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小笠原雅

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ビニール袋 心がない物

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十一、ビニール袋 心がない物

 今日も叔母の貴美子が家に来てくれてる。
 母親を亡くた。村上には兄弟が無く、父親は学生時代に心筋梗塞で亡くしている。照美の家族も時々来てくれるが、来てくれるのは良いが照美の家族も凄く落胆していて、どう接して良いかわからない。そんな中で慰めてくれるのだが、感謝しているが、笑顔一つ返せない。

 子もいない。あれから会社も一度も行けてない。先輩達が仕事を振り分けて穴埋めをして貰っている。
今は投薬をしている、診断書を書いて貰って鬱症状の有給になっている。

 心のよりどころを奪われると、心の隙間に怒りが入っている。それは突然沸いて来る。

 カナシイ、カナシイ、
 カエセ、カエセ、
 カエセないなら、コロス、コロス、
 コロシテも、カエッテコナイ、
 コナイ、コナイ、
 おれも、シヌ、シヌ、
 コワイ、コワイ。

 無限ループ。でもこの頃、自分に自分が殺意を向けている。それが怖かった。

 初めて人に向ける強烈な殺意を出した時、全て洗い流してくれる気がして、快感があった。それが今自分に向いている。

 芸能人がクビを吊ったニュースがある。
 テレビは死を綺麗に取り扱い過ぎだと思う。多くの人の場合自死は逃避の延長でしかない。村上おまえは逃げたくは無いのか?。

 照美が味わったであろう、引き潰されていく感覚に恐怖がある。自分がひしゃげた肉の塊になる過程の、苦しみや痛みが怖かった。
ほんとに怖かった。それが出来るなら、逃げる事が悪い事でも無いのかもしれない。

 貴美子が家に来てくれる。葬儀やその後のことをやってくれていて、その後も面倒を見てくれる。
 貴美子が散歩しろと言う。広い公園に散歩に行って来いと言う。何度も何度も言う。

 親身になってくれてるし、悲しませるのも嫌だ。なんとかしないと思う。

 食剤を入れる厚めのチャック付きのビニール袋に、1万円を入れた物を渡された。

 財布ぐらい持っていると思った時、財布が妻のプレゼントだった事を思い出して、手に持ち泣き続けた何度かの事を思い出した。

 これは、テ、ル、ミ、がカッタ。
 テルミは、イナイ
 カナシイ、カナシイ、
 カエセ、カエセ、
 カエセないなら、コロス、コロス、
 コロシテも、カエッテコナイ、
 コナイ、コナイ、
 おれも、シヌ、シヌ、
 コワイ、コワイ。

 無限ループに何度も落ちた。ただ背中を抱く貴美子がいる。彼女も泣いている。

 初めてビニール袋を持った時、無機質の実用だけの厚みのある袋に何かを感じた。

 必要な物だけで良い。これは安心する。

 でもなんだ?なんで裸のお金が見える袋で安心するんだ。

 価値がない物に俺は同調するのかも。

 照美がいない価値のない人生に俺は悲しんでいる。
 
 そうだ初めっから価値などないんだ。照美は光男に振られて空いた所に俺が入っただけなんだ。俺が思って居ただけだ、照美は未練なんかこの世には無いんだ。
 ああ苦しい!
 照美が居なくて苦しい!
 今までの2人の暮らしなんか価値など無い、あははだけど今俺はこんなに苦しんでいる。
 あはは、俺は狂ってる。
 悲しんでる、価値など無い人生に苦しんでる。そうだ俺は病んでるんだ。
 心が無くなった気がする。
 あはは、俺は病んでいる。

 これは自分が病んでしまっていると、気が付くきっかけになった。

「今日は用事があって食事作らないから、何処かで食べて来てね。」
と貴美子が言う。

 返事は心の中でして、無表情で外に出た。

 貴美子の顔が少し笑顔になっている。
そうかこれで良いんだ。

 この日は天気が良く、道脇の空き地に、秋のコスモスが雑草の様に咲いていた。空は気持ちよく晴れて空高くホントなら両手を伸ばして歩く、そんな気持ちになるんだろうなぁ、と村上は思った。
 その公園には歩いて15分位、JRを線路沿いに西に歩いて、踏切を渡ったところにある。

 公園の入り口の丸い車止めを避けながら中に入っていくと、左手にテニスコート、右に駐車場、まっすぐ行けばその奥に野球場がある。その野球場の奥に、テラスのような作りのベンチが多い所がある。

 そこには浮浪者が、ポツポツと並ぶベンチを、1人一つ所有してるように座っている。
 ぼーっと空を見上げたり、何度も読み返したような古ぼけた本を読んだり。思い思いに時間をつぶしている。そんな場所だった。

 村上はここが好きだ。

 はっきりと、世の中を恨む雰囲気がここにはある。なんでどうして俺がと、あの時もしあーだったら、こうだったらと、思い浮かべてはわからないようにため息をつき、遠くを見てる。

 時々話しかけられたりする。

 初めての時はコンビニで、ビールを買って飲もうかと思ったのだが、なかなかその気にならない。缶を開けたが飲みもせず、そのままベンチに置いていた。その時だ。
「それ捨ててきてあげようか、ずいぶん長く、さっきから置いたままじゃないか、俺が捨てて来てやるよ」

 思わず声をかけられて、驚いてそのままその男に差し出した。受け取った男は何も言わず、受け取りそのまますーっと、どこかに消えていった。

 村上は嬉しく思った。存在を認めて貰ったみたいな気がした。
 それに味をしめてか、村上はビールを2本買った。1本は自分で飲み、1本その袋に入れて誰かが話しかけてくるのを待っていた。思惑通り浮浪者が来て「ゴミ」を捨ててくれた。

 それがきっかけだったろう。
 浮浪者たちは村上が座っているベンチの横に、同じようにそっぽ向いて座って。村上のことを一切聞かず長い長い身の上話を始めた。村上はただうなずいて、うんうん、うんうんと声を出して聞くだけ。誰も村上の病んでることや、妻の事や、母親の事、加害者の事や、会社の事を聞いて来ない。

 ある男は43億円の搾取に会い、挽回しようと投機を始めたら、あっという間に家や土地などの資産を蒸発させてしまった。と長い長い話を、事細かに話してくれた。
 だが次の日違う男が横に座って、あの男の言う事は全て嘘だ。でもあいつは昔、小さな印刷会社の社長だったんだよ。と教えてくれた。残念な事に本当に資産を失った男はもうこの世に居ない。
 ここはいい。自分の才能のなさや世間の仕組みの悪さを、みんな恨んでいる。みんな自分のことを棚に上げて、人が悪いんだ、あーだこうだと、それだけにしがみついて生きている。でもそれこそが人間なんだなぁと、村上は思う。
 村上も自分の事を少しづつ話す様になって、聞いて貰う様になった。

 1人の浮浪者が話しだした。
「あんた。仙人さんて知ってるかい」
「昔学者さんだったみたいで、いろいろなこと知ってる人」
「占いもするし神がかりなことも知ってるらしいよ」
「まぁ信じるかどうかは別だけど」
「あんた、まだまともだし、まだなんとかなるんじゃない?」
「話し聞いて貰いなよ」
 村上は聞いてみた。
「どうしたらその人と会えるんですか」

 その浮浪者は、頭をかきながら、
「あーここら辺のベンチで仙人さんの好きなかっぱえびせんを食べてれば来るんじゃないかな」

「仙人さん寄ってくるよ」
「ただ仙人さんが相談に乗るかどうかは、
仙人さん次第だからね」
「まぁ2 、3日位の覚悟で、かっぱえびせんの袋を大きく広げて待ってればいいんじゃないのかなぁ」

 浮浪者は村上からビールをかっぱらうようにとって、目の前で飲み干した。そして笑って、
「その時には、俺にもビール頼むよ」

 歯の抜けた男のウインクは気持ち悪い。









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