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第六話 過去になった男
過去の恋とさようなら
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「なんだ。お前か」
久しぶりに会った幼馴染みの言葉に、中島敦人は露骨に眉をしかめた。
「なんだとはなんだ。久しぶり」
何もなかったかのように言えば、章悟は更に嫌な顔をした。2人は、小さい頃からずっと一緒だった。ゲームで遊んだり、いたずらして怒られたり、励まし合ったり・・・。兄弟よりも近しい存在だった。
1人の男を愛するまでは・・・。
「こんな夜中になんの用だ?」
挑むような眼差しで言われて、敦人はカッとなった。
「なんで電話番号変えたんだ!おかげで・・・」
敦人が声を荒げれば、西嶋章悟が慌てて人差し指を唇の前に当てた。
「大きな声を出すな。起こしちまうだろ」
部屋の中を気にする章悟に、敦人はハッとした。玄関に置かれた上品な革靴。デザインやサイズからして章悟のものではない。おそらく、敦人がかつて捨てた男のものだ。
(覚が、来ているのか?)
よく見れば、章悟は素肌にガウンを羽織っただけだ。つまり、さっきまで裸でいたということを示している。何をしていたかなんて、聞かなくてもわかるというものだ。敦人は沸き上がる嫉妬心をグッと堪え、わざととぼけたように室内を覗いた。
「誰かいるのか?」
「覚だ」
敦人の言葉に、章悟があっさりと答えた。まるで、ずっと前から恋人同士だったかのような口調だ。
倉橋覚。美人でおとなしく、優しい敦人の元カレ。別れてから、彼がいかに大事だったかを思い知った。慌てて元通りにしようとしたが、できなかった。覚の横には、既に章悟がいたのだ。
「話がある」
敦人の声が無意識に低くなった。覚が目の前の男に抱かれている。その現実は、思った以上に敦人の心を締め付けた。
「ちょっと待ってろ。今、着替えてくるから」
章悟が音を立てないように廊下の奥へと消える。残された敦人は、妙な違和感を感じた。
(章悟の部屋って、こんなんだっけか?)
以前はよく遊びに来た部屋。確か、外国のロックバンドのポスターが貼ってあった。後、バイクの模型やシルバーのアクセサリー。クールでスタイリッシュな玄関のイメージだった。だが、今は全く違う。
(こんな趣味、あったか?)
綺麗に並べられた観葉植物に、優しい色合いのディスプレイ。壁には、スペインの田園風景が描かれた絵画。
『いつか、行ってみたいな』
覚の声が蘇る。
敦人は、今度こそ覚とスペインへ行こうと決めた。章悟の事だ。どうせ、すぐに飽きるだろう。敦人は、今すぐ覚を取り返したい気持ちをグッと堪えた。
「外で話そう」
着替えを済ませた章悟に促され、敦人は外へと出た。が、夜中に男2人がファミレスというのもなんだか妙だから、結局は敦人の車の中で話すことになった。
「ほらよ」
いつもの癖でタバコを勧めれば、章悟に軽く断られる。
「悪い。禁煙中なんだ」
章悟の言葉に敦人が驚く。それもそのはず。章悟は、敦人以上のヘビースモーカーなのだ。章悟がタバコを吸わないなんて、砂漠に雪が降るぐらいの驚きだ。
「禁煙?お前が?」
「覚。タバコの匂いがダメなんだよ」
まるで当たり前のようにサラッと言われて、敦人は固まった。覚がタバコの匂いがダメなんて、敦人は知らなかったのだ。
「俺がタバコ吸う度に咳き込むんだ。どうやら気管支が弱いらしい」
その言葉に、敦人はそういえばと思い出した。朝、ベッドでタバコをふかしていたら、ひどく咳き込んでいた。
(言ってくれたら。吸わなかったのに)
敦人は覚と3年近く付き合っていた。だが、彼のことを何も知らなかった。いや。知らないではない。知ろうともしなかったのだ。
「で?なんの用だ?」
章悟と敦人の間に微妙な空気が流れる。なんの用かなんて、章悟だってわかっているはずだ。
「そろそろ、飽きたろ?」
先に話を切り出したのは敦人だった。
「何の事だ?」
章悟が眉間に皺を寄せる。
「覚のことだよ。もう、いいだろ」
「どういう意味だ?」
章悟の言葉に、敦人はカッとなった。
「覚は俺の男だっ。抱きつくしただろ?もう、返してくれよっ」
気がついたら敦人は章悟の胸ぐらを掴んで揺さぶっていた。間近で睨み合うこと数秒。章悟が敦人の手を振り払う。
「何かと思えば。くだらない」
「なんだとっ」
「忘れるな。先に覚を捨てたのはお前だ」
今度は章悟が敦人の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「覚は、スペインでずっとお前を待っていたんだっ」
章悟の瞳に怒りの光が宿る。以前、敦人は覚をスペインに誘いドタキャンした。そして、新しい恋人と楽しくイチャイチャしていたのだ。
「現地の男は、明らかに覚を狙っていた」
美しい容姿とカタコトの言葉は、周囲から注目を集めていた。馴れ馴れしく話しかける男の瞳には、明らかに欲望が宿っていた。
「覚みたいな奴が捕まったらどうなるか、わかっていただろっ」
章悟が許せないのはそこだった。敦人にとっては、覚よりも新しい恋人との逢瀬が重要だったのだろう。覚の心配など、微塵もしていなかったはずだ。傷心の覚の心など、少しも慮ってはいない。
「なのに、今更返せなんてよくも言えたなっ」
章悟が敦人を乱暴に突き放す。敦人は、やっと自分が何をしでかしたのか自覚した。
「それでも、覚はお前を責めなかった。自分が悪いと言っていたよ」
敦人は、ハッと顔を上げた。
「覚は、最初からわかっていたそうだ。お前に愛されてない事を・・・」
章悟が苦々しく呟く。
「お前が本当に好きな人を見つけたら、それでいいそうだ」
章悟がスマホを敦人に見せる。そこには、章悟と覚が仲睦まじく写っていた。
「覚は、きっと今でもお前を忘れていない。でも、俺との未来を歩き始めてるんだ」
章悟が敦人を離す。
敦人は、自分がいかに愚かだったかを改めて知った気がした。
覚の優しさに甘えていた自分。彼から愛されることを当然と考え、彼を愛そうとはしなかった。
「覚は、もうお前のオモチャじゃない。俺の恋人なんだ」
敦人は、突きつけられた現実に愕然とした。
「お前は、覚にとっても俺にとっても過去になったんだよ」
章悟は、話は済んだからと車のドアを開けた。敦人は慌てて章悟の袖を引っ張る。
「1度だけ。1度だけでいいから、覚に会わせてくれっ。せめて、きちんと別れさせてくれっ」
それが、敦人にできる唯一の事だった。一方的に待ち合わせの日時を告げて、敦人は車を走らせる。
「どこに行ってたの?」
帰宅すると、ガウンを羽織った覚が玄関先に立っていた。目が覚めた時に、隣に章悟がいなかった事で不安になったのだろう。章悟には、心細そうに自分を見つめる覚が愛しくてならなかった。敦人に渡す気などサラサラない。
「ちょっとコンビニ。新発売のチーズ味のアイス食べたいって言ってたろ」
コンビニ袋を上げて見せれば、ホッとしたように覚が微笑む。章悟は、敦人のことを言おうかどうしようか悩んだ。やっと、恋人らしい過ごし方ができるようになったのだ。ここで敦人の名前を出したら、覚の心がまだぐらつくのではないかと不安になった。だが、黙っているわけにもいかない。敦人は、かなりやつれた頬をしていた。きっと、彼なりに悩んだのだろう。
「さっき、敦人が来たんだ」
アイスクリームを食べながら、まるで天気の話でもするかのように敦人とのやり取りを話した。覚は、黙って聞いていた。だが、その沈黙が章悟には怖かった。
「どうする?」
章悟の問に、覚は大きく頷いた。
「会うよ。僕も1度ちゃんと話さなきゃって思ってたんだ」
章悟の心を、不安と嫉妬という名の風が吹く。
「俺も、一緒に行くよ」
章悟が言えば、覚が苦笑する。
「子供じゃないよ」
「わかってる。でも、不安なんだ」
章悟は覚を抱き締めて、胸の内を素直に白状した。失恋して弱った覚の心に入り込んだ章悟。ずるい方法で手に入れたから、だから不安なのだ。もしかすると、敦人の元に戻るかもしれない。しばらく黙っていた覚は、章悟の背中をポンポンと優しく叩いた。
「もう、敦人のことは過去になったから大丈夫だよ。僕には章悟がいる。僕は、章悟を愛してる」
「覚・・・」
覚からのキスに、章悟は目を閉じた。絡め合う舌が、言葉以上の安心感を与えてくれる。
「なぁ。朝まで、もう1回しよう」
ガウンの隙間から手を差し込み、まだ柔らかな蕾に指を沈める。覚は、微かに抵抗する動作を見せたがすぐに章悟の首にしがみついた。
「もうすぐ、朝になるよ?」
「構わない」
章悟は、覚を膝に乗せるとそのまま貫いた。のけぞる覚の首筋に歯を立てる。
「あっ、奥に、当たって・・・っ」
「気持ちいい?」
聞くと、覚が恥ずかしそうに頷く。
「すごく、いい・・・」
章悟は覚の唇をキスで塞いだ。甘く柔らかな覚の中に包まれている時が、章悟には何よりも至福の時に感じた。
「久しぶり」
待ち合わせの場所は、覚と敦人がよくデートした場所だった。ぎこちない声に、覚がやや緊張した顔を向ける。
「痩せたね。敦人」
覚が言えば、敦人が苦笑する。
「そうか?お前は、生き生きしてるな」
それから、数秒の間。2人は無言で見つめ合った。先に口を開いたのは、敦人の方だ。
「もう、オレ達は無理なのか?」
聞かれて、覚はなんの躊躇いもなく頷いた。実際に顔を合わせて覚ははっきりわかった。敦人は、既に過去の男になっていたのだ。
「敦人の事、好きだったよ。都合がいい相手でもいいって思えるぐらい。でも、もう好きじゃない。僕には、章悟がいるから」
覚にとっても、敦人への想いに決着をつけたかった。章悟に愛されながらも、常に心の奥には敦人がいた。でも、それも今日で終わる。
敦人は、そっかと口の中で呟いた。
「わかった。最後ぐらい、かっこつけなきゃな」
笑う敦人に、覚も笑みを浮かべた。
「今までありがとう。こんな俺に付き合ってくれて」
敦人が笑う。
「僕も、ありがとう。敦人のこと、好きになって良かった」
覚も笑った。
2人にとって、互いがちゃんと過去になった瞬間だった。
「元気で」
「じゃあね」
覚は手を振ると、敦人に背中を向けて歩き出した。不思議だが、敦人にフラレて良かったと思えた。妙な話だが、敦人にフラれなければ、章悟に会うことはなかったのだ。そう考えれば、敦人にフラれたことさえ許せてしまう。
「覚」
公園の入り口では章悟が待っていた。その不安そうな顔に、覚は満面の笑みを浮かべた。駆け寄ってきた章悟が、覚をギュッと抱き締める。
「章悟っ。人が見てるっ」
「構うもんか」
誰に何を言われても、絶対に離さない。そう言われて、覚は心の中が甘く満たされるのを感じた。
久しぶりに会った幼馴染みの言葉に、中島敦人は露骨に眉をしかめた。
「なんだとはなんだ。久しぶり」
何もなかったかのように言えば、章悟は更に嫌な顔をした。2人は、小さい頃からずっと一緒だった。ゲームで遊んだり、いたずらして怒られたり、励まし合ったり・・・。兄弟よりも近しい存在だった。
1人の男を愛するまでは・・・。
「こんな夜中になんの用だ?」
挑むような眼差しで言われて、敦人はカッとなった。
「なんで電話番号変えたんだ!おかげで・・・」
敦人が声を荒げれば、西嶋章悟が慌てて人差し指を唇の前に当てた。
「大きな声を出すな。起こしちまうだろ」
部屋の中を気にする章悟に、敦人はハッとした。玄関に置かれた上品な革靴。デザインやサイズからして章悟のものではない。おそらく、敦人がかつて捨てた男のものだ。
(覚が、来ているのか?)
よく見れば、章悟は素肌にガウンを羽織っただけだ。つまり、さっきまで裸でいたということを示している。何をしていたかなんて、聞かなくてもわかるというものだ。敦人は沸き上がる嫉妬心をグッと堪え、わざととぼけたように室内を覗いた。
「誰かいるのか?」
「覚だ」
敦人の言葉に、章悟があっさりと答えた。まるで、ずっと前から恋人同士だったかのような口調だ。
倉橋覚。美人でおとなしく、優しい敦人の元カレ。別れてから、彼がいかに大事だったかを思い知った。慌てて元通りにしようとしたが、できなかった。覚の横には、既に章悟がいたのだ。
「話がある」
敦人の声が無意識に低くなった。覚が目の前の男に抱かれている。その現実は、思った以上に敦人の心を締め付けた。
「ちょっと待ってろ。今、着替えてくるから」
章悟が音を立てないように廊下の奥へと消える。残された敦人は、妙な違和感を感じた。
(章悟の部屋って、こんなんだっけか?)
以前はよく遊びに来た部屋。確か、外国のロックバンドのポスターが貼ってあった。後、バイクの模型やシルバーのアクセサリー。クールでスタイリッシュな玄関のイメージだった。だが、今は全く違う。
(こんな趣味、あったか?)
綺麗に並べられた観葉植物に、優しい色合いのディスプレイ。壁には、スペインの田園風景が描かれた絵画。
『いつか、行ってみたいな』
覚の声が蘇る。
敦人は、今度こそ覚とスペインへ行こうと決めた。章悟の事だ。どうせ、すぐに飽きるだろう。敦人は、今すぐ覚を取り返したい気持ちをグッと堪えた。
「外で話そう」
着替えを済ませた章悟に促され、敦人は外へと出た。が、夜中に男2人がファミレスというのもなんだか妙だから、結局は敦人の車の中で話すことになった。
「ほらよ」
いつもの癖でタバコを勧めれば、章悟に軽く断られる。
「悪い。禁煙中なんだ」
章悟の言葉に敦人が驚く。それもそのはず。章悟は、敦人以上のヘビースモーカーなのだ。章悟がタバコを吸わないなんて、砂漠に雪が降るぐらいの驚きだ。
「禁煙?お前が?」
「覚。タバコの匂いがダメなんだよ」
まるで当たり前のようにサラッと言われて、敦人は固まった。覚がタバコの匂いがダメなんて、敦人は知らなかったのだ。
「俺がタバコ吸う度に咳き込むんだ。どうやら気管支が弱いらしい」
その言葉に、敦人はそういえばと思い出した。朝、ベッドでタバコをふかしていたら、ひどく咳き込んでいた。
(言ってくれたら。吸わなかったのに)
敦人は覚と3年近く付き合っていた。だが、彼のことを何も知らなかった。いや。知らないではない。知ろうともしなかったのだ。
「で?なんの用だ?」
章悟と敦人の間に微妙な空気が流れる。なんの用かなんて、章悟だってわかっているはずだ。
「そろそろ、飽きたろ?」
先に話を切り出したのは敦人だった。
「何の事だ?」
章悟が眉間に皺を寄せる。
「覚のことだよ。もう、いいだろ」
「どういう意味だ?」
章悟の言葉に、敦人はカッとなった。
「覚は俺の男だっ。抱きつくしただろ?もう、返してくれよっ」
気がついたら敦人は章悟の胸ぐらを掴んで揺さぶっていた。間近で睨み合うこと数秒。章悟が敦人の手を振り払う。
「何かと思えば。くだらない」
「なんだとっ」
「忘れるな。先に覚を捨てたのはお前だ」
今度は章悟が敦人の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「覚は、スペインでずっとお前を待っていたんだっ」
章悟の瞳に怒りの光が宿る。以前、敦人は覚をスペインに誘いドタキャンした。そして、新しい恋人と楽しくイチャイチャしていたのだ。
「現地の男は、明らかに覚を狙っていた」
美しい容姿とカタコトの言葉は、周囲から注目を集めていた。馴れ馴れしく話しかける男の瞳には、明らかに欲望が宿っていた。
「覚みたいな奴が捕まったらどうなるか、わかっていただろっ」
章悟が許せないのはそこだった。敦人にとっては、覚よりも新しい恋人との逢瀬が重要だったのだろう。覚の心配など、微塵もしていなかったはずだ。傷心の覚の心など、少しも慮ってはいない。
「なのに、今更返せなんてよくも言えたなっ」
章悟が敦人を乱暴に突き放す。敦人は、やっと自分が何をしでかしたのか自覚した。
「それでも、覚はお前を責めなかった。自分が悪いと言っていたよ」
敦人は、ハッと顔を上げた。
「覚は、最初からわかっていたそうだ。お前に愛されてない事を・・・」
章悟が苦々しく呟く。
「お前が本当に好きな人を見つけたら、それでいいそうだ」
章悟がスマホを敦人に見せる。そこには、章悟と覚が仲睦まじく写っていた。
「覚は、きっと今でもお前を忘れていない。でも、俺との未来を歩き始めてるんだ」
章悟が敦人を離す。
敦人は、自分がいかに愚かだったかを改めて知った気がした。
覚の優しさに甘えていた自分。彼から愛されることを当然と考え、彼を愛そうとはしなかった。
「覚は、もうお前のオモチャじゃない。俺の恋人なんだ」
敦人は、突きつけられた現実に愕然とした。
「お前は、覚にとっても俺にとっても過去になったんだよ」
章悟は、話は済んだからと車のドアを開けた。敦人は慌てて章悟の袖を引っ張る。
「1度だけ。1度だけでいいから、覚に会わせてくれっ。せめて、きちんと別れさせてくれっ」
それが、敦人にできる唯一の事だった。一方的に待ち合わせの日時を告げて、敦人は車を走らせる。
「どこに行ってたの?」
帰宅すると、ガウンを羽織った覚が玄関先に立っていた。目が覚めた時に、隣に章悟がいなかった事で不安になったのだろう。章悟には、心細そうに自分を見つめる覚が愛しくてならなかった。敦人に渡す気などサラサラない。
「ちょっとコンビニ。新発売のチーズ味のアイス食べたいって言ってたろ」
コンビニ袋を上げて見せれば、ホッとしたように覚が微笑む。章悟は、敦人のことを言おうかどうしようか悩んだ。やっと、恋人らしい過ごし方ができるようになったのだ。ここで敦人の名前を出したら、覚の心がまだぐらつくのではないかと不安になった。だが、黙っているわけにもいかない。敦人は、かなりやつれた頬をしていた。きっと、彼なりに悩んだのだろう。
「さっき、敦人が来たんだ」
アイスクリームを食べながら、まるで天気の話でもするかのように敦人とのやり取りを話した。覚は、黙って聞いていた。だが、その沈黙が章悟には怖かった。
「どうする?」
章悟の問に、覚は大きく頷いた。
「会うよ。僕も1度ちゃんと話さなきゃって思ってたんだ」
章悟の心を、不安と嫉妬という名の風が吹く。
「俺も、一緒に行くよ」
章悟が言えば、覚が苦笑する。
「子供じゃないよ」
「わかってる。でも、不安なんだ」
章悟は覚を抱き締めて、胸の内を素直に白状した。失恋して弱った覚の心に入り込んだ章悟。ずるい方法で手に入れたから、だから不安なのだ。もしかすると、敦人の元に戻るかもしれない。しばらく黙っていた覚は、章悟の背中をポンポンと優しく叩いた。
「もう、敦人のことは過去になったから大丈夫だよ。僕には章悟がいる。僕は、章悟を愛してる」
「覚・・・」
覚からのキスに、章悟は目を閉じた。絡め合う舌が、言葉以上の安心感を与えてくれる。
「なぁ。朝まで、もう1回しよう」
ガウンの隙間から手を差し込み、まだ柔らかな蕾に指を沈める。覚は、微かに抵抗する動作を見せたがすぐに章悟の首にしがみついた。
「もうすぐ、朝になるよ?」
「構わない」
章悟は、覚を膝に乗せるとそのまま貫いた。のけぞる覚の首筋に歯を立てる。
「あっ、奥に、当たって・・・っ」
「気持ちいい?」
聞くと、覚が恥ずかしそうに頷く。
「すごく、いい・・・」
章悟は覚の唇をキスで塞いだ。甘く柔らかな覚の中に包まれている時が、章悟には何よりも至福の時に感じた。
「久しぶり」
待ち合わせの場所は、覚と敦人がよくデートした場所だった。ぎこちない声に、覚がやや緊張した顔を向ける。
「痩せたね。敦人」
覚が言えば、敦人が苦笑する。
「そうか?お前は、生き生きしてるな」
それから、数秒の間。2人は無言で見つめ合った。先に口を開いたのは、敦人の方だ。
「もう、オレ達は無理なのか?」
聞かれて、覚はなんの躊躇いもなく頷いた。実際に顔を合わせて覚ははっきりわかった。敦人は、既に過去の男になっていたのだ。
「敦人の事、好きだったよ。都合がいい相手でもいいって思えるぐらい。でも、もう好きじゃない。僕には、章悟がいるから」
覚にとっても、敦人への想いに決着をつけたかった。章悟に愛されながらも、常に心の奥には敦人がいた。でも、それも今日で終わる。
敦人は、そっかと口の中で呟いた。
「わかった。最後ぐらい、かっこつけなきゃな」
笑う敦人に、覚も笑みを浮かべた。
「今までありがとう。こんな俺に付き合ってくれて」
敦人が笑う。
「僕も、ありがとう。敦人のこと、好きになって良かった」
覚も笑った。
2人にとって、互いがちゃんと過去になった瞬間だった。
「元気で」
「じゃあね」
覚は手を振ると、敦人に背中を向けて歩き出した。不思議だが、敦人にフラレて良かったと思えた。妙な話だが、敦人にフラれなければ、章悟に会うことはなかったのだ。そう考えれば、敦人にフラれたことさえ許せてしまう。
「覚」
公園の入り口では章悟が待っていた。その不安そうな顔に、覚は満面の笑みを浮かべた。駆け寄ってきた章悟が、覚をギュッと抱き締める。
「章悟っ。人が見てるっ」
「構うもんか」
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