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ちかすぎて①
しおりを挟む「もう、朝か……」
いつもより眩しく感じて目を眇めながら、咲良は寝起きのかすれた声でぽそっとつぶやいた。
妙にちかちかとする目をこすり、ベッドから下りる。
「もしかして!?」
シャッとカーテンを引くと、目の前に白い世界が広がっていた。いつもよりも部屋が明るく感じるのは、雪が降り積もっているからのようだ。
昨夜、しくしく泣いた咲良の目には眩しすぎる。
目が覚めたら真っ白な世界。まるでの今の頭と一緒だ。
「ああ、目に染みる」
この白さは目に痛い。
せめて雨だったらこの重い気分も流してくれたかもしれないのに、なんて感傷的になる。
――なによ、雪って。傷心でしんどくて嫉妬も混じったこの気持ちには痛いよ。
全てを反射するほどの白さ。その輝きを見ているのはしんどすぎた。
「はぁぁ」
知らず知らずに溜め息が漏れる。
昨日、咲良は失恋した。幼馴染の賢二に彼女ができたと知ったからだ。
本人から聞いたわけではない。彼女と名乗る女性がわざわざやってきたのだ。
『賢二くん、私と付き合うから。幼馴染だからって今までみたいにべったりしないでね』
ときたもんだ。
小さな頃ならまだしも、年頃になってからべったりしたことはないのに牽制されてしまった。
現実味もなく間抜けにもぽかんと口を開けたまま何も言い返さない咲良に、ふんと一瞥し彼女は去っていった。
「あれもなかなか衝撃的だったな……」
一晩経っても鮮明に浮かぶ光景。そのあと、賢二とその彼女が二人で歩いているのを見て、ああ、失恋したんだと実感した。
それから気づけばもう家に帰ってきていて、夜、ふと向かいの賢二の部屋に電気がついているのを見て泣けてきた。
「賢二に彼女ができたらこの関係も変わるんだよね」
牽制されるまでもなく、賢二が好きだからこそ彼と恋人が二人でいる姿なんて見たくもない。
こっちから距離あけるってば! と、ささくれた気持ちで思う。
でも、あの後あいつは普通にメールをしてきた。
『咲良、なんで先に帰るんだ』
それは彼女を作ったあんたのせいだし! 気を遣ったのになんで文句言われないといけないのか。
というのは建前で、あんな精神状態で賢二に会うのが怖かった。
そもそも何事も動じないと言われ落ち着きすぎる賢二は、こちらが十こ仕掛けたことに対して、やっと一つ返してくるような人だ。
そのくせ、咲良がしんどかったりするとすぐ気づく。咲良自身が気づいていないことでも、賢二はそういうときには聡く行動力を発揮する。
今まではそれが特別な気がして嬉しかった。
だけど、そんなことで喜んではもう駄目なのだ。少なくとも、咲良が賢二に恋心を抱いている間は……。
賢二の特別が別にできてしまったことがショックだった。
何より、自分が何もしないままそうなってしまったことに後悔が止まらない。後悔しかない。
そばにいたから、言わなくてもわかりあえる。それがすごく楽でものすごく安心感があった。
だけど、今となってはそれが返って仇となる。
そのあと、そっけない文面のメールがいくつかきたが、既読もつけずに画面を見るだけで放っておいた。
顔を合わせるのが嫌だとはぁぁぁっと溜め息をつき、もう一度ベッドに潜ろうかとちらりと背後に視線をやる。やる気がでないし、今日はとことんだらだらしたい。
傷心なのだ。自分を甘やかす日があってもいいだろう。登校日ではないし、用事もない。
うん。引きこもろう。
だが、それは許さないとばかりに聞きなれない音が咲良をかき乱す。
ボスッ、べチャッ
「????」
音のするほうに視線をやると、窓に雪の塊がぶつかりずるずるっと落ちていった。
「えっ? 何?」
ボスッ、べチャッ。ボスッ、べチャッと窓が徐々に白く埋まっていく。
何度か繰り返されるそれにしばらく呆然と眺めていたが、確実に窓に残る雪に腹が立ってくる。
こんなことをする、しかもコントロールがいいのはあいつしかいない。
「賢二、窓汚れるっ!」
ガラッと窓を開けたのをあいつは気づいたはずだ。なのに、そのまま咲良の顔にヒットさせるように雪玉を投げてきた。
「賢二っ!」
咲良が雪を払いながら怒ると、首にマフラーをぐるぐる巻きにした賢二はむぅっと下から睨み上げてきた。
「何で返さないんだよ」
「……何を?」
「メール」
まあ、要件はそうだろうと思ったけれど、放っといてくれという気持ちが強くて咲良は拳を握る。
わかってる。賢二は何も悪くない。勝手に先に帰り連絡もしない咲良に怒りながらも心配してくれているのだ。
ふぅっと息を吐き出し気持ちを整える。
「……ああ、ごめん。昨日は疲れてたから。また後で見て連絡する」
「いい。今から咲良の部屋に行く」
「それはダメでしょう」
「何で?」
「いや、女子の部屋です」
それにあんたは彼女ができたばかり。
「咲良の部屋だろ」
「だから女子だってば」
「意味わかんねえ。とりあえず行くから待ってろ」
「だから、来ないでって」
そう言っているのに、賢二は無視して白い雪に足跡をつけながらこっちにやってきた。
そして、インターホンの音がしてそれに対応した母とやり取りをしているのが聞こえてくる。
「咲良まだ部屋だから。勝手に上がって~」
「お邪魔します」
母が何も疑問を持たずに賢二を通す。こんなところにも幼馴染の弊害が表れる。
「来るなって言ったのにぃぃ」
慌ててベッドに潜り込み、文句を言う。
今から着替える時間もないから、パジャマ姿や、泣きはらして腫れぼったい目を少しでも隠そうと思ってだ。
来てほしくないけれど、あいつは必ず来る。決めたらそう簡単に考えを変えないやつなのだ。
ノックもなくカチャリと部屋のドアが開く。
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