上 下
116 / 166
課題とお野菜ズ

紛失

しおりを挟む
 
 ふと読んでいる文字が読みにくいなと目を眇め、私は本から視線を上げた。
 すっかり辺りは暗くなっており、夕日は地平線に落っこちるところまできていた。

「うわっ。そんなに時間が経ったの?」

 隅っこにいたためか、魔道具ライトは人の気配を感知せずつかなかったらしい。
 時計を確認すると、図書館の閉館時間まで十分もない。私は慌てて所定の位置に本を仕舞うため席を立った。

 奥の人気のないコーナーにいたからか誰も気づいてくれなかったようで、シーンと静まり返った室内は重量感のある本に囲まれ、刻々と沈む夕日と広がる影が重くのしかかる。

「これはこっちで、これはここ。まあ、成果はあったよね」

 迫りくる気配に押しつぶされないよう、私はあえて声を出しながら所定の場所に本を入れた。
 学園で所蔵されている本は多岐にわたり、習った知識以上のことが書かれていた。
 それらがすべて今回のためになるかと言われればそうでもないのだが、新たな着眼点など参考になることも多く、改めて土魔法の面白さとお野菜たちのさらなる可能性にすっかり夢中になってしまった。

 肝心の課題の解決策は見出せていないけれど、工夫次第でやりようがあることを知れただけでもここに来た甲斐がある。
 うんうん、と一人頷きながら座っていた席に戻り、そこでぐわっと目を見開いた私は声を上げ慌てた。

「植木鉢がない!?」

 確かに机の上の日の当たる場所に置いていたはずの植木鉢がない。

「うそっ」

 私は慌てて周囲を見回し、念のため机の下もチェックした。
 万が一落としたとしたら割れた音がするはずだし、さすがにそれには気づくはずだ。大きな物音はしなかったから、当然そこには何も見当たらない。

「どうしよう……」

 見当たらない事実に、急激に不安でばくばくと心臓が鳴る。

 誰か知っている人はいないかと周囲を見回してみたけれど皆帰っていて、それならば司書はと受付に向かうがなぜか司書もいない。
 ボードを見るとすぐに戻ると書いてあり今は席を外しているようだ。殴り書きのようなそれはよっぽど慌てていたのだろう。

「えっ。いつから?」

 いったい自分はどれくらい集中していたのだろうか。
 お野菜が歩くからといって、植木鉢がひとりでに歩くなんて考えられない。そもそも、成長していないのだからそういった現象はないはずだ。

 だとしたら誰かが持ち去ったとしか考えるしかないが、たとえ集中していたとしても持ち主がそばにいるのに持っていくだろうか?
 悲しいかな、集中しているときに相手がそういう目的で音を殺して近づいてきたなら、私は気づかない自信があった。

「本当にその可能性もあったりする?」

 誰かが持っていったにしろ、置いた場所が私の記憶違いだったにしろ紛失したことは違いなく、私は図書室の部屋を歩き回り植木鉢がないか探し回った。
 閉館三分前に帰ってきた司書に聞いても知らないと言われ、不審な人物も見ておらず、一時間ほど所用で席を空けていたのでその間のことはわからないときた。

 そもそも、鉛筆などの小さな物ではなく、そこそこの大きさの物がこのような状況でなくなるという事実が不可解だ。
 私は首を傾げつつ、司書に詰め寄っても仕方がないので出てきたら教えてもらえるようにお願いし、名前を伝えてひとまず退去する。

「はぁ~。最悪」

 静まり返った廊下で、私の声がぽつんと取り残されるように響いた。

 薄暗いなか、寮に届けられていないかと一縷の望みをかけて足早に歩く。
 その際に万が一の可能性があるかもしれないと、きょろきょろと探してはみるが目当てのものが見つかる気配はなかった。
 なくしてしまった罪悪感で心臓がずっとどくどくと鳴っていて、動いていないと落ちつかない。

「せっかく少し進展できるかと思ったのに」

 あらゆる植物図鑑を手に取り目を通しみたが、課題の植物が何なのかわからなかった。
 種をもらった時点で白く珍しいものだったので見つけられると期待していたのだけど、似た形状のものはあるが、白くてもどこがとは言えないが記憶の中にある種と違うように思えた。

 植物図鑑に載っていた唯一似ていると思った白い種は月下花白げっかかはくという花の種で、月夜の下で特殊な魔力を帯びると花をつけ、一度花をつけると一か月美しい状態で咲き誇る非常に稀な花であった。
 月下花白が開花するための必要な魔法は土系だということだけはわかっているが、土系のどんな魔法が作用するのかなどの詳しい条件まではわかっていないらしい。

 私の特性としてその月下花白が課題の可能性が高そうだと考えたのだけど、渡されたものは勘であるが違う気がしていた。
 それでも試してみる価値はあったし、様々なアプローチをする必要性に気づけたのでそれだけでも図書館に来た甲斐があると思った。

 なのに、肝心の植木鉢の紛失。やる気が出たと思ったら挫かれ、うまく進まないことに歯痒くなって唇を噛む。
 手元にないと何もできない。後退もいいところだし、このまま出てこなければ確実に実技の失点は免れないだろう。

「このまままた出てこなかったら、またいろいろ言われるんだろうな」

 鬼の首とったとばかりにカルラたちに言われる未来が簡単に想像でき、私ははぁぁぁーと盛大な溜め息をついた。


しおりを挟む
感想 453

あなたにおすすめの小説

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。