花のように美しく、雪のように優しく

すいかちゃん

文字の大きさ
上 下
3 / 6
第三話

クマ太郎がいた日々

しおりを挟む
小6の夏。萌花は両親と一緒に、北海道に住む祖父の家へと引っ越してきた。
「よく来たな、萌花」
「さぁさぁ。早く中へ入りなさい」
萌花は、じいちゃんとばあちゃんが大好きだった。友達と離れるのは寂しかったが、祖父母と一緒に暮らせるのは大賛成だ。
都会暮らしの萌花にとって、見るもの聞くもの全てが新鮮だった。近くには山があり、萌花は珍しい木の実やかわいい動物に目を輝かせた。
「あれ?」
ふと見れば、小さくて黒くてフワフワの生き物が萌花を見ている。
「え?もしかして、子グマ?かわいい~っ」
丸い耳がピョコピョコしていて、ヨチヨチ歩いてくる。まるで、ぬいぐるみが歩いてくるようだった。
「そうだ!」
萌花はポケットからクッキーを出すと、子グマに向かって差し出した。甘い匂いにつられて、子グマが鼻をクンクンさせながら寄ってきた。子グマがクッキーを食べようとした瞬間。
「よせっ。萌花っ」
大きな声に子グマが驚いて逃げていく。振り向けば、祖父の雅史が怖い顔をして立っていた。
「お前は、なんていう事をしたんだっ」
萌花は、初めて祖父を怖いと感じた。いつもの優しい笑顔は、どこにもなかった。
その夜。萌花は、雅史の部屋に呼ばれた。
「萌花。なぜ、じぃちゃんが怒ったかわかる?」
「・・・子グマにクッキーをあげようとしたから」
「そうだ。野生動物に食べ物を与えてはならない」
それは、萌花も知っていた。
「でも、子グマだよ?お腹を空かしていたらかわいそうだよ。それに、1回ぐらい・・・」
「その1回が、あの子グマの生死を決めるんだ」
萌花は、雅史は大げさだと思った。たかがクッキー1枚あげただけで、なぜ子グマの生死が決まるのか。
「萌花。じぃちゃんにはな、子供の頃に大切な友達がいた」
「友達?」
雅史は、萌花にセピア色となった写真を差し出した。そこには、子グマを抱えた男の子が写っている。
「じぃちゃんの子供の頃の写真だ」
「ええっ」
萌花は驚いて思わず声を上げた。子供の頃の雅史は、今とは違ってとってもヒョロヒョロして弱そうな姿をしていた。
「子供の頃は泣き虫で、どうしょうもなかったんだ」
萌花には想像もつかなかった。雅史は、いつだって厳しくて強いイメージだったから。泣いている顔なんて、想像すらできない。
「ある日。罠にかかって痛がっている子グマを助けたんだ」
幼かった雅史は、かわいい子グマを家に連れて帰った。傷の手当をして、ご飯を与え介抱した。家族全員。その子グマが大好きになった。
「大人しくて賢い子だった。芸だってすぐに覚えた」
クマ太郎という名前をつけて、傷が治るまで一緒に暮らした。水飴が大好きで、雅史は割り箸につけては舐めさせていた。
「二本足で立ち上がって、おねだりするように手を合わせるんだ。それはそれは可愛かったな」
当時を思い出してか、雅史が目を細める。
成長したクマ太郎は、やがて自然に森へと帰っていった。度々雅史達の前に現れたが、危険な事など1度もなかった。それでいいと雅史達も思った。だが、そんな単純な考えが悲劇を呼んだのだ。
「ある日。クマ太郎がいつものように遊びに来た。その姿を、近所の人に見られたんだ」
近所に住んでいた猟師は、雅史がクマに襲われていると勘違いをした。クマ太郎が、いつものようにおねだりのポーズをした瞬間。銃声が周囲に鳴り響き、クマ太郎は倒れた。
「必死に叫んだんだ。クマ太郎は友達だと、撃たないでくれと」
だが、銃声は再び響いた。
「倒れたクマ太郎は、二度と起き上がる事はなかった」
雅史は後悔した。
子グマを助けなければ良かったと。
クマ太郎と名前をつけなければ、仲良くならなかったのに。
芸を教えなければ、撃たれずにすんだのに。
クマ太郎は、普通のクマとして生きれたのだ。
「クマはな、元々はおとなしくて臆病なんだ。頭も良くて、優しい。だがな、その牙や爪は人間には恐怖でしかないんだ」
初めて人間から敵意を向けられ、どれだけクマ太郎は怖かったのだろう。雅史にとって、クマ太郎がいた日々は、とても優しくて悲しい記憶になった。
雅史は、動かなくなったクマ太郎にしがみついて泣き続けた。涙がもう出なくなるまで、泣き続けた。そして、決めたのだ。もう2度と、この悲劇は繰り返さないと。
「萌花。萌花があの子グマにクッキーを食べさせたら、どうなったと思う?」
萌花は、やっと雅史が言いたい事がわかった。そして、自分がしてしまった過ちも。
「きっと、またクッキーが食べたくなるよね」
雅史が頷いた。美味しい物が好きなのは、人間も動物も変わらない。
「そうだ。人間を見たら、クッキー食べたさに近づいて行くだろう。そして、危険な動物として駆除されてしまう」
萌花は、大きく頷いた。
「人間と動物が住む世界は違う。そして、その垣根を壊しているのはいつも人間の方なんだよ」
萌花は、雅史に謝った。
「ごめんなさい。もう、2度としないよ」
それからも動物を見かける事はあったが、萌花はそっと見守るだけにした。
十数年後。萌花は、ボランティアとして登山者のガイドをしていた。1人の客が、子ギツネにソーセージを与えようとしている姿に笛を鳴らす。
「野生動物に食べ物を与えないでくださいっ」
厳しいと陰口を叩かれる事もあったが、気にする事はなかった。だって、これが人間と動物を守る第一歩なのだから。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷の魔女と春を告げる者

深見アキ
児童書・童話
氷の魔女と呼ばれるネージュは、少女のような外見で千年の時を生きている。凍った領地に閉じこもっている彼女の元に一人の旅人が迷いこみ、居候として短い間、時を共にするが……。 ※小説家になろうにも載せてます。 ※表紙素材お借りしてます。

ドラゴンの愛

かわの みくた
児童書・童話
一話完結の短編集です。 おやすみなさいのその前に、一話ずつ読んで夢の中。目を閉じて、幸せな続きを空想しましょ。 たとえ種族は違っても、大切に思う気持ちは変わらない。そんなドラゴンたちの愛や恋の物語です。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

【完結】誰かの親切をあなたは覚えていますか?

なか
児童書・童話
私を作ってくれた 私らしくしてくれた あの優しい彼らを 忘れないためにこの作品を

少年イシュタと夜空の少女 ~死なずの村 エリュシラーナ~

楪巴 (ゆずりは)
児童書・童話
イシュタは病の妹のため、誰も死なない村・エリュシラーナへと旅立つ。そして、夜空のような美しい少女・フェルルと出会い…… 「昔話をしてあげるわ――」 フェルルの口から語られる、村に隠された秘密とは……?  ☆…☆…☆  ※ 大人でも楽しめる児童文学として書きました。明確な記述は避けておりますので、大人になって読み返してみると、また違った風に感じられる……そんな物語かもしれません……♪  ※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。

美しい国の美しい王女

石田 ゆうき
児童書・童話
 あるところに美しい国がありました。その美しい国には、美しい王女様がいました。王女様と結婚しようと、貴族たちや他国の王子様たちがお城につめかけるのでした。  小説家になろうにも投稿しています。

ヨーコちゃんのピアノ

市尾彩佳
児童書・童話
ずっと欲しかったピアノ、中古だけどピアノ。ようやく買ってもらえたピアノが家に届いたその日、美咲はさっそく弾こうとする。が、弾こうとしたその瞬間、安全装置がついているのにふたが勢いよく閉まった。そして美咲の目の前に、透き通った足がぶーらぶら。ゆ、ゆゆゆゆーれい!?※小説家になろうさんにも掲載しています。一部分、自ブログに転載しています。

キコのおつかい

紅粉 藍
児童書・童話
絵本風のやさしい文体で、主人公の女の子・キコのおつかいが描かれています。冬支度のために木の実をとってくるようにお母さんに言いつけられたキコ。初めてのひとりでのおつかいはきちんとできるのでしょうか?秋という季節特有の寒さと温かさと彩りを感じながら、キコといっしょにドキドキしたりほんわかしたりしてみてください。

処理中です...