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第五話
泣きそうな優しさ
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こんな時に、夫の実家に行かなきゃいけないなんて。
篠原麻衣は慌ただしく出かける準備をすると、5ヶ月になる息子の大樹を抱き上げた。7月の前半だというのに、外は既に暑い。少し動いただけで、自分も大樹の額も汗でべっしょりだった。本当なら、こんな日に遠出はしたくない。だが、姑から「大樹に会いたいの」と言われたら断れない。
「でも、どうしよう」
おんぶをしても、抱っこしても暑い。これでは、親子共々熱中症になってしまう。
「本当は使いたくないんだけど」
麻衣は躊躇った末にベビーカーに大樹を乗せる事にした。本当は、抱っこやおんぶの方が動きやすくて好きなのだ。ベビーカーは段差や溝にはまったり、小回りがきかない。だが、この暑さでは仕方ない。麻衣はベビーカーに小さなファンを取り付けると、電車に乗るために家を後にした。
だが、数分後。早速麻衣は後悔する事となった。なぜなら、電車の中は想像以上に混んでいたのだ。ベビーカーがかなり邪魔になっていて、肩身が狭いのなんの。麻衣はできるだけ迷惑をかけないように、人が少ない場所を選んだ。しばらくすると、中年のサラリーマンが麻衣の近くに寄ってきた。そして、これみよがしにしかめっ面をして見せる。
「ベビーカーなんて持ち込みやがって。最近の母親は常識も何もないな」
わざと聞こえるように言ってくるサラリーマンに、麻衣は俯くしかなかった。自分が非常識な事をしているのは、麻衣にだってわかっているのだ。だが、どれだけ考えてもこの選択しかない。
「こんな所で泣かれたら、皆の迷惑なんだよ。み・ん・なのっ」
麻衣は、泣きそうになるのをグッと堪らえた。ここで泣いたら、大樹を不安にさせてしまう。何も知らずに笑っている大樹を哀しませたくない。麻衣は反論もせず、ただじっと耐えていた。その時、黙って聞いていた茶髪の青年がいきなり立ち上がった。そして、サラリーマンの間に立つとジロリと睨みつけた。
「な、なんだ。お前」
「おっさん。さっきからうるせーんだよ。あんたの声に皆が迷惑してんだ」
「な、なんだとっ」
すると、今度は中年の女性がふくよかな体型を揺すりながら立ち上がった。
「あなた、お子さんは?」
「ふ、2人いる」
「だったら、あなたの奥さんも相当苦労したでしょうね」
サラリーマンは、ハッとしたように麻衣と大樹を見つめた。いつしか乗客達がサラリーマンを囲むように立って睨んでいる。サラリーマンは、アタッシュケースを胸に抱えて慌てて次の駅で降りていった。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
麻衣は泣きそうになりながら、感謝の言葉を述べた。
「私も、ベビーカーを使っている時には色々言われたの。でもね、最低限のマナーを守っていれば大丈夫よ」
女性が励ましてくれる。
「皆、忘れてるのよ。自分も赤ちゃんだった頃の事を」
麻衣は、明るい気持ちで電車を降りる事ができた。
篠原麻衣は慌ただしく出かける準備をすると、5ヶ月になる息子の大樹を抱き上げた。7月の前半だというのに、外は既に暑い。少し動いただけで、自分も大樹の額も汗でべっしょりだった。本当なら、こんな日に遠出はしたくない。だが、姑から「大樹に会いたいの」と言われたら断れない。
「でも、どうしよう」
おんぶをしても、抱っこしても暑い。これでは、親子共々熱中症になってしまう。
「本当は使いたくないんだけど」
麻衣は躊躇った末にベビーカーに大樹を乗せる事にした。本当は、抱っこやおんぶの方が動きやすくて好きなのだ。ベビーカーは段差や溝にはまったり、小回りがきかない。だが、この暑さでは仕方ない。麻衣はベビーカーに小さなファンを取り付けると、電車に乗るために家を後にした。
だが、数分後。早速麻衣は後悔する事となった。なぜなら、電車の中は想像以上に混んでいたのだ。ベビーカーがかなり邪魔になっていて、肩身が狭いのなんの。麻衣はできるだけ迷惑をかけないように、人が少ない場所を選んだ。しばらくすると、中年のサラリーマンが麻衣の近くに寄ってきた。そして、これみよがしにしかめっ面をして見せる。
「ベビーカーなんて持ち込みやがって。最近の母親は常識も何もないな」
わざと聞こえるように言ってくるサラリーマンに、麻衣は俯くしかなかった。自分が非常識な事をしているのは、麻衣にだってわかっているのだ。だが、どれだけ考えてもこの選択しかない。
「こんな所で泣かれたら、皆の迷惑なんだよ。み・ん・なのっ」
麻衣は、泣きそうになるのをグッと堪らえた。ここで泣いたら、大樹を不安にさせてしまう。何も知らずに笑っている大樹を哀しませたくない。麻衣は反論もせず、ただじっと耐えていた。その時、黙って聞いていた茶髪の青年がいきなり立ち上がった。そして、サラリーマンの間に立つとジロリと睨みつけた。
「な、なんだ。お前」
「おっさん。さっきからうるせーんだよ。あんたの声に皆が迷惑してんだ」
「な、なんだとっ」
すると、今度は中年の女性がふくよかな体型を揺すりながら立ち上がった。
「あなた、お子さんは?」
「ふ、2人いる」
「だったら、あなたの奥さんも相当苦労したでしょうね」
サラリーマンは、ハッとしたように麻衣と大樹を見つめた。いつしか乗客達がサラリーマンを囲むように立って睨んでいる。サラリーマンは、アタッシュケースを胸に抱えて慌てて次の駅で降りていった。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
麻衣は泣きそうになりながら、感謝の言葉を述べた。
「私も、ベビーカーを使っている時には色々言われたの。でもね、最低限のマナーを守っていれば大丈夫よ」
女性が励ましてくれる。
「皆、忘れてるのよ。自分も赤ちゃんだった頃の事を」
麻衣は、明るい気持ちで電車を降りる事ができた。
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