花のように美しく、雪のように優しく

すいかちゃん

文字の大きさ
上 下
1 / 6
第一話

小さな村の大きな秘密

しおりを挟む
「ふぁあ~」と可愛らしいあくびをするアイリスを見てヨハクは、もうそんな時間かとスマホを見ると時刻は21時を回っていた。寝るには少々早い気がするが、アイリスは目をしぱしぱさせている。

 こんな早い時間に眠くなるなんてアイリスの姿にあった年相応な感じにヨハクはなんだか、安心感を覚えた。

「ヨハク、そこに座りなさい」

 長いまつ毛が伏せられ、黄色の虹彩は半分以上隠れている。一見不機嫌そうにも思えるが、単に眠いのだろう。ヨハクは素直にアイリスに指示されたように座った。

 すると、

「えっ、ああアイリス?!」
「何よ、静かにしなさい」

 アイリスは、なんとヨハクの体をベット代わりに使う気のようだ。膝の上に座り、体を預けてきた。太ももにアイリスの冷たい体温と女の子特有の柔らかさにを感じ、眼下にはアイリスの鮮やかな藍紫色の長髪からメッシュのように入った金髪の前髪が映り、そこからふわりとシナモンを思わせるさわやかな甘い香りが立ち込めていた。

その柔らかそうな髪に顔を埋めて鼻腔から肺いっぱいににおいを嗅ぎたい衝動に駆られ、思わず顔を背けた。

 これは色々とまずいな、とヨハクが思ったとき、あの~という声にびくりと背を震わせ、振り返ると、
「ふぁっ?! あっ、すみません。驚かせてしまいましたか」
「いや、こちらこそ」

 目の前には小豆が立っていた。今は蛇を出していないようで普通の、いやかなり可愛い女子中学生のように思えた。

「アイリスちゃんはおねむですか?」
「うん、そうみたい」
「でしたら、私が使っていたステージのほうをよかったら、使ってください」
「ステージ?」

 小豆に指さされた方向に目を向けると半開きにカーテンが空いており、毛布などが置いてあるのが伺えた。
「ありがとう、でもそうすると小倉さんが」

「小豆、でいいですよ。ヨハク先輩」とパタパタと手を振りつつ、それにとつづけた。
「なにせ私の能力はアイリスちゃんの調子次第なところもありますから、しっかり休んでもらわないと」

 うーん、そうか。でも、後輩の女子中学生を雑魚寝させるのも、とヨハクがいつもの優柔不断さを発揮していると、アイリスが身じろぎし、半目を開けた。

「うるさい」と不機嫌そうに一言放った。

「ご、ごめんなさい。でもここよりあっちのほうがいいですよ。毛布もありますし」

 アイリスは指さされたほうを一瞥すると、別にここでいいわと言いまた目を閉じた。

「それとヨハク」
「何かな、アイリス」
「なんかお尻に硬いのが当たって痛いんだけど」とアイリスが何気なくつぶやいた。
 瞬間、世界が凍り付いたのをヨハクは感じた。
「えっと、」
「ヨハクせんぱぁい!」

 ヨハクの言葉を遮るように小豆が可愛らしく声をかけてきた。
 ヨハクが恐る恐るそちらを見ると、顔はにっこりと笑っているが、目は蛇の瞳孔のように見開かれ完全に笑っていない。

「アイリスちゃんとステージで寝ようと思います。いいですよね?」

 LEDの光にキラキラと光る銀髪の毛先が今にも黄金の蛇となってこちらに噛みついてきそうなオーラを漂わせ有無を言わせないオーラにヨハクが頷こうとしたとき、

「どうしたの?」
「あ、朝霞さん?!」
「何か揉めているみたいだけど、何かあったの?」

 そう心配そうに小首をかしげられ、ヨハクはなんてタイミングで朝霞さんが!と心臓が跳ね上がる。いつもならなんと可愛らしいのかと顔を赤めるところだが、、今は朝霞さんに誤解されないようにと精一杯だった。

「はい、今はヨハク先輩と」
「いや、別に! なんでも、ないよ?」

 ヨハクは小豆を遮るように声をあげた。
 それに小豆は見開かれた瞳孔のままに、訝しめに半目でこちらを見て、小百合はそう……と思案気に唇に手を当てた。

「何かあったら、言ってね。立花君、私は小豆ちゃんや立花君みたいに特別な力はないから、何も出来ないから」
「そんなことないよ」

 朝霞さんは、そこに居てくれるだけでいいから、と心の中でつづけた。

「本当にそうだよ。だから言ってね、私に出来ることだったらなんでもするから」

 そう小百合に微笑みかけられて、ヨハクの脳は完全に沸騰した。
 だめだ、だめだよ、朝霞さん。なんでもするなんて、ヨハクが池に餌を投げられた鯉のように口をパクパクとさせていると。

「何かトラブル?」


 笹が会話に入ってきた。

「いえ、そういうわけでは明日の作戦では役に立てないので何かできたらと思って」
「まぁそんな気にすることないよ。って僕が言うことじゃないか、ねぇ立花君」
「えっあ、はい」
「確かに比重や危険なことはあるよ。でもみんなそれぞれ役割があって協力していかないといけないんだ、自分が役に立ってないなんて思わなくていいよ。明日は僕も行くからね。朝霞さんたちのバックアップには期待しているよ」

 そう小百合に微笑みかける笹を見て、ヨハクは感心し、そして少し不快に思った。
 自分がしどろもどろもになっているところを流暢に場を進めていくのが単純にすごいと思い、せっかく朝霞さんと話せているのに会話を取られたみたいな不快感がない交ぜいになった。

「はぁい、笹先輩。バックアップゥ~は怜奈にお任せくださいね!」

いつの間にか笹の背中からひょっこり顔を出すように現れた怜奈が右手を額に当て敬礼している。

「はっはは、期待している灰原さんも」
「もぅ、怜奈でいいですよ。笹先輩」

 笹の腕を取り、ばっちりとウィンクをしている怜奈。

「明日の打ち合わせはこの辺で、ではアイリスちゃんを連れていきますね」

 怜奈と笹のやりとりに付き合う気はないのか小豆がそういってきた。いままでのやりとりで毒気が抜かれたのか開いた瞳孔は閉じているが、目は相変わらず笑っていない。

「連れていくって?」
「はい、アイリスちゃんにちゃんと休んでもらおうとステージで寝てもらおうと」
「それはいいかもね、小豆ちゃんには僕の毛布を渡すよ」
「じゃあ、先輩には、れ・い・な・の、渡すね」
「いや僕はなくてもいいよ。夏だし」
「えっー、お腹冷やしちゃいますよ!」
「そうですね、私は怜奈と一緒に寝ますので。怜奈のは笹さんが使ってください」
「うっ!、まぁそういうことで」
「うるさぁい!」

 アイリスの一喝で熱を帯びた空気が水をかけられたようにぴっしゃりと収まった。

「妖精たる私の眠りを妨げるなんていい度胸ね。美しいといっても所詮野花ね、私がキッチリと教育しないといけないようね!」

 アイリスは、お尻のあたり先ほど硬くて痛いと言っていた部分に手を突っ込むとヨハクがホルスターに入れていた357マグナムを引っ張り出そうとしていた。

 それを見て、小豆はじめ小百合たちは蜘蛛の子を散らすように去っていたのだった。

「ふんっ」と可愛らしくアイリスは鼻を鳴らして再び寝入ったのだった。

 それを見てヨハクも動く機を逃してしまい、仕方なく眠ることにしたのだが、目を閉じてみると神経が過敏になっているのか視線を感じた。

 目を開け、視線を感じたほうを見るとステージのカーテンが若干空いており、じっと見開かれた琥珀色の瞳と目があった。

 ちょっとしたホラーだ。ヨハクは薄気味悪い思いを感じながら、手を後ろに回して何もしないよとアピールしてから眠ったのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷の魔女と春を告げる者

深見アキ
児童書・童話
氷の魔女と呼ばれるネージュは、少女のような外見で千年の時を生きている。凍った領地に閉じこもっている彼女の元に一人の旅人が迷いこみ、居候として短い間、時を共にするが……。 ※小説家になろうにも載せてます。 ※表紙素材お借りしてます。

ドラゴンの愛

かわの みくた
児童書・童話
一話完結の短編集です。 おやすみなさいのその前に、一話ずつ読んで夢の中。目を閉じて、幸せな続きを空想しましょ。 たとえ種族は違っても、大切に思う気持ちは変わらない。そんなドラゴンたちの愛や恋の物語です。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

【完結】誰かの親切をあなたは覚えていますか?

なか
児童書・童話
私を作ってくれた 私らしくしてくれた あの優しい彼らを 忘れないためにこの作品を

わたしの婚約者は学園の王子さま!

久里
児童書・童話
平凡な女子中学生、野崎莉子にはみんなに隠している秘密がある。実は、学園中の女子が憧れる王子、漣奏多の婚約者なのだ!こんなことを奏多の親衛隊に知られたら、平和な学校生活は望めない!周りを気にしてこの関係をひた隠しにする莉子VSそんな彼女の態度に不満そうな奏多によるドキドキ学園ラブコメ。

少年イシュタと夜空の少女 ~死なずの村 エリュシラーナ~

楪巴 (ゆずりは)
児童書・童話
イシュタは病の妹のため、誰も死なない村・エリュシラーナへと旅立つ。そして、夜空のような美しい少女・フェルルと出会い…… 「昔話をしてあげるわ――」 フェルルの口から語られる、村に隠された秘密とは……?  ☆…☆…☆  ※ 大人でも楽しめる児童文学として書きました。明確な記述は避けておりますので、大人になって読み返してみると、また違った風に感じられる……そんな物語かもしれません……♪  ※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。

美しい国の美しい王女

石田 ゆうき
児童書・童話
 あるところに美しい国がありました。その美しい国には、美しい王女様がいました。王女様と結婚しようと、貴族たちや他国の王子様たちがお城につめかけるのでした。  小説家になろうにも投稿しています。

ヨーコちゃんのピアノ

市尾彩佳
児童書・童話
ずっと欲しかったピアノ、中古だけどピアノ。ようやく買ってもらえたピアノが家に届いたその日、美咲はさっそく弾こうとする。が、弾こうとしたその瞬間、安全装置がついているのにふたが勢いよく閉まった。そして美咲の目の前に、透き通った足がぶーらぶら。ゆ、ゆゆゆゆーれい!?※小説家になろうさんにも掲載しています。一部分、自ブログに転載しています。

処理中です...