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試みと自覚
試作①
しおりを挟むやりたいことを見つけたその日以降、連日、伯爵家の調理場ではガチャ、コン、シャッシャッ、ズズズズズッ、と様々な音で賑わっていた。
あっちにもこっちにも手足のあるお野菜たちが動き回り、今もジャガイモたちが小麦粉が入った袋を一生懸命運んでいる。
わっせ、わっせ。
おっせ、おっせ。
ふぬぬぬぅっとみんな懸命に押し上げて、少しずつ私のもとへと近づいてくる。
少し高い場所へと置くために、ほかのお野菜たちが引き上げるのを手伝い、比較的力の強いお野菜たちが率先して小麦粉を定位置へと運び入れていた。
そこにラディッシュたちおチビ軍団が手伝おうと手を伸ばしながら集まってきたが、さすがに手が抜けてしまうとひとつのジャガイモがボディをふりふりする。
すると、その弾みでほかのお野菜ズも動いてしまい重い袋を支えられなくなり、そのままぼふぅっと音を立てて落としてしまった。
その拍子にジャガイモもひっくりかえったり下敷きになったりと大変だ。
運が悪かったのは、落ちた先にはブロッコリーやカリフラワーに似た黄緑色のロマネスコがいたことだった。
尖った形状でびっしりとした花蕾がぶすりと袋を突き刺してしまい、小麦粉が辺り一面に広がる。
運び込むときにどこか擦れたりして薄くなっていた箇所に、ちょうどぶっ刺さってしまったようだ。
「わぁーっ、大丈夫?」
隊長とあれやこれやと吟味しながら果物や野菜をミキサーにかけていた私は、視界の隅でのその騒動に手を止めると駆け寄った。
真っ白になったロマネスコの頭が小麦粉の袋から出て、何が起こったのかわからず固まって微動だにしない。
その周囲をあわわわわっとラディッシュたちが走り回るので、一層小麦粉が舞い上がる。
カオスだ。
そして、いまだに動かないロマネスコと、申し訳なさそうにぺこぺこするジャガイモと、周囲の状態など関係なしに走り回るラディッシュたち。
みんな満遍なく白い粉をかぶり、私も駆け寄ったことで服や髪などに付き白くなった。お野菜たちと一緒で、きっと顔にもかかっていることだろう。
「あはははっ。みんなお揃いね。こほっ、こほっ、ふふふっ」
笑ったことで口に粉が入り、咳をしながらまた笑う。
失敗に意気消沈したジャガイモたちには申し訳ないけれど、彼らでも失敗することがあると思うとほこっとする。
それほどまでに彼らはよく働いてくれるので、多少の失敗はなんのその。
「気にしないで。みんなで掃きましょう」
いまだに放心状態のロマネスコをそっと持ち上げ、穴が空いたところにはさっと大きめのボールを置くと、私の話を聞いた野菜たちが我先にと掃除にかかる。
まあ、一部は粉まみれが楽しいのかころころ転がっているけれど、それもご愛嬌。
「ふふっ」
学園は学園で楽しいし学ぶこともたくさんあって充実しているが、これはこれでわちゃわちゃなっていても癒やされてほっこりする。
思わず、私はまた笑いを漏らした。
王都学園は貴族が通うこともあり、それぞれのお家事情で長期休暇を申請することができる。
やりたいことのアイディアが浮かんだ今、私はある程度形にしてから帰りたいと両親を説得し学園にも休暇申請を出した。
癒されるし、やれることがあるのは嬉しいし、お野菜たちといるだけで顔が綻ぶ。
今回のことは、栄養価と腹持ちを重視したいと隊長に相談していた。
すると、ふむふむと顎に手をやれてはいないが(短いので)、そんな感じの雰囲気で隊長は頷くと、お野菜たちに指示をして隊長の思う組み合わせで野菜を並べてくれた。
隊長、エキスパートすぎない? 野菜と果物という限定的なものではあるけれど、これは密かにチートというやつじゃないだろうか。
野菜のチート……、前世のお話だったら誰得? という感じだけど、今は私的には得であるし、北部の領民にとっても良いことなので気にしない。それに野菜チートでもなんでも和むからいい。
あとは味の調整や配合を考えてとあれこれ試していると、申請してからあっという間に日数が経っていた。
そろそろ王都に戻らないといけないなとは思うのだけど、あとちょっと、あとちょっととキリがなく、なによりあれこれ作るのが楽しかった。
これは? それは? とお野菜たちが持ってきてくれるし、混ぜたりするのもお野菜たちが手伝ってくれるので、手際よくさくさく試していけるので余計に勢いづく。
実験しているようでもあるし、お菓子作りにも似ているし、できたものを領民に配って感想を聞けるのも嬉しい。
栄養があるとわかっているから心置きなく作れるし、隊長の助言もありアイディアが次々に浮かび上がり私は熱中していた。
※次ページkouma.イラスト(お野菜ズ)
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