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後日談
久しぶりにのんびりと
しおりを挟むアンドリューが腹黒い笑みを浮かべ、私がいるベッドに上がった。
身体を洗ったあとの乾かしきらないプラチナブロンドの髪からぽたりとしずくが落ちる。
「アンディ。なんか黒いです。あと、ちゃんと髪を拭いてください」
これは誰かがやらかしたのだろう。腹の立ちすぎて鎮めようとすればするほど、アンドリュー は爽やかすぎる笑みを浮かべる。
引きずって帰ってくること自体珍しいけれど、以前指摘したときに心を許して気が緩んでしまうと悔しそうに言っていた。
ならば、私はそういうのも特に事を大きくすることなく日常として接しようと決めた。私としてはそういう姿を見せてもらえるのは嬉しい。
私は見ていた資料から目を離すと、アンドリューの肩にかかったタオルで彼の髪を拭いた。
「ああ。ちょっとな。それよりもティアは何をしていたんだ?」
拭き終わると私の額にキスを落としながら、アンドリューが見ていた資料を覗き込んでくる。
私の手元には地図とその土地の名産が書かれたものがある。
「明後日は久しぶりに公務がないじゃないですか。アンディとどこかでゆっくりできないかなって。何かしたいことはありますか?」
「したいこと? あまり考えたことがないな」
「アンディは結構仕事人間ですよね」
己に課されたことは手を抜くことはしない。
楽しいことに積極的に関わっていくからそれで気晴らしはできているのだろうけれど、たまにはゆっくりとしてほしい。
「そうか? 嫌なことはしないが」
「必要なことは嫌なこととカウントしていないところは尊敬します」
にやっと悪ぶるアンドリューの姿にくすりと笑う。
アンドリューとともに過ごすようになってアンドリューがどれだけ国のことを考えているのか、そのために尽力し動いているのかを知った。
王子の仮面を常につけ気の抜けるところがなく、ただの一人の男として自然体でいられるのは、息をつけるのは私のそばだけだと言うアンドリュー。
立場的に仕方がないが、だらんとした姿は浮かばないので一度だらんとさせてみたい。そのようにここずっと思っていて、ならば企画してみようと何か案が浮かばないかと資料を見ていたのだ。
あまり遠くは行けないので近場でいつもと違ったことをと思って資料を用意してもらったのだけど、どこも楽しそうで想像しているだけでわくわくする。
あれこれ妄想してから気づく。これは私が楽しいことで実際にアンドリューが楽しいかリラックスできるかは別だと思い直し、資料と睨めっこしていた。
「それはありがたいことだな。ティアに認められると気分は一気に上がる。それでティアは俺とどこに行きたいと思ったんだ?」
私を抱くように背後に回り資料を覗き込むアンドリューに背を預けながら、私はいくつか候補を指した。
「やっぱり人が少ない場所が一番かなと思って。ここと、こことここでアンディが行きたいところありますか?」
「見事に水場ばかりだな」
「あっ、バレた?」
提案した場所は川、湖、少し遠いが海である。
北部にはもちろん川はあるけれど険しい山が多いので、南部の水場でのんびりってちょっと憧れていたのだ。
避暑地という感じだし、そこならアンドリューもゆっくりできるかなと考えた。
「ああ。大方、北部と南部の水質の違いが気になるとか思ってるんだろ? ティアも俺のこと言えないけどな」
「アンディとゆっくりしたいのが前提ですよ。でも、せっかくなら調べてみてもいいなって。なんか今回の話をしたら隊長たちもついて来る気満々だったし。隊長たちいるならわかることも増えるしなと」
「ふっ。まあ、いいんじゃないか。たまにはゆっくり好きなことを追求しても。どうせ北部の魔物のことがある以上すべてを忘れることなんてできないしな」
私たちが出かけるとなればそれなりに人が動くので無理はできない。
それを踏まえた上で資料の提供をしてもらったので大丈夫だとは思うけれど私では配慮が足りないこともあるし、ついでを考えていることを許してもらえると後押ししてもらえたようで嬉しい。
「結局、私の行きたいところになってしまうけど?」
「俺はティアがいればなんでも楽しいからいいな。確かに場所が変わると気分も変わるし明後日が楽しみだ」
「良かった」
ほっと息をつくと、顎を持ち上げられて唇を奪われる。
「……んっ」
唇を離し、優しく頭を撫でられ長い指でくるりと髪を絡められる。
「ティアがいるだけで俺はどんなことでもできる気がする。あと、今は物理的にも満たしてくれたら最高だ」
「……拒否権は?」
「あるわけないだろう。それにティアは嫌がっていないしな」
「もうっ」
くるくると髪に絡めていた指がするすると誘うように頬を撫でる。
私は誘われるようにアンドリューと対面するように身体の向きを変えると、彼の首に腕を回し近づいてくる顔に誘われるまま目を閉じた。
◇
「ひぃぃぃぃ。おっき、大きすぎます」
「ぶっ。あははははっ」
それから二日後、湖面でのんびり小舟をこいでいたのだけど物足りないということになって、隊長たちも一緒にみんなで釣りをすることになった。
初めての釣りだったので運良く釣れたらなくらいだったのに、なぜか私の釣り竿に巨大魚がかかった。
おかしくない? ちょっと雰囲気を楽しむつもりだったので、釣り竿も小さな魚用の簡易的なものだし。
餌に対して大きさが合っていない。
しかも丸く黒々とした目がこちらをじっと見つめてくる。
それにしてもやっぱり大きいな。頭が出ているだけだからわからないけれど、ぞうくらいの大きさがあるかもしれない。ここの湖の主とか言わないよね? 百年以上生きていると言われても不思議ではないくらいの大きさだ。
目玉も大きくて、ぎょろりとした目が確実に私をロックオンしている恐怖に身体が竦む。
「アンディ。これ笑いごとじゃいですよ。そこのお魚さん、じっと見ないで。釣るつもりはなかったので許してほしいのですが」
「あははははっ。そうだな。釣るつもりはなかったもんな。この大きさだと釣り糸に引っ張られてとか考えられないし、そもそもティアは引っ張っていないし、ティアの魔力に釣られたんじゃないか?」
「私は土魔法なので、水系は関係ないですよ?」
アンドリューがそう判定したのだ。野菜植物系の珍事なら慣れたのでまだ受け入れられるけれど、さすがに魚はない。
「だが、水と土は密接だ。土が汚染されれば水質も悪くなる。おそらくだが、ティアの能力で土が改善されて水質が良くなっている可能性はある。今年は大漁だと聞いているしな」
隊長が巨大魚によっと手を上げて手を振っている。
その光景を見ていると、恐怖で叫んだことが恥ずかしくなってくる。
――なんか、先を聞くの怖い。まさか私を見にきたとか言わないよね? ね?
のんきな隊長を見ているとアンドリューの考えを肯定しているようで不安になる。
そろそろと巨大魚のほうを見ると、巨大魚のひれがぱたぱたと振られる。
襲われる心配はなさそうだけれど、なんか問題が増えた気がする。
「……それで?」
「うーん。魔力の主の確認? 襲ってくるとかではないし、隊長が普通だしな」
「そうですね。普通ですが、確認……」
「ふっ。めっちゃ見てるな。やっぱりティアのそばはいいな」
眩しいくらいのにっこりと笑顔で言われ私は項垂れた。
「……アンディは楽しいですか?」
「ああ」
「そうですか」
私が珍妙な問題を抱えても、アンドリューが楽しいのならいい。
悪いことではないしアンドリューが問題視していないのなら気にしても仕方がないしと割り切ると、巨大魚に見守られながら私たちはのんびりと釣りを続けた。
✽.。.:*·゚ ✽.。.:*·゚ ✽.。.:*·゚ ✽.。.:*·゚ ✽.
ティアとティアの周囲は賑やかですので、これからもあれこれ起こすのが目に浮かびます。
辺境伯領でのやらかしとお仕置きのことも書きたいのですがそちらは少し長くなりそうだしと、書き出したら楽しくてキリがないです( ̳- ·̫ - ̳ˆ )◞♡
またふと追加するかも知れませんが今回はここまでといたします。
たくさんの励みをありがとうございました!!
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ともこさま
いつも見守っていただきお声かけもありがとうございます✨
そして、間違いの指摘も。さっそく直しました。助かります!
後日談、楽しんでいただけてると知れて本当に嬉しいです。
辺境伯領でのところはしっかり思考してからになるので、他作落ち着いてからと思います(/ω\*)♡
P.S. 絵師kouma.にともこさんの前回のお言葉伝えさせていただきました。
喜んでました♪改めてありがとうございます😊
意味深なセリフで、目がはなせなくなりそうです。まだまだ、番外編、続いて凄くうれしいです。のちの、騒動も、ティアの子供も、ぜひ、見てみたい。
rieda546さま
いつもありがとうございます(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡❀.
後日談はひとまず三話、あとはゆるりとと思っておりますので、気の向くままにこれからもお付き合いいただけたら嬉しいです。
感想、本当にありがとうございます!
完結おめでとうございます(^^)
番外編とても嬉しいです、姉妹のその後がとても気になってました、まだまだずっと続いてほしいです(*^^*)
zenさま
ありがとうございます!
無事改稿作業終えほっとしてます。
後日談もお付き合い、その後も気になっていただけてすっごく嬉しいです。
書き出すとあれこれ書きたいことが出てくる作品なので、続いてほしいなんてお言葉いただけるなんて感涙です。゚(゚ノ∀`*゚)゚。