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第45話 アラサーの処女

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綾乃との約束の日。

僕は、陽菜の家庭教師が終わると、真っすぐに新宿を目指した。
綾乃とは、新宿の西口で待ち合わせをしていた。

時間通り、待ち合わせ場所に現れた綾乃を見て、僕は驚く。

いつもカチっとした恰好をしているのに、その日は、フワッとしたお嬢様風の大学生みたいな恰好をして現れたからだ。


「お待たせ」といった綾乃を、僕はポカンと口をあけて見とれる。

「や、やっぱり変かな? それに、いつもタイトなスカートを履いているから、フワフワして落ち着かない」

スカートを広げて腰を左右に振りながら、綾乃は身体をひねる。

「あ、いえ、いつもと雰囲気が違うな、て思いましたが、凄く似合っていると思います」

「ありがとう」

そう言うと、綾乃は少しはにかんで見せた。

「お店、予約しています。行きましょうか」
「エスコート、頼むわね」

そう言って、綾乃は、僕の腕に手を絡めてくるのだが、ぎこちなさが伝わってくる。明らかに陽菜よりも慣れていない風だった。

「う、腕を組んで歩くって、結構むずかしいのね」

上手く歩調を合わせられず、綾乃の身体が必要以上に揺れているのが分かる。それに、その度に綾乃の大きな胸が腕を刺激する。

最近では平常心をコントロールできるようになり、少しの事では動揺しなくなったのに、それでも下半身が反応してしまいそうだった。

お店は、新宿の西口にある高層ビルの焼肉店を予約しておいた。

窓から夜景が望める、デートには打ってつけのお店だ。もちろん、岸本に教えてもらったのであって、自分で見つけた訳ではない。


「へ~、森岡君。良いお店を見つけたね」

綾乃は少女のように甘えた仕草をする。


席に通され、係の人が注文を取りに来ると、綾乃は「彼にお任せしてますから」と、全て僕に対応させようとする。

僕は、特上の焼肉セットとビールを注文した。今日は、最初から僕も付き合うつもりだった。

「ウフフ、合格よ森岡君。焼肉だし、最初はビールね」

「そういえば、宮下さん。今日は髪形もいつもと違いますね」

綾乃はいつも、ウエーブをかけてフワリとした髪型なのに、今日はストレート系の落ち着いた感じ、お嬢様風に仕上げている。

「アラサーには若作りだったかな 笑」

(アラサー……て、宮下さん、何歳なんだろ?)

僕が考えを巡らせていると、察したのか、綾乃の方から話を振ってくる。

「ねえ、圭君。私の歳、気にならない?」

「え……と、少し」

「今年、27になるの。圭君とは八つも年上」

この場合、なんと応答するのが最適なのだろう? 判断に困ってしまう。

「なのに、今日も凄く楽しみで、朝からワクワクして、服も何を着ていこうか、髪型はどうしよう? とか浮かれて、馬鹿みたい」

「それは、僕も同じです。宮下さんとデートだなんて、僕にとっては夢みたいな出来事が実現するんですから。僕もずっと、ワクワクしてました」

「ホントに?」

「はい」

「嬉しい。ねえ、この間、川本さんが言ってたことなんだけど……、ホント?」

愛莉が言っていたこと……、僕が綾乃の事を『好き』と言うこと、そのことを綾乃は聞いているのだろう。

「僕が、宮下さんの事を『好き』と言う事ですか?」

不安げな表情で綾乃は、僕を見つめる。

「『好き』とはちょっと表現が違います」

僕の答えに、綾乃は何か言いかけるが、構わずに僕は続ける。

「『好き』というより、『憧れ』みたいなものです」


「そ……うよね、私じゃ恋愛対象にならないわよね……、でも、じゃあ、どうしてキスしたの?」


「そ、それは……」

綾乃がキスをしたがっていたからなんて、言えない。

「なんとなく、あの場の雰囲気で……」
「私が、物欲しそうに見えた?」

いつになく、綾乃は卑屈だった。そして今、綾乃は何を望んでいるのか、僕には分かっていた。


「そんな言い方、やめてください」

「私、中学から女子校で、大学に入ってすぐに事業を始めて、これまで真っすぐに走ってきたの」

綾乃からは、いつもの凛とした緊張感がなくなり、柔らかい少女の表情になっていた。

「恋愛も必要ないって思っていた。そもそも私って、そんな柄じゃない。
男の人にデートに誘われたのも……、信じられないでしょうね、森岡君が初めて。
私って、自分で言うのも可笑しいけど、初心なのよ」

女の人の、泣き入りしそうな表情に、どうしてこうも胸を締め付けられるのだろうか?

「それなのに、キスなんかして」

そこまで言うと、綾乃は眉をひそめた。


「ちゃんと、責任とってね」




~・~・~




お店を出て、僕たちはタクシーで綾乃の部屋へと向かった。
綾乃の言った『責任をとって』の意味は、最後までして欲しいという意味だった。
タクシーの中で、僕の手を握る綾乃の手のひらは、汗で濡れていた。


綾乃の住むマンションは都心の一人暮らし用のワンルームマンションで、部屋の中もシンプルそのものだった。

事務所がそのまま寝室になったような感じだ。


「宮下さんらしい、部屋ですね」
「やだ、女性らしさがないって言ってるの?」
「いや、シンプルだな、と思って」

とても億単位の年商を稼いでいる事業家の部屋ではないと思った。


「ここへは、眠るために帰ってくるようなものだから」

綾乃は、僕に抱きついてくると身体を押し付けてきた。
もう、無駄な言葉は要らない、と言っているみたいに。

「ねえ、キスして」

その言葉を合図に、僕たちは、もつれるようにベッドへと倒れこんだ。




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