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第65話 新任の挨拶

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「圭……、色々とありがとう」

いよいよ故郷へ帰るという日、東京駅のホームまで愛莉が見送りに来てくれていた。
腕には2歳になった女の子を抱いている。

「愛心《あいこ》~、圭ちゃんに『バイバイ』して~」

「バイバイ、けいちゃ、バイバイ」と女の子が小さな手をふる。

愛莉は二年前に女の子を出産。名前を愛心と名付けた。
僕の後を引き継いだカテマッチの運営の仕事を続け、シングルマザーとして仕事に子育てに奮闘していた。

そして、来月からは大学に復学することになっている。

「圭のおかげだわ。来月から大学に戻れるし、仕事も順調」

「いや、僕は大したことをしたとは思ってないよ」

「あ、そうそう。綾乃さんがね、最近婚活を始めたわよ」

綾乃には一昨日、お別れの挨拶は済ませていた。そして最後の夜を過ごしたのだが、婚活の事は言っていなかった。
以前、結婚して夫婦になって、子供を作って育てて……そんな生き方には興味ないと言っていたが、どういう風の吹きまわしなのだろうと思った。

「どういう風の吹きまわしだろう? でも、綾乃さんに釣り合う男性って、かなり絞られそうだね」

「そうね、わたしも綾乃さんが主婦をしてる姿が想像できない」

愛莉の言う通りだと二人で笑ったが、綾乃には幸せになって欲しいと心から思った。
彼女とは誰よりも多くの夜を一緒に過ごしている。


「圭なら、きっと良い先生になれると思うけど、変に優しすぎるから中学生に舐められないようにね。特にJCに 笑」

JCなら、陽菜という最強のJCを相手にしてきたという自負もある。そこは心配ないと思いたい。

「あはは、大丈夫だよ、こう見えても僕はやるときはやる。出来る男なんだ」

「うん、そうだね。圭って変なところで熱いし、でも優しくって、人のために一生懸命になれて、やっぱり教師に向いていると思う」

「ありがとう。そう言ってもらえると勇気が湧いてくるよ」

「圭……、ゴメンね。三年前、圭の気持ちに応えられなくて」

「ううん、僕たちはまだ幼かったんだよ、きっと。愛莉の選択は間違ってなかったと思う」

「ありがとう。
愛心~、ちょっとここに座っててね」

そう言うと、愛莉は愛心をベビーカーに乗せる。

「圭……」

両手が自由になった愛莉は、僕に身体を寄せてきた。周りには他の乗客もいたが、構わずに僕は愛莉を抱きしめた。

「たまに、東京へも遊びに行くよ」

「うん、待ってる。元気でね」

「愛莉も、元気でね」


僕たちは、三年ぶりにキスを交わした。




やがて、新幹線の発車を促すアナウンスが流れ出し、乗客が次々と車内へと入っていく。

僕も愛莉にもう一度キスをすると、車内へ入り、座席から愛莉に手を振る。
愛莉はまた愛心を抱き、愛心も手を振っていた。

ベルがけたたましく鳴ると、少しずつ愛莉たちが後方へと追いやられ、あっという間に僕の視界から消えていった。

高層ビルが流れていく……。

四年間、出会った人……。

別れた人……。


僕に関わった人たちの顔が浮かんで、思わず涙がこぼれそうになった。


(さようなら、東京……)





~・~・~





新年度の始業式。

僕は中学一年まで在籍していた母校の講堂に教員として参列していた。
今日が実質、教師としてのスタートの一日だ。

講堂に並ぶ生徒たちの列を見ながら、中学生の時は僕もあの列の中にいたというのにと感慨にふけっていた。

始業式は粛々と進み、校長先生の長い長い話の後、新たに赴任してきた先生たちが紹介された。

他所の学校から転校してきた先生、新任の先生。次々と名前が呼ばれ、立ち上がると一礼をしていった。

そして、そのうちの二人、大学を卒業したばかりの新任の教師二人が壇上で挨拶する事になった。
勿論、そのうちの一人は僕だ。

司会の先生に促され、僕ともう一人の新任教師が壇上に上がると、一斉に歓声が起きた。


もちろん、僕に対する歓声でないのは確かだ。


特に、男子生徒からは歓声というよりため息に近いものが感じ取られた。
女子生徒からも黄色い声が漏れる。



(まあ、こうなるよな……)

僕だって、もしこの場に中学生として参列していたら、同じ反応を示していただろう。
なんたって、こんな田舎の中学に美人女教師、それも超絶美人が赴任してきたのだから。


(それにしても、陽菜の奴……、知ってたな、こうなる事を)

陽菜のニヤニヤした顔が浮かんだ。ちょっと癪《しゃく》だ。


ただでさえ影が薄いのに、太陽のように眩しいもう一人の新任教師と壇上で次の指示を待っていると、司会の先生が切り出した。


「それでは、新卒の先生にご挨拶していただきましょう」

既に事前の打ち合わせで挨拶の順番は決まっていたから、僕の隣の新任教師が一歩前へ出た。


「ではまず、女性の先生から……」それに合わせて司会の先生が紹介する。

女教師に注目が集まり、再び会場がざわつく。



司会の先生が声をかけながら、マイクを彼女に渡した。



「雪村小梢先生、お願いします」




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