【本編完結】自由気ままな伯爵令嬢は、腹黒王子にやたらと攻められています

橋本彩里(Ayari)

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魔力検証

徐々に確実に①

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 伯爵領に帰省してから数日が経った。

 ロードウェスター伯爵領の小高い丘の上に、現在アンドリューとともにやってきていた。平地が多い伯爵領で、ここが一番見晴らしが良い場所である。
 日が高くなるとともに気温も上がってきたので、大きな木の下へと移動する。そこはちょうど木漏れ日が差し込み、柔らかな光がふわりと優しく注がれている。

 本来なら王子の近くに護衛がいるはずなのだけれど、その護衛は警護をアンドリューに断られ、現在は野菜たちと畑に精を出している。
 その姿に、今更ながら王族の護衛をそんな風に使っていいのか心配ではあるけれど、数時間くらいなら構わないだろうと俺様王子が有無を言わさず決めてしまったので、心配しても仕方がない。

「ほら、ティア」

 シートを敷いたアンドリューが横に座るようにと、隣をぽんぽんと叩く。
 口元は笑みをかたどり、私が隣に来ることを疑っていない瞳がじっと見てくる。透き通る碧色の瞳に見つめられるだけで、とくんと鼓動を速くなった。

 またぽんぽんとシートを叩くアンドリューを前にして、腹をくくる。
 抵抗すればもっと大変なことになると行きの馬車で学んだばかりなので、おずおずと王子のそばに腰を下ろした。

 指定されたところよりも心持ち少し間を空けて座ってみたけれど、その隙間もすぐさま王子に詰められる。
 自分より大きく意外と筋肉質な身体がぴたっとくっつく。それらを意識しながら、この体勢は逆に話しにくくないかとおずおずと告げた。

「殿下、近くないですか?」
「普通だろ」

 上品で美しい笑みを浮かべ言い切る王子。爽やか発動中だが、その笑顔は譲る気はないと言っている。
 ついでとばかりに手まで握られて、逃げることは許されない。

「殿下の普通と私の普通の違いが気になるところです」
「そうか。なら、俺に慣れてもらわないとな」

 さり気なさと強引さがさすが俺様。
 今も面白そうに目元を緩めこちらを観察しているアンドリュー。反応込みで楽しまれている。

「……殿下が譲歩するという選択肢は?」
「ないな」
「そうですか……」

 私は握られた手を見つめながら、そっと息を吐き出した。時には諦めも肝心である。

 目の前にはのどかな風景が広がり、野菜たちの行進とそれを見送る領民。
 あっちこっちで野菜とともに人も動いており、野菜たちと隠れんぼをしている子供もいるようで、それらの姿は見ているだけで和む。

 今回の帰省でしっかりと成果も出すことができ先の見通しもできたので、ずいぶんと気持ちは軽い。
 まだ課題は残るもののひと段落したので、王都へ戻る昼過ぎまではゆっくりしようということになっての今。
 伯爵領についてからできる限りのことをと働き詰めであったため、それには皆賛成だった。

 当然といえば当然、オズワルドは凄絶な笑みを浮かべて、「伯爵領で最愛のヴィアとのんびりデートできますね」と姉のシルヴィアを抱きかかえていった。
 颯爽と馬に乗りお姫様を連れ去っていった魔王。姉はいったいどこに連れて行かれたのか。

 そして、私も「デートするぞ」と、アンドリューに当たり前のように手を繋がれてここに来ていた。
 この数日で私たちが手を繋ぎながら移動していたので、周囲はものすごく温かい眼差しを向けてくるようになった。
 見守られている感が半端なくて、恥ずかしいしこそばゆい。

 このたびのデートもすでに話が通っておりランチボックスも渡され、カブ隊長なんかは仕方ないなとばかりにトンッと私の足を叩いて送り出してくる始末。
 隊長の反応は本当に意外すぎる。
 そのときのことを思い出し、複雑な気持ちでアンドリューに尋ねた。

「殿下、カブ隊長とどんな話をしたのでしょうか?」
「話?」
「すんなり送り出されたので……」
「ああ、それか。王都に帰る前にゆっくりと二人きりでデートしたかったのもあるが、シュクリュのことを含めティアと話したいことがあることを特に何も言わずとも理解しているのだろう。あいつはすごいな。何が大事かをわかって行動している。そもそも野菜というのも不思議な感じはするが、隊長の名にふさわしいと思うよ」
「ありがとうございます」

 隊長、王子に褒められてるよ!

 それがとても嬉しくて食い気味にお礼を伝えると、アンドリューはくすっと笑う。

「ティアが礼を言うんだな」
「はい。野菜たちは伯爵領とともにある家族みたいなものですから。ご配慮をいただけて、今回のこともとても感謝しております」

 国の王太子である殿下に動く野菜たちを改めて認めてもらえたようで、嬉しいと同時に誇らしい。
 そして、私の大事なものを、軽んじることなく考えてくれる王子がいいな、好きだなって思う。一緒にいる時間が増えれば増えるほど、自然とそう感じることが増えてきた。

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