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第59話 帰省
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夏休みに入り、僕は東京に出てから初めて、故郷へと帰っていた。
久しぶりに両親に元気な姿を見せたかったのもあるが、それとは別に、どうしてもやっておきたかったことがあったのだ。
僕は、電車とバスを乗り継ぎ松江へと来ていた。
僕が中学一年までいた街だ。
駅から少し離れた小さなカフェで、僕は人と待ち合わせをしている。
相手は、地元の新聞社の記者だ。
僕が松江へ来た理由は、土門華子の両親に会うためだった。そのため、出版社への就職が決まっていた岸本の伝手を借りて、地元の新聞社とコンタクトをとったのだ。
今日、土門華子の事件を取材した記者と会う事になっている。
土門華子の両親とコンタクトをとってもらいたいだけだったのだが、記者がどうしても僕と会って話がしたいというので、こうやって待ち合わせしている。
約束の時間通り相手は現れた。が、一人ではなく女性連れだった。
土門華子の母親か? とも思ったが、年齢は30歳くらいに見えるから、違うだろう。
「待てせてしまって申し訳ありません。初めまして、鳥島日報の高取宗助《たかとりそうすけ》です」
「こんにちは、僕は森岡圭です。はじめまして、わざわざお時間をとっていただき、ありがとうございます」
「あ、こっちは私の家内で美紗《みさ》です」
「高取美沙です。すみません、私まで付いてきてしまって」
「あ、いえ、よろしくお願いします」
「さ、森岡君、座ってください」
高取に促され、僕たちは一先ず席に着く。
「びっくりしたよ、本当に雪村さんは君に会えたんだね」
「え?」
突然、小梢の名前が出て僕は反応してしまう。
「こ……、雪村さんの事をご存知なんですか?」
僕の問いかけに、高取の妻、美沙が答える。
「私の旧姓は山根、松井第三中学で、土門さんの事件の時に担任をしていました」
僕は、驚きの表情を隠すことができなかった。彼女が土門華子の担任だという事は、おそらく小梢に遺書と日記を渡したのは、美沙なのだろう、だから小梢の事も僕の事も知っているのだと思った。
「それじゃ、雪村さんに日記を渡したのも奥さん、いや先生なんですね」
美紗はゆっくりと首を縦に振ると、直ぐに、今度は横に振った。
「教師は、あの事件の後に辞めたんです。だから、もう先生ではありません」
土門華子の虐めによる自殺、その後に続いた小梢の自殺未遂、その責任の重さに心労が重なり、美紗は適応障害に陥り教師は辞めたのだと言う。
「酷い事件だったよ……」高取は重々しく口を開いた。
土門華子を襲った少年たちだが、主犯格の高校生は少年院へ送られたが、他の中学生だった男子は保護観察処分。14歳未満の少年に至っては児童相談所へ送られたらしい。
殺人などの罪に比べて罪状そのものは軽く、直ぐに何事もなかったかのように社会復帰したが、土門家への謝罪も有耶無耶だったという事だ。
当時、まだ若手だった高取は土門華子の事件を担当、取材の過程で担任だった美紗と知り合い、その後結婚したのだという。
「私は、あの時、教師になって三年目で経験も少なく、土門さんの虐めに対しても有効な手段を取れないでいました」
そう語る美紗の顔面は蒼白だった。
「もっと、私がしっかりしていれば、事件は起こらなかっかもしれないし、雪村さんも、あんなに苦しまなくて良かったんです」
美紗は、ブルブルと震えだし、呼吸が苦しそうだった。
「美紗、もう良いよ、後は俺が話すから。
すまないね、森岡君、見苦しい所を見せてしまって」
「い、いえ」
「妻はね、未だに、あの時の事を思い出すと過呼吸になって不安定になるんだ」
きっと、美沙のなかで、あの事件は終わっていないのだろう。小梢がそうであったように、決して忘れる事の出来ないものなのだ。
「妻は当時、教育委員会からも保護者からも、そしてネット上でも酷いバッシングを受けてね。そこへ、雪村さんの自殺未遂だ。もう限界だったんだよ」
「土門さんの遺書と日記は、土門さんのお母さんから一任されていました」
美紗が、少し落ち着きを取り戻したのか、小梢に遺書と日記を渡した経緯を話出した。
「私にできる最後の事は、雪村さんに生きる希望を、目標を持ってもらう事でした」
小梢が語った、病室での事を思い出す。
「正直、あの遺書を渡してよいものか悩みました、でも、雪村さんが何かを感じ取ってくれて、それで生きる目標を持ってくれればと……
ダメな教師ですよね、ボールを雪村さんに預けて、私は逃げ出したんです」
そこまで語ると、美沙の頬を涙がつたった。
「美紗……」高取が美紗の手を握る。
「雪村さんの事は、妻から聞いていてね 森岡君に会うために大変な努力をしたみたいだ」
すうっと、意識が離れていく。
小梢の寂しげな瞳、頑固な表情……。
小梢は今、どうしているのだろうか?
久しぶりに両親に元気な姿を見せたかったのもあるが、それとは別に、どうしてもやっておきたかったことがあったのだ。
僕は、電車とバスを乗り継ぎ松江へと来ていた。
僕が中学一年までいた街だ。
駅から少し離れた小さなカフェで、僕は人と待ち合わせをしている。
相手は、地元の新聞社の記者だ。
僕が松江へ来た理由は、土門華子の両親に会うためだった。そのため、出版社への就職が決まっていた岸本の伝手を借りて、地元の新聞社とコンタクトをとったのだ。
今日、土門華子の事件を取材した記者と会う事になっている。
土門華子の両親とコンタクトをとってもらいたいだけだったのだが、記者がどうしても僕と会って話がしたいというので、こうやって待ち合わせしている。
約束の時間通り相手は現れた。が、一人ではなく女性連れだった。
土門華子の母親か? とも思ったが、年齢は30歳くらいに見えるから、違うだろう。
「待てせてしまって申し訳ありません。初めまして、鳥島日報の高取宗助《たかとりそうすけ》です」
「こんにちは、僕は森岡圭です。はじめまして、わざわざお時間をとっていただき、ありがとうございます」
「あ、こっちは私の家内で美紗《みさ》です」
「高取美沙です。すみません、私まで付いてきてしまって」
「あ、いえ、よろしくお願いします」
「さ、森岡君、座ってください」
高取に促され、僕たちは一先ず席に着く。
「びっくりしたよ、本当に雪村さんは君に会えたんだね」
「え?」
突然、小梢の名前が出て僕は反応してしまう。
「こ……、雪村さんの事をご存知なんですか?」
僕の問いかけに、高取の妻、美沙が答える。
「私の旧姓は山根、松井第三中学で、土門さんの事件の時に担任をしていました」
僕は、驚きの表情を隠すことができなかった。彼女が土門華子の担任だという事は、おそらく小梢に遺書と日記を渡したのは、美沙なのだろう、だから小梢の事も僕の事も知っているのだと思った。
「それじゃ、雪村さんに日記を渡したのも奥さん、いや先生なんですね」
美紗はゆっくりと首を縦に振ると、直ぐに、今度は横に振った。
「教師は、あの事件の後に辞めたんです。だから、もう先生ではありません」
土門華子の虐めによる自殺、その後に続いた小梢の自殺未遂、その責任の重さに心労が重なり、美紗は適応障害に陥り教師は辞めたのだと言う。
「酷い事件だったよ……」高取は重々しく口を開いた。
土門華子を襲った少年たちだが、主犯格の高校生は少年院へ送られたが、他の中学生だった男子は保護観察処分。14歳未満の少年に至っては児童相談所へ送られたらしい。
殺人などの罪に比べて罪状そのものは軽く、直ぐに何事もなかったかのように社会復帰したが、土門家への謝罪も有耶無耶だったという事だ。
当時、まだ若手だった高取は土門華子の事件を担当、取材の過程で担任だった美紗と知り合い、その後結婚したのだという。
「私は、あの時、教師になって三年目で経験も少なく、土門さんの虐めに対しても有効な手段を取れないでいました」
そう語る美紗の顔面は蒼白だった。
「もっと、私がしっかりしていれば、事件は起こらなかっかもしれないし、雪村さんも、あんなに苦しまなくて良かったんです」
美紗は、ブルブルと震えだし、呼吸が苦しそうだった。
「美紗、もう良いよ、後は俺が話すから。
すまないね、森岡君、見苦しい所を見せてしまって」
「い、いえ」
「妻はね、未だに、あの時の事を思い出すと過呼吸になって不安定になるんだ」
きっと、美沙のなかで、あの事件は終わっていないのだろう。小梢がそうであったように、決して忘れる事の出来ないものなのだ。
「妻は当時、教育委員会からも保護者からも、そしてネット上でも酷いバッシングを受けてね。そこへ、雪村さんの自殺未遂だ。もう限界だったんだよ」
「土門さんの遺書と日記は、土門さんのお母さんから一任されていました」
美紗が、少し落ち着きを取り戻したのか、小梢に遺書と日記を渡した経緯を話出した。
「私にできる最後の事は、雪村さんに生きる希望を、目標を持ってもらう事でした」
小梢が語った、病室での事を思い出す。
「正直、あの遺書を渡してよいものか悩みました、でも、雪村さんが何かを感じ取ってくれて、それで生きる目標を持ってくれればと……
ダメな教師ですよね、ボールを雪村さんに預けて、私は逃げ出したんです」
そこまで語ると、美沙の頬を涙がつたった。
「美紗……」高取が美紗の手を握る。
「雪村さんの事は、妻から聞いていてね 森岡君に会うために大変な努力をしたみたいだ」
すうっと、意識が離れていく。
小梢の寂しげな瞳、頑固な表情……。
小梢は今、どうしているのだろうか?
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