懸命に走っている昂也。一方、魔法の力で優勝しようとしていた自分。夏陽は、急に自分の行いが恥ずかしくなった。
(べ、別に勝てばいいんだよ。勝てば)
と、夏陽が振り向いた瞬間。
「痛っ」
昂也の声がグラウンドに響いた。
「願い事を変えたい?」
夏陽の申し出に、アオトは眉を顰めた。夏陽は真っ青になって事情を説明する。
「頼むよ。昂也のケガを治してくれ」
アオトが不思議そうな顔をする。
「チャンスじゃねーか。魔法かんか使わなくたって、お前は勝てるんだぜ?」
「そんなの、嫌だっ」
夏陽が怒鳴る。
「昂也とはずっとライバルだったんだっ。正々堂々とあいつに勝ちたいっ。魔法なんかいらないっ」
夏陽の言葉に、アオトがニッと八重歯を覗かせる。
「そっか。さすが、オレのパートナーだ」
運動会当日。捻挫が嘘のように治った昂也と周囲は、「奇跡だ」と大騒ぎだった。唯一その理由を知っている夏陽は、空に向かってVサインをした。
「今年こそ負けないぞ」
夏陽が言えば、昂也が楽しそうに頷いた。
「望むところだっ」
そして、スタートした100メートル走。白いテープを切ったのは、夏陽だった。
魔法の力を借りなくても、夏陽は1位になれたのだ。
空には、まるで夏陽をお祝いするように七色の光が走った。
「15秒!嘘だろうっ」
ストップウォッチを見た夏陽は、絶叫しその場で大の字になった。ゼーゼー言いながら見上げた空には、キレイな三日月。
「全然ダメだぁっ」
夏陽は、ここ数日。毎日この公園で100m走の練習をしていた。インターネットで早く走る方法を調べては、ストップウォッチ片手にチャレンジしている。だが、成果はほとんどなかった。
(またあいつに抜かされる)
夏陽には、小学校1年生からのライバルがいた。名前は昂也。運動会で、1回も彼を抜いた事はない。つまり、この5年間。ずっと夏陽は2位なのだ。
昂也は、夏陽が欲しいものを全て持っている。最新のゲームも、ブランドもののマウンテンバイクも、好きな女の子の心も。夏陽は、何一つ勝てない。
今年こそ1位になりたい。昂也を見返したい。
夏陽がもう1度練習しようと思ったその時。
「え?」
暗かったはずの空は、いつしか満天の星に彩られていた。そして、三日月の横にもう1つ月が出現した。
「月が、2つ?」
左右対称の三日月がゆっくり重なる。まばゆい光が周囲を包み、夏陽は咄嗟に目を閉じた。
しばらくして、夏陽が恐る恐る目を開けるとそこはいつも通りの公園だった。先程まで輝いていた星々や2つの三日月は跡形もなく消えている。夏陽は、目をパチパチさせた。
「だれ?」
キリンの滑り台の上に、黒いマントを羽織った少年が立っている。少年は夏陽を見て、驚いたような顔をした。
「お前。オレが見えるのか?」
頷けば、少年が明らかに残念そうな顔をする。
「なんだよ。オレのパートナーってお前かよっ」
わけのわからない事を喚いて、勝手にガッカリする少年を夏陽はポカンと見つめた。別に少年の言葉にショックを受けたわけではない。少年の足元が地面についていなかったからだ。
「ゆ、幽霊っ」
「違うっ。魔法使い見習いだ」
夏陽が絶叫すれば、少年が訂正する。
「オレの名前はアオト。お前のパートナーだ」
アオトと名乗った少年は、金色の髪と瞳を持っていた。黒いマントにホウキ、確かに絵本に出てくる魔法使いみたいだ。
「パートナー?」
「ああ。魔法使いにはな、生まれた時から人間界にパートナーがいるんだ。それがお前だ」
夏陽には、何がなんだかわからなかった。ただ、アオトが本物の魔法使いだという事だけはわかった。なぜなら、アオトはずっと浮いているのだ。こんな事、普通の人間にできるわけがない。
「お前の願いを1つ言え。叶えてやる」
アオトがニヤリと笑った。
アオトが言うには、魔法界と人間界には昔から繋がりがあるというのだ。魔法使い見習いは、パートナーとなった人間の願いを叶えて1人前になるのだそうだ。
「あるだろ?願い事」
アオトの瞳が怪しく光る。夏陽は、ダメだとわかっていながら口を開いた。
「足を速くしてくださいっ」
夏陽の声が、夜空にこだました。
(見てろよ、昂也。明日こそ俺が1位だっ)
運動会を翌日に控え、夏陽はホクホク顔だ。練習なんかしなくたって、アオトの力を借りれば1位確実なのだ。夏陽は、鼻歌混じりに駄菓子屋へ行った。その帰り道。夏陽は、学校のグラウンドで走っている昂也を見た。額から汗をダラダラ流しながら、懸命に走っている昂也。一方、魔法の力で優勝しようとしていた自分。夏陽は、急に自分の行いが恥ずかしくなった。
(べ、別に勝てばいいんだよ。勝てば)
と、夏陽が振り向いた瞬間。
「痛っ」
昂也の声がグラウンドに響いた。
「願い事を変えたい?」
夏陽の申し出に、アオトは眉を顰めた。夏陽は真っ青になって事情を説明する。
「頼むよ。昂也のケガを治してくれ」
アオトが不思議そうな顔をする。
「チャンスじゃねーか。魔法かんか使わなくたって、お前は勝てるんだぜ?」
「そんなの、嫌だっ」
夏陽が怒鳴る。
「昂也とはずっとライバルだったんだっ。正々堂々とあいつに勝ちたいっ。魔法なんかいらないっ」
夏陽の言葉に、アオトがニッと八重歯を覗かせる。
「そっか。さすが、オレのパートナーだ」
運動会当日。捻挫が嘘のように治った昂也と周囲は、「奇跡だ」と大騒ぎだった。唯一その理由を知っている夏陽は、空に向かってVサインをした。
「今年こそ負けないぞ」
夏陽が言えば、昂也が楽しそうに頷いた。
「望むところだっ」
そして、スタートした100メートル走。白いテープを切ったのは、夏陽だった。
魔法の力を借りなくても、夏陽は1位になれたのだ。
空には、まるで夏陽をお祝いするように七色の光が走った。
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