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願い

閑話 隊長王都へ sideアンドリュー②

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 この一か月、我慢できずに二度ほどこちらから連絡を入れたが、結局フロンティアから連絡が入ることはなかった。
 忙しいとはいえ、五分でも会おうと思えば会える時間を作れたがそれもしなかった。

 彼女の身に危険が及ぶリスクを減らすため、敢えて思わせぶりにラシェルの恋人のルーシー嬢とそれっぽく動き、この状況を利用しようとする者を炙り出した。
 ほかは順調でありなによりフロンティアの安全は確保されているのは良かったが、噂が耳に入っても連絡してくることがなかったのはいただけない。
 九十九パーセントの確率でこうなることはわかってはいたが、この期間にどう感じていたかということも含めて、しっかり今後についても話し合うべきだと決めた。

「帰ったらお仕置きだな」

 ふっ、と口角が上がる。フロンティアのことを考えると、腹が立つことでもやはり楽しい。
 伯爵邸の前で馬車から出ると、隊長がよっとばかりに手を上げて出迎えた。

 一国の王子相手に気安い態度だがこれが隊長なのだと個体としてアンドリューは認識しているし、たまに婚約者との楽しい時間を邪魔されることはあるが、フロンティアの絶対的味方はアンドリューとしても心強い存在だ。

 その隊長の頭にはフロンティアの黄色いリボン。
 彼女の代わりに野菜たちを守るとの気概なのだと受け止めているが、そこで隊長がリボンを取りアンドリューの手元に押し付けた。

「ん?」

 さすがに代わりをしろという意味ではないだろうが、大事なリボンを押し付けてくる意味がわからない。
 さも当然のようにアンドリューがここに来ることをわかっていたような出迎えにシュクリュのほうへ視線をやるが、神獣は気づいても知らん顔だ。
 以前よりは警戒はされないが、フロンティアがいないと少し離れた位置にいるのはいつものことで、アンドリューは問いただすのを諦める。

 リボンを受け取り、こっちだとばかりに歩き出す隊長カブについて行くと、そこには副隊長である赤カブを含めた丸っこいフォルムのカブたちと、美脚大根率いる縦に長い大根たちが集まっていた。
 カブと大根のグループに分かれ、うんうんと頷き合うたびに葉が前後に揺れたり左右に揺れたりしている。

「へぇ」

 どうやら本当に自分はここに呼ばれたらしい。だとすると、この手にあるリボンに意味が出てくるということか。
 隊長がリボンを外し、預ける意味。そして目の前に集まっている野菜を見て納得する。こっちの予想はしていなかったが、相変わらず隊長の仕事ぶりは見事だ。

「殿下、彼らは何をしようとしているのでしょうか?」

 王都の野菜たちは知っているが、伯爵領で動く野菜たちを初めて見るラシェルが怪しげな野菜の集団に集中するあまり、野菜の幼葉であるベビーリーフがぺたぺたとくっつかれているのに気づいていない。
 アンドリューがちょうど目をやったとき、緑色が多いなか、レッドロメインの赤い葉がちょうどラシェルの股間の部分に手を伸ばし張り付いたところで、思わず笑ってしまう。

「くっ……、ラシェル、くふっ」
「なんですか、殿下? あっ!?」

 視線の先に気づいたラシェルは、「なんていうとこにくっついてるんだ」とぶつぶつ言いながらそっとつまみ上げ、すべてを地面に下ろし終えるとふぅっと息を吐いた。
 下ろしては上られ、下ろしては上られて、疲れたらしい。初見ということもあるだろうが、魔法を使わず律儀に一枚一枚対応するのがラシェルらしい。

「野菜たちは気配が感じられないですね?」
「ああ。人とは違って複雑な思考や意思、悪意がないからだろうな」
「へえ。どこでも出入り自由ってやつですね。危ないと思ったら野菜のふりすればいいだけですし」
「もともと野菜だけどな」
「そうでしたね。なんていうか、気配のなさに驚きました」

 気づかなかったことが悔しいみたいだが、野菜たちに懐かれるのは悪いことではないだろう。
 どこかの誰かさんは容赦がないので、かなり警戒されている。

「始まるみたいだな」

 隊長がしゅっと手を上げると、カブチームと大根チームとで一列に並びだした。

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