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第二話
ピンクの卵焼き
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まただ。
小学校5年生の村上知花は、お弁当箱の中身にプウっと頬を膨らませたした。
「知花ちゃん、どうしたの?」
隣の席の乃梨子ちゃんが心配そうに聞いてきます。乃梨子のお弁当をチラッと見た知花は、更に頬を膨らませました。だって、乃梨子のお弁当はとってもカラフルでかわいいのです。タコさんウィンナーにウサギさんのリンゴ。そして、何よりもフワフワで黄色い玉子焼きが入っています。
「見てよ。私のお弁当」
知花のお弁当の中身ときたら、フリカケをかけただけの白いご飯に冷凍のシューマイ。唯一の手作りといえば、ピンクの卵焼きだけなのです。
「あれ?知花ちゃんのお弁当っていっつもキャラ弁だよね」
「今日の当番はお母さんなの」
知花の両親は共働きなので、家事も分担制。知花の弁当は、両親が交代制で作っています。
「お父さんの日はいいんだけど」
料理が得意なお父さん。知花が好きな物なら、なんだって作ってくれます。でも、お母さんときたら。お米も炊いた事がないし、タコさんウインナーさえ作れません。
「なんだよ、村上。またそのダッセー卵焼き持ってきたのかよ」
「ピンクの卵焼きなんて、変なのぉ」
男子達がゲラゲラ笑いながら、知花の弁当を覗き込みます。知花は慌ててお弁当箱を隠しました。
「ちょっと男子、やめなさいよっ。知花ちゃんがかわいそうでしょっ」
乃梨子ちゃんが庇ってくれましたが、それさえも今の知花には辛くて仕方ありませんでした。
「ピンクの卵焼き、なんで入れたの?」
帰宅した知花は、お母さんに文句を言いました。自宅でピアノ教室を開いているお母さんは、フンワリとした雰囲気で子供達に大人気です。
「だって、ピンクの方がかわいいでしょ?」
「かわいくないっ。また男子にからかわれたんだよっ。お母さんのせいだからねっ」
泣きながら怒鳴ると、お母さんが哀しそうな顔をしました。
知花は、自分が言ってはならない事を言ってしまったと気が付きました。でも、もう止まりません。
「知花?どうしたんだ?」
自宅でイラストレーターをしているお父さんが、大声に2階から降りてきました。
「なんでお父さんが作ってくれないの?お母さんなんて、料理もできないし掃除も下手じゃんっ」
「知花っ。いい加減にしなさいっ」
お父さんの声にハッとしました。お母さんの目からはポロポロと涙が溢れてました。知花は謝ろうとしましたが、できませんでした。1度口からこぼれてしまった言葉は、元には戻らないのです。知花は、自分の部屋へ逃げ込みました。押入れに入り、膝を抱えます。
(どうしてあんな事言っちゃったんだろう)
謝りたいのに、知花にはどうしたらいいのかわかりません。
「知花。そろそろ出てきなさい」
お父さんの声に、知花はそっと押入れを開けました。
「知花が悪いって事はわかってるよね?」
お父さんの質問に、知花は小さく頷きました。
「ごめんなさい」
知花が謝ると、お父さんは黙って首を横に振りました。
「謝る相手が違うよ」
「・・・お母さん、怒ってる?」
「怒ってるんじゃなくて、傷ついてるんだ。どうして、あんな事を言ったんだ?」
「だって、皆かわいいお弁当持ってきてるんだもん。知花のだけ、あんなダサいお弁当なんて、恥ずかしくて・・・」
「お母さんが料理をしない理由は、知花も知っているよね?」
「ピアノの先生だから」
「そうだ。指先を怪我しちゃいけないんだ。それでも、知花のためにお弁当を作っているのは、知花の事が大好きだからなんだよ」
お父さんの言っている事はわかります。でも、知花はやっぱり素直にお母さんに謝れなかったのです。
「知花。来週は、早起きしよっか?」
「早起き?なんで?」
「早起きしたらわかるよ」
知花には、お父さんの言葉がわかりませんでした。
早起きした知花は、お父さんとそっとキッチンを覗いてみました。そこでは、汗だくになりながらお弁当を作っているお母さんがいました。
「大変っ。ウィンナーが焦げちゃうっ」
「卵の殻が入っちゃったっ」
「ウサギさんのリンゴ。なんでできないのかしら?」
そこには、知花が知らないお母さんの姿がありました。汗をいっぱいかいていて、ワタワタしています。
(あんな風に、私のお弁当を作ってくれてたんだ)
見ていたら、なんだかとっても胸が苦しくなりました。だって、知らなかったから。もっとお母さんは手抜きをしていると思ったんです。
「知花が小さかった時、とっても食が細くて困ったんだ」
お父さんが教えてくれました。
「ある日。お母さんがピンクの卵焼きを作ったら、知花がとっても喜んでくれてね」
知花が美味しいと言った日。お母さんは、嬉しいと大号泣したそうです。知花は、どうしてお弁当にピンクの玉子焼きが入っているのかがやっとわかりました。
「お母さん」
知花が声をかければ、お母さんがニッコリ笑いました。
「知花。今日の卵焼きは黄色よ」
「私、ピンクの卵焼きがいい」
知花は言いました。
「昨日は、ごめんなさい。私、お母さんのピンクの玉子焼き。大好きだよ」
知花は、やっとお母さんに謝る事ができました。
お母さんは、なんにも言わないでギュッと知花を抱き締めてくれました。優しくて、甘い香りがします。
知花は、それからお弁当箱を隠す事はありませんでした。
「知花ちゃん。本当はね、知花ちゃんのピンクの卵焼き、とっても羨ましかったんだ」
乃梨子に言われて、知花は驚きました。
「食べてみる?」
「いいの?」
「うんっ」
知花は、もうピンクの卵焼きを恥ずかしいとは思わなくなりました。
それから十数年後。お母さんになった知花は、自分の子供達にピンク色の卵焼きを作っていました。
「この卵焼きはね、お母さんが世界で一番好きな卵焼きなのよ」
甘い香りがキッチンに広がります。愛に香りがあるのなら、きっとこんな香りなのでしょう。
小学校5年生の村上知花は、お弁当箱の中身にプウっと頬を膨らませたした。
「知花ちゃん、どうしたの?」
隣の席の乃梨子ちゃんが心配そうに聞いてきます。乃梨子のお弁当をチラッと見た知花は、更に頬を膨らませました。だって、乃梨子のお弁当はとってもカラフルでかわいいのです。タコさんウィンナーにウサギさんのリンゴ。そして、何よりもフワフワで黄色い玉子焼きが入っています。
「見てよ。私のお弁当」
知花のお弁当の中身ときたら、フリカケをかけただけの白いご飯に冷凍のシューマイ。唯一の手作りといえば、ピンクの卵焼きだけなのです。
「あれ?知花ちゃんのお弁当っていっつもキャラ弁だよね」
「今日の当番はお母さんなの」
知花の両親は共働きなので、家事も分担制。知花の弁当は、両親が交代制で作っています。
「お父さんの日はいいんだけど」
料理が得意なお父さん。知花が好きな物なら、なんだって作ってくれます。でも、お母さんときたら。お米も炊いた事がないし、タコさんウインナーさえ作れません。
「なんだよ、村上。またそのダッセー卵焼き持ってきたのかよ」
「ピンクの卵焼きなんて、変なのぉ」
男子達がゲラゲラ笑いながら、知花の弁当を覗き込みます。知花は慌ててお弁当箱を隠しました。
「ちょっと男子、やめなさいよっ。知花ちゃんがかわいそうでしょっ」
乃梨子ちゃんが庇ってくれましたが、それさえも今の知花には辛くて仕方ありませんでした。
「ピンクの卵焼き、なんで入れたの?」
帰宅した知花は、お母さんに文句を言いました。自宅でピアノ教室を開いているお母さんは、フンワリとした雰囲気で子供達に大人気です。
「だって、ピンクの方がかわいいでしょ?」
「かわいくないっ。また男子にからかわれたんだよっ。お母さんのせいだからねっ」
泣きながら怒鳴ると、お母さんが哀しそうな顔をしました。
知花は、自分が言ってはならない事を言ってしまったと気が付きました。でも、もう止まりません。
「知花?どうしたんだ?」
自宅でイラストレーターをしているお父さんが、大声に2階から降りてきました。
「なんでお父さんが作ってくれないの?お母さんなんて、料理もできないし掃除も下手じゃんっ」
「知花っ。いい加減にしなさいっ」
お父さんの声にハッとしました。お母さんの目からはポロポロと涙が溢れてました。知花は謝ろうとしましたが、できませんでした。1度口からこぼれてしまった言葉は、元には戻らないのです。知花は、自分の部屋へ逃げ込みました。押入れに入り、膝を抱えます。
(どうしてあんな事言っちゃったんだろう)
謝りたいのに、知花にはどうしたらいいのかわかりません。
「知花。そろそろ出てきなさい」
お父さんの声に、知花はそっと押入れを開けました。
「知花が悪いって事はわかってるよね?」
お父さんの質問に、知花は小さく頷きました。
「ごめんなさい」
知花が謝ると、お父さんは黙って首を横に振りました。
「謝る相手が違うよ」
「・・・お母さん、怒ってる?」
「怒ってるんじゃなくて、傷ついてるんだ。どうして、あんな事を言ったんだ?」
「だって、皆かわいいお弁当持ってきてるんだもん。知花のだけ、あんなダサいお弁当なんて、恥ずかしくて・・・」
「お母さんが料理をしない理由は、知花も知っているよね?」
「ピアノの先生だから」
「そうだ。指先を怪我しちゃいけないんだ。それでも、知花のためにお弁当を作っているのは、知花の事が大好きだからなんだよ」
お父さんの言っている事はわかります。でも、知花はやっぱり素直にお母さんに謝れなかったのです。
「知花。来週は、早起きしよっか?」
「早起き?なんで?」
「早起きしたらわかるよ」
知花には、お父さんの言葉がわかりませんでした。
早起きした知花は、お父さんとそっとキッチンを覗いてみました。そこでは、汗だくになりながらお弁当を作っているお母さんがいました。
「大変っ。ウィンナーが焦げちゃうっ」
「卵の殻が入っちゃったっ」
「ウサギさんのリンゴ。なんでできないのかしら?」
そこには、知花が知らないお母さんの姿がありました。汗をいっぱいかいていて、ワタワタしています。
(あんな風に、私のお弁当を作ってくれてたんだ)
見ていたら、なんだかとっても胸が苦しくなりました。だって、知らなかったから。もっとお母さんは手抜きをしていると思ったんです。
「知花が小さかった時、とっても食が細くて困ったんだ」
お父さんが教えてくれました。
「ある日。お母さんがピンクの卵焼きを作ったら、知花がとっても喜んでくれてね」
知花が美味しいと言った日。お母さんは、嬉しいと大号泣したそうです。知花は、どうしてお弁当にピンクの玉子焼きが入っているのかがやっとわかりました。
「お母さん」
知花が声をかければ、お母さんがニッコリ笑いました。
「知花。今日の卵焼きは黄色よ」
「私、ピンクの卵焼きがいい」
知花は言いました。
「昨日は、ごめんなさい。私、お母さんのピンクの玉子焼き。大好きだよ」
知花は、やっとお母さんに謝る事ができました。
お母さんは、なんにも言わないでギュッと知花を抱き締めてくれました。優しくて、甘い香りがします。
知花は、それからお弁当箱を隠す事はありませんでした。
「知花ちゃん。本当はね、知花ちゃんのピンクの卵焼き、とっても羨ましかったんだ」
乃梨子に言われて、知花は驚きました。
「食べてみる?」
「いいの?」
「うんっ」
知花は、もうピンクの卵焼きを恥ずかしいとは思わなくなりました。
それから十数年後。お母さんになった知花は、自分の子供達にピンク色の卵焼きを作っていました。
「この卵焼きはね、お母さんが世界で一番好きな卵焼きなのよ」
甘い香りがキッチンに広がります。愛に香りがあるのなら、きっとこんな香りなのでしょう。
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