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龍野総合病院の誉様
しおりを挟む「怖い話?そんなのこの病院じゃありえないっしょ」
東の果て、日ノ本国は古来から人々とあやかし…そして神々が共存している。
人とあやかしは互いを尊重し、貴き神々は人とあやかしに敬われ、時には交じりあい長い営みを紡いでいた。
さて、そんな日ノ本には神龍族(じんりゅうぞく)と呼ばれる神々の一族がいる。
あらゆる龍族とそれに連なる存在の頂点に立ち、さらには神々を裁く役割を持つ特殊な神達を神龍族と呼ぶ。
彼らは第一席法帝紅龍閻羅(ほうていこうりゅうえんら)を筆頭に11柱存在しそれぞれの権能と役割を果たしているのだが、今回は医学と海を司る海尚紫龍(かいしょうしりゅう)のお話。
病院とは昔から怖い話がつきものだ。
様々な生と死が関わり合う仕事場でもあるが故か、どうしてもそういうものと縁があってしょうがない。
しかしここ龍野総合病院は別だ。
医学と海を司る神龍族第八席に座する海尚紫龍が病院長であり、病院そのものが彼の神域とされている為あらゆる霊障は起きないと有名なのだ。
病院の最上階は彼の自宅兼神社でもあり、常に祭神がいる状態。
彼に守られているとも言えるこの場所で霊障が起きるなどありえないのだ。なのだが…今夜はどうも話が違うらしい。
病院長である龍野誉(りゅうのほまれ)は定期的に回ってくる夜勤の為、2階にある小児科のナースステーションに入り浸っていた。
入り浸っているのは暇だから。いやいや仕事しろよと言われても、若い時から病院長を任されていた誉は仕事の配分をよくわかっており、こうして看護師達と会話できる時間を作るようにしていた。
誉以外にも夜勤担当医がいるのもあってか、彼は比較的自由に過ごす。
本来はこういうのはありえないのであろうが…まあ、彼は神という事もあって許されている。許すもなにもここの事業主だし、誰もそんな事は思わないであろうが。
誉はよく夜勤の暇な時間に看護師達と話していた。こういうコミュニケーションを取ることで不満を聞いたりしていたのだ。
そんな事をしている時、彼は不可思議な話を聞いた。
「幽霊が出るって?」
「はい…」
「私達だけじゃなくて、子どもたちも見たって大騒ぎするんです」
「幽霊、ねぇ…」
「誉様がいらっしゃるからこんな事ありえなかったのにね…」
その話を聞いた誉は考え込む。
小児科で出るらしい幽霊、詳しく話を聞くと髪の長くて看護師の姿をした女の幽霊らしい。
病院で出るような典型的な幽霊だなと思っていると、一人の看護師が体を震わせながらか細く言った。
「この前、光くんが一瞬行方不明になった時あったじゃないですか…」
「ああ、数時間どこにいたのかわからなくて大人数で探し回った件ね。たしか自分の病室で発見されたんだよな」
「はい、その光くんが言うには…かくれんぼしてたら髪の長い看護師に『ここで遊んんじゃだめ』と注意されたから部屋に戻ろうとしたら皆いなかったって言うんです」
「髪の長い看護師ねぇ…そもそも君たちは基本髪が長いと結んでいるもんな。結んでいると長いかどうかイマイチわかりにくいし、でも光は髪の長い看護師とはっきり言った」
「そうなんです。うちの病院、髪を結ばない人ってショートの人だけなんですよね…業務規定で結ばないといけないし」
そう、龍野総合病院は髪が長いと結ばないといけない決まりなのだ。患者は別だが、働いているメンバーは業務に差し支えが出るという事で結ばさせている。
それなのに光という少年が言ったそんな特徴の看護師は目につくはずだ。なのに、ここにいるメンバーは知らないという。
はっきり言うが誉も記憶にない。従業員全員の名前と顔を覚えるのが彼の特技だ、髪を下ろしているなんて仕事が終わった時しかない。
そもそも誉自体が床につくレベルの長さの髪をしている。色々と支障が出るから一括りしているし、自分の髪色は特に目立つ。
蒼と紫の中間色をしている彼の髪はとにかく目立つ為、光は自分の後ろ姿を見て髪の長い看護師と勘違いしたのか?とも一瞬思ったのだ。
しかし誉は光の担当医でもなければ、ココ暫く接触もしていない。
それに少年は「ここで遊んではいけない」とはっきりと言われているのだ。
「うーん…俺がいる限り霊障なんて起きるはずないんだけどなぁ…俺ってある意味病院に住んでるようなもんだし」
「ここ一ヶ月、この髪の長い看護師の話題が持ちきりで…困った状況です」
「看護師の幽霊って言ったら、うちで自殺しない限り化けて出てくるわけないだろ?自殺なんて起きてないし…」
「地味~にホワイトですからね、うちの病院」
「それ、裏を返せばグレー扱いしてねぇ?」
「いーえ、ホワイトな環境で助かってます」
「従業員にさせられるか、ブラックは俺だけでいいんだよ」
そこからはとりとめない雑談になり、誉は切りをつけて小児科のナースステーションから離れた。
真っ暗になった廊下を歩く。
病室からは子供達の寝息や、夜が怖いせいかぐすぐ泣いている声が聞こえてくる。
誉は泣いている子の病室に入っては安心させるように話しかけていった。
「俺という神様がいるんだぜ、怖いことは起きないぞ」と言えば、半信半疑で見つめてくる子供達。
思いの外髪の長い看護師の話は広まっていたようだ。子ども達はそれに恐怖し、夜も眠れないらしい。
「じゃあ、眠れるおまじないをしてあげよう」と言って、誉は自分の髪の毛を人数分抜いた。
子ども達に渡すと不思議そうな顔をしている。
「それを持っているだけで怖いことから助けてくれるんだぜ、お守り代わりだ」
「なんか髪の毛がお守りとかいやだなぁ…」
「昔から髪の毛ってお守り扱いされてたんだぞ、神様である俺のなら尚更だ。めっちゃくちゃ効力発揮するのは保証する」
それでも不満を漏らす子ども達を寝かせ、誉は廊下に出た。
看護師達も仕事をしているのであろう、パタパタと廊下を走る音が響いている。
霊障ねぇ…と考えながら歩いていた。
本当にありえない話なのだ。確かに人外の存在が出入りすることはある、しかしその人外が彼の神域に入った時気配を察知することができるのだ。
だが最近そのような気配は察知していない。幽霊という霊障もある意味人外の域に入っている為、そんなのがひょっこり現れたらすぐに気付く。
「この俺がそれに気づかない訳ねえだろ…」
ぼそりと呟いた時であった。急に背後に冷たい空気が漂い始めたのだ。
「ここで遊んじゃだめ」
はっきりと聞こえた女の声。それも光が聞いた同じセリフ。
誉はすぐに振り返り、勢いよく手を伸ばした。がしり、と掴んだのは相手の首。
ひゅっと息を吸い込む音が聞こえたが、誉は関係ないと言わんばかりに掴んでいる手に力を込めた。
「てめぇ、誰の許可もらって俺の神域にいるんだ。なにガキどもに恐怖を与えてるんだ?ああ?」
ガラの悪い言葉に神としての圧、怒気を孕んだ気配が相手を怯えさせた。とても善良な神に見えない。
しかし誉はお構いなしに相手を圧倒しはじめた。
首を締める力は弱まらず、ググッと容赦なく締め上げていった。
苦痛の声が聞こえてくるが、自分の神域を侵されたと考えている誉にとって害虫を殺すのと大した違いはなかった。
手にかかる長い髪がうっとおしいと思いながら締め上げていく。爪が肌に食い込み、うっすら皮膚が裂け血が滴る。
どの位経ったのだろうか…瞬間、バキッという音が廊下に響いた。
何かが折れたのだろう、誉は手を離した。女は崩れ去るように消えた。
「…ふんっ今後俺の神域に入ってくんな」
それだけ吐き捨てると誉はその場を去った。
ただ寝息だけが聞こえる廊下の端で、ついさっきまで誉の行動を見ていた看護師達は慄いていた。
「幽霊より、誉様を怒らせたほうが怖いじゃん…!!」
「神様って幽霊の首折れるんだなぁ…」
「ひいいっ怖いよおお」
各々抱いた恐怖は消え去ることもなく、そうして夜は更けていくのであった…。
「それって人の心が生んだ怪異なんじゃないかなぁ」
「あー…それなら、俺でも気付かねえか」
「最初から中で発生されたら気付きにくいもんだもの」
その夜勤から数日後。
頼まれていた書類を持ってきた桔梗は、従伯父(いとこおじ)に当たる誉からその話を聞いていた。
行政書士の資格も取得している桔梗は親戚である誉(実母の従兄)によく仕事を頼まれているのだ。
その為こうした世間話もする事があって、お互い大変だねぇで話が終わる。
「結局負の感情って残りやすいじゃん?それが塵も積もれば山となるみたいな現象で怪異になっちゃうって、ひいおじいちゃまから聞いたことがあるわ」
「どこかでそんな幽霊が出るっていう噂が流れて、実体化したようなもんだな」
「そうそう」
出されたお茶をふうふうしながら飲もうとしている桔梗を見て、誉は納得する。
先程言ったように神域内で発生されたら、さすがに誉でも気付かない。そういう事ができるのはかなり上位である従姉弟の紫苑や縁、そして祖父だけであろう。いや、大伯母もできるだろうがそっちは無視しておく。
人が絡んだ怪異ほどめんどくさいものはない、自然発生したものもめんどくさいが…要は基本怪異はめんどくさいのだ。
「誰のせいってわけでもねえから、責めにくい」
ため息交じりに零せば、仕方がないよと声が帰ってくる。
「ま、誉おじさんが退治しちゃったんだからこれで解決よ」
「おかげで俺が一番怖いって噂されてるけどな」
「事実だし」
「なんだとぉ!?」
それから髪が長い看護師の幽霊は出なくなったというまでもない。
結局怖いのはこういう事を発生させられる人間なんだよな、と誉は思うのであった。
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