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願い
種の正体①
しおりを挟む経緯は理解した。あとは、この場を使ってまで明かしたい種の正体である。
芽吹かせることができないと言っていたが、実際に成長は止まっているが芽吹くことはできている。これをどう考えればいいのか。
「マッドリー、自分が裁かれたときよりもずっと顔色が悪いが説明してもらえるかの?」
学園長の言葉に、元侯爵はわなわなと行き場のない感情を抑えつけるように震えていたが、がくりと頭を垂れた。
その姿を王は静かに見下ろしていた。柔弱に見えない意志の強い瞳に、座っているだけで余裕のある大らかさと厳かさを感じさせる。
アンドリューも表情を変えず見据え、その瞳には揺らぎなく静かで、ただ事実だけを精査しようとする姿勢に血筋を感じさせた。
二人の王族、貴族、そして学園長といった大物たちに囲まれ、後ろ暗いことが満載らしい元侯爵はこの数十分で一気に老けたかのようだ。
この世の終わりかのように青ざめながら、とつとつと語る。
「娘が本当に家から持ち出したものなら先祖から受け継いだもので、それを芽吹かせることができれば巨万の富を得られると聞いていたものです。今まで様々な魔法を試みてきましたが、まったく反応もなくぴくりともしませんでした。なので、芽吹かせた者はその世代で繁栄をもたらすとし家宝として扱われていました。そのため、種を継ぐことが侯爵家を継ぐこととされてきました」
「それだけか?」
「…………………………王家の秘宝に手を出したと伝え聞いてます」
そこまで折り曲がる? というくらいこれ以上ないくらい項垂れて放たれた言葉に、周囲が一気にざわめき出す。
「なんとっ!」
「まさかっ」
「それは大罪です」
「秘宝だと!」
「もしそれが本当に秘宝だとしたら王家はなぜ黙っているのか?」
確かに。最後の言葉に私はちらりとアンドリューのほうを見た。
視線が合うと、わずかに眉を跳ね上げ微笑まれる。
──それは……、どのような意味?
なんとも微妙な反応に私は首を傾げると、アンドリューはつっと目を眇めた。
王様の反応は怖くて見ることはできないが、王家の秘宝が盗まれたと言われても慌てる様子はない。王子のことだから、あらゆる情報を集めこの種の検討がついているのかもしれない。
一斉に騒がしくなるなか、王がトンと肘掛を指先で軽く叩いた。
それとともに放たれる精錬なる空気。魔法を発動したわけでもないのに魔力の量や質によるものか、この場の空気が一瞬にして引き締まった。
冷厳なる青の瞳で見据えられ、皆わずかに視線を下げ口を噤んだ。
そこで王がアンドリューへと視線を向けると、頷いたアンドリューが声を張り上げた。
「それが本当のことであるならば、王族としてその種の正体を確かめなければならないが、こちらもあくまで予想であるが検討はついている」
やっぱりそうなんだ? いつも思うが、その頭の中はどうなっているのだろうか?
アンドリューはそこで数拍置き周囲を見回し、私のほうを見ると話し出した。
「博識の者は知っているだろうが、文献ではこの王都に神木があったとされている。白い木に光を帯びた葉、数年に一度花が咲きそのうちのひとつが大きな実をつけるとされていたそうだ。花や実は決して触れてはならないとされていた。実が落ちその種は月下花白のように白く数時間のうちになくなっているので、学者の中ではそれが神木の栄養となって消えたのではないかと言われていたようだ。だが、あるとき忽然と神木は姿を消した。枯れたのではなくて、忽然とな」
なかなかの大事件である。
思わず、手元の植木鉢を見る。ちょこんと見える白い芽だけではそんなに大層な植物だとは思えない。
「神木はシンボルで皆に慕われ誰もが近くに行けたものと聞いておるの。国をあげて大事にしていたものだから王家の秘宝と考え、それさえ手に入れ管理できたら成り代われるとか勘違いしたのではないかの。これが本当ならずいぶんと大バカ者がいたものじゃの。ふぉっ、ふぉっ」
学園長が補足するように考えを述べたが、大バカとかいいながら笑う。
元侯爵を通して仕出かした彼の先祖を見透かしているのか、かっと両目を見開いたその姿はこちらまでひやりとした心地になる。
「ええ。バカを極めていますね。マッドリー侯爵家がその神木の種を盗んだことから神木が消えたと推測することはできる。当時、災いがもたらされるなど相当騒がれたらしいが、王都では何も起こらなかった。ただ、文献を読むと北部の土地は徐々に荒れていったことから、神木の力がすべて消えたのではなく、王都から遠い北部の地から影響が出たと考えることもできる。もしその種がその神木の種であるのなら王家の秘宝よりも変えがたいこの国の神聖なるもの。神の意志が宿ったものを大事にしていくことはできてもすべてを理解することは不可能。なので、今の今まで神木が消えた理由はわからず、不可侵とされるものを盗んだ者がいたこともわからなかったのだろう」
対する、アンドリューもにっこりと笑みを浮かべ、冷めた眼差しで元侯爵を見た。
この段階でさすがにカルラも自身の仕出かした事の大きさに腰が抜けたのかふらりと背後に倒れそうになり、背後にいた騎士に支えられた。
ただの嫌がらせのつもりが、先祖の罪をさらけ出すことになってしまった。先ほどの決定では、元侯爵の弟に家督交代となったがさすがにこれは侯爵家のお家存続は無理であろう。
ほかの被告人が退席させられても彼らがこの場に残されたのは、己の仕出かした事と先祖の罪を受け止めさせるため、罪を周知とするためなのだろう。
このように筋道や出来事を合わせて説明されると、小娘の私でもそれはほぼほぼ真実に近いのではないかと思えた。
南北の土壌の違いと貧富の差だとか、神木の消滅理由がわからなかったから種が盗まれたなんて誰も気づかなかったこととか、侯爵家では王家の秘宝として語り継がれてきたこととか、理屈としてはしっかり通っておりそれが正解のような気がする。
それらをはっきりさせるには、芽吹かないとされていた芽が芽吹いた今、順調に育つことが一番なのだろうけれどと思ったところで、私は事の重大さにうわぁーっと頭を抱えたくなった。
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