カフェ『ティータイム』で恋を語ろう

すいかちゃん

文字の大きさ
上 下
3 / 4

失恋した元ヤンキーは、元ホストの店員と2度目の恋をする

しおりを挟む
ジリリジリリ…と、遠くで目覚まし時計の音がする。橘丈一郎は、うつ伏せの状態で腕を伸ばした。そして、探り当てた目覚まし時計を手探りで止める。「こら。目覚まし時計を止めるな」
呆れたような声と同時に、毛布が剥ぎ取られる。健康的な小麦色の肌が、太陽の下に惜しげもなく晒された。22歳の割には顔立ちは幼く、まだ高校生と言っても良かった。猫のような瞳がゆっくりと開かれる。
「全く。なんでいつもいつも起きれないんだよ」
一緒に暮らす藤村直登は、大抵は目覚まし時計が鳴る前に起きている。既に掃除も洗濯も、朝食の準備を終えてしまった。
「ほら。早く起きろ」
肩まで長い茶髪をゴムでひとまとめにした直登は、容赦なく丈一郎を揺さぶる。スッと通った鼻筋と細い輪郭。アイドルグループにいてもおかしくない容姿をしている。安物のスウェットでさえ、直登が着ているとオシャレ着に見える。
「大人なんだから、朝ぐらい一人で起きろよ」
直登の言葉に、丈一郎はキッと瞳を細めた。怒った顔はますます猫みたいである。丈一郎は、手元にあった枕やぬいぐるみを直登めがけて投げつける。
「誰のせいだと思ってんだよっ。いくら休日だからって、2度も3度もしやがって…っ」
丈一郎が投げた枕を受け止めて、直登がニヤッと笑う。
「あれぐらいで根をあげたのか?案外、根性ないんだな」
「なんだとっ」
全裸のまま丈一郎が直登の胸ぐらを掴む。が、すぐに直登によって唇を塞がれてしまった。
「んっ、んんっ、んっ、ん…っ。ふぁっ」
最初は抗議するように直登の胸を叩いていた丈一郎だが、次第にその巧みなキスにうっとりした表情を浮かべる。
唇を離した直登は、丈一郎をベッドに押し倒し無防備な下半身に指を伸ばした。
「な、直登っ」
慌てる丈一郎に、直登がニッコリ笑う。
「ちょっとだけ、イチャイチャしよっか」
「え?わっ、バカ…ッ。やめ…っ」
直登の強引な愛撫に、丈一郎は朝にしてはあまりにも濃厚な時間を過ごした。
「てめ…っ。許さねぇから…な…っ」
息を甘く乱しなが丈一郎が抗議する。直登は、そんな丈一郎のビンビンになっている場所を指で弾いた。
「どう許さないの?」
「…っ」
「おとなしくしてなさい」
直登はからかうように笑うと、丈一郎の中へと指を挿入した。前と後ろを同時に擦られ、丈一郎が甘い声を上げる。普段の丈一郎が強気であればあるほど、こういう時はかわいいと直登はこっそり思った。
「あれから、1年たつんだな」
「え?」
指と舌でトロトロになっている丈一郎を、直登が愛しそうに見つめる。きっと、今の丈一郎には何を言っても届かないだろう。
1年前。2人は店員と客という立場で出会った。その時には、まさかこんな関係になるとはお互いに思ってもいなかったが…。

「いらっしゃいませ」
その日。直登は、やたらと緊張している少年を席へと案内した。年の頃は、おそらく十代後半。ブランドものの服を着ているが、どことなく違和感を感じる。
「ご注文はどうしますか?」
直登が聞けば、少年が猫のように大きな瞳をパチパチと瞬きする。
「あ、あの。どれを飲んだらいいですか?」
「は?」
なんとも変わった客である。訝しげに直登が首を傾げれば、少年が慌てて説明する。
「実は、これから初デートなんです。こういう時って、何を飲めばいいのか…」
「なるほど」
顔を真っ赤にするその少年が、直登にはとても愛らしく見えた。
「アイスミントティーなんていかがですか?爽やかな味や香りは女の子も好きですし、緊張を和らげる効果もあります」
直登が進めると、少年は小さく頷いた。『ティータイム』には、連日多くのお客様が訪れる。その中でも、少年は特に直登の印象に残った。
「橘くん」
数分後。白いワンピースを着た少女が入ってきた。メイクをしなくても、その透明感がある肌とキラキラとした瞳は人目を引いた。少年は音を立ててイスから立ち上がると、少女の方へと手を上げた。
(ふーん。橘くんって言うんだ)
直登は、なんとなくその『橘くん』が気になっていた。おそらく、少女は生まれも育ちもお嬢様。対して『橘くん』は、育ちはよくない。無理して上品な言葉を使っている感じだ。他のテーブルの接客をしながら、何気なく聞き耳を立てる。
「この間、友達とフランス映画を観てきたんです。橘くんは、フランス映画はお好きですか?」
「は、はい。好きです」
返答までの間で、直登は『橘くん』はフランス映画を観た事がないと判断した。だが、少女はそんな『橘くん』の虚勢には気付かないようだ。テンション高めにフランス映画の感想を語っている。
「橘くんは、どの作品が好きですか?」
「えっ。あ、あの…」
完全にテンパっている『橘くん』が、なんだか見ていられなかった。直登は、別のテーブルに持っていくはずのパンケーキを2人の前に出した。戸惑ったような視線に、ニッコリと営業スマイルを浮かべる。
「新作パンケーキです。先ほど、橘様からご注文いただきまして」
直登はさりげなく『橘くん』にウィンクした。少女の興味はすっかり新作パンケーキに向いていて、フランス映画など忘れてしまったようだ。
(頑張れよ)
アシストはここまでと、直登は自分の業務に戻った。
仕事終わり裏口を出た直登は、直立不動で立つ『橘くん』を見かけた。
「ありがとうござっしたっ」
「へ?」
まるで応援団のような挨拶に、直登は目をパチパチする。
「あのパンケーキがなかったら、完全に嫌われたっす」
「いや、あの、うん。まぁ、良かったな」
あまりの勢いに押され、直登は引きっった笑みを浮かべた。
「オレ、橘丈一郎といいます」
「お、俺は藤村直登」
それが、直登と丈一郎の初めての会話だった。丈一郎は、週に1回店を訪れた。あの少女と共に。そして、直登はなぜか丈一郎が気になって、度々言葉を交わすようになっていた。この日も、休憩時間に丈一郎が通う大学近くの公園で待ち合わせをした。
「真悠子さんは、生まれも育ちもお嬢様で、オレなんかとは釣り合わないってわかってるっす。でも、初めて好きになった人なんで…」
丈一郎は小柄だが、かなりケンカには強いらしい。高校生の頃はヤンキーで、かなりの暴れん坊だったとか。
「大学の図書館で寝てたら、真悠子さんから声をかけてきたんです。それから、なにかと話すようになって…」
「で、お付き合い?」
直登がからかえば、丈一郎が顔を真っ赤にする。
「でも、早く告白した方がいいぞ。真悠子さん、ちょっと鈍そうだから」
「な、なんでそんな事わかるんだよ」
「元ホストの勘」
「へ?」
直登は、『ティータイム』に来る前はホストクラブ『N』で働いていた。容姿も良かったし、口調も柔らかったから人気はそこそこあった。だが、働けば働くほど虚しさだけが募っていった。
「仕事だから、女性客に甘い言葉も言う。王子様みたくもなる。でも、その度に罪悪感が心に溜まってくるんだ」
愛していると囁いた後、別の客には好きだと言う。彼氏みたいな口調で話したり、優しく肩を抱いたりもする。女性客は喜んでくれるが、直登はそんな日々に嫌気が差した。
「そんな時に、『ティータイム』の募集を知ってさ。思いきって転職したんだ。でも、俺には恋愛は難しいみたいだ。彼女の1人もできない」
直登が自嘲気味に笑う。丈一郎が、ひどく真面目な表情で直登を見つめる。
「そうかな。直登なら、きっと素敵な彼女見つかるよ。オレ、応援する」
太陽を背に力強く励ましてくれる丈一郎が、直登には眩しく見えた。
「そっちこそ、頑張れよ」
丈一郎の恋を応援しながら、直登は微かな違和感を感じていた。
(まさか、だよな)
これまで同性には決して抱かなかった感情。それを、丈一郎に対して抱いている。直登は、日に日に増していく丈一郎への気持ちに戸惑っていた。
「直登さん。オレ、真悠子さんに告白するよ」
「そっか。頑張れ」
笑顔で応援しながら、その胸はチリッとしていた。笑顔で話す丈一郎と真悠子の姿が見ていられなくて、直登は視線を外した。と、聞き慣れない声が聞こえる。
「あれ?橘?」
「…田澤?」
田澤と呼ばれたその少年は、丈一郎と面識があるらしい。
「田澤くん。偶然ね」
真悠子がニコニコ笑う。どうやら、田澤は真悠子と同じ大学らしい。親しげに同じテーブルに座り、真悠子と授業について話している。。
「田澤くん。橘くんを知ってるの?」
真悠子の言葉に、丈一郎があからさまに狼狽えた。
「知ってるも何も。うちの高校で一番強いヤンキーだったよ」
「え?」
真悠子の声があからさまに変わった。田澤は、場の空気が読めない男らしい。聞いてもいないのに、ベラベラと丈一郎の武勇伝を語り始めた。やがて、真悠子が椅子を鳴らして立ち上がる。丈一郎が引き止めようと手を伸ばすが、視線で拒絶された。
「ま、真悠子さ…」
「ごめんなさいっ」
真悠子の言葉に、丈一郎が項垂れる。諦めたような表情で…。
閉店を迎えた『ティータイム』。丈一郎は微動だにしなかった。丈一郎が好きなハム玉子サンドを、直登がそっと差し出す。丈一郎は何も言わずに食べ、そして涙を溢した。
「最初から、わかってたんだ」
1人で帰すのが心配で、直登は丈一郎の後ろを歩いた。丈一郎がポツリポツリと呟く。ヤンキーだった自分が、お嬢様育ちの真悠子と合うはずがないと。嫌われて当然だと…。
直登は、丈一郎の震える背中を見つめた。華奢な背中を抱き締めたいと思う気持ちは、間違っているのだろうかと思いながら…。
「バカだよな。オレ」
へへッと笑う顔が、泣いているように見えた。
「失恋から立ち直る方法、教えてやろうか?」
直登の言葉に丈一郎が顔を上げる。その唇にそっとキスをした。あまりの出来事に、丈一郎は声も出ないらしい。
「新しい恋を始める事だよ」
そして、もう一度キス。
丈一郎は『ティータイム』で働く事になり、やがて直登と一緒に暮らすようになった。

「てめぇのせいで遅刻しちまうだろうーがっ」
喚きながら着替える丈一郎に、直登が涼しげな眼差しを向ける。
「丈一郎がかわいく誘うからいけないんだぞ」
バタバタと慌ただしく着替えて、2人揃って『ティータイム』へ向かう。電車に乗り込めば、見覚えがある男女が寄り添っていた。真悠子と田澤だ。何事か囁きながら微笑み合っている。その姿をジッと見つめる丈一郎を、直登が心配そうに見つめた。
「…あの話、本当だな」
「え?」
「失恋から立ち直る方法」
丈一郎が直登を見上げてニッと笑う。満員電車の中、2人は指と指をそっと絡めた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

僕の穴があるから入りましょう!!

ミクリ21
BL
穴があったら入りたいって言葉から始まる。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

フルチン魔王と雄っぱい勇者

ミクリ21
BL
フルチンの魔王と、雄っぱいが素晴らしい勇者の話。

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!

toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」 「すいません……」 ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪ 一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。 作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)

処理中です...