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リボンとお野菜ズ(書籍収載しきれなかった王子に出会った頃の伯爵領の話)

癒やしの姉(伯爵領から王都に行く少し前)

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 ひゅぅぅーっと風が吹き、私はもこもこと着込んだ身体をふるりと震わせた。
 花冷えの季節でもあり、ようやく厳しかった冬が去り日中は暖かくなってきたが、早朝の風はひんやりと冷たい。

 今日はいつもよりおめかしをして野菜畑に立っていた。といっても、リボンの飾りに金の刺繍が入り豪華になったかなくらいだが、綺麗なものをひとつ身につけるだけでも気分が全然違う。
 リボンはほかにも色があり、どれも色合いや丁寧に縫われた刺繍は見れば見るほど綺麗で、それを身につけると自分の女性らしさがワンランク上がったのではと思えるほどお気に入りのものだ。

 たとえ、それが腹黒王子にもらったプレゼントであろうとも、ものには罪はない。
 そこは気にせず……、気にしないようにしている。

「さて、今日はなんの日かわかる?」

 そう尋ねると、一斉に頷く野菜たち。シュクリュも『わふぅ』と返事をした。

「今日はね、知ってのとおりヴィア姉さまが帰ってくる日です。みんなでお出迎えしましょうねー」

 もはや、姉が帰省するたびに野菜たちとともに出迎えるのは恒例になりつつあった。
 声をかけが終わり野菜たちとの触れ合いが一通り終わると、そわそわ、そわそわぁと気持ちが落ちつかなくなる。

 じっとしていられず野菜畑を行ったり来たりしていると、一緒についてくる野菜や果物たちも行ったり来たり。

 その姿にくすりと笑い、足を止めると野菜たちもピタリと止まり、動き出すと間隔を乱さず動き出す。
 そのうち仕込んだらいろいろなことができそうだ。運動会だとかダンスだったり、サーカスの芸みたいに見ている人たちを楽しませてくれるだろう。

「ふふっ。みんなと一緒にヴィア姉さまを待つのはとっても楽しいわ」

 るんるん、と声を弾ませて、まだかなぁ、まだかなぁっと道の先へと目を凝らす。
 姉が久しぶりに帰ってくるのだ。しかも、一人で! ここ重要。

 公爵領で再会したあと、何度か姉は学校の休みを利用して帰省はしたがほとんどがオズワルドと一緒であった。
 事業の話もあるからそこまでおかしなことではないけれど、過保護と姉を溺愛するあまりの行動であることの比重が高そうである。

 姉とオズワルドのツーショットは麗しいので、私の萌えは満たされているから、まあ、それはそれでありだよねとは思っている。
 オズワルドの表情が甘やかにとろけるなんてものは滅多に見られるものではない。貴重なものを見せていただいていると、感激はしている。

 だけど、まったく問題がないわけではなく、想像以上にオズワルドが姉に対して甘く、糖分過多で後半になるともういいですと見ているのも遠慮したくなるほどの激甘だった。
 姉の身内の私の前で遠慮を捨てたのか、姉を前にするととろっとろのどろっどろで、さすがの私もお腹いっぱいだ。

 もう姉たちは卒業も間近で、卒業と同時に婚姻したいと言うオズワルドの強い強いつよーいつっよーーーい希望で、姉が人妻になる前の帰省はこれが最後となる。
 さすがに今回は彼も気を利かせてくれたのか、忙しかったのか。とにかく、久しぶりに遠慮なく姉と話せるのが私は楽しみで仕方がなかった。

 そうこうしているうちに、シルヴィアを乗せた馬車が到着した。
 私と同じくキャラメル色の髪が、早朝の爽やかな光に照らされて天使が降臨してきたかと錯覚するくらい、姉は涼やかな気配とともに降り立った。

「ヴィア姉さま、おかえりなさい」
「ただいま。ティア。今日も野菜たちと出迎えてくれたのね」

 馬車のもとへ野菜たちと駆け寄り、扉を開くと同時に待ちきれず姉に声をかけると、シルヴィアは軽く目を見張りふふふっと柔らかに笑う。
 変わらない姉の微笑にとても安堵して、私もふにゃりと笑みを浮かべた。


 畑で一通り現状や野菜たちを紹介し終えると、シルヴィアと一緒に屋敷に戻った。
 久しぶりに姉が淹れてくれた紅茶に口をつけ、ふぅっと息を吐く。

「美味しいぃ、温まるぅー」
「こちらは、まだ寒いものね」

 少し気温が上がってきたとはいえ、冷えていた身体に沁みていく。
 春の日差しが入り込む白枠の窓辺には、シルヴィアのポケットやカバンに入ってついてきたラディッシュたちが這い出て、ぷらぷらと足を動かしていた。
 赤紫、ピンクとそれぞれ濃さも違ってその小ささと相まって可愛らしく、並んでいる姿は非常にほっこりするものだ。ちなみに、ラディッシュはほとんどが手ありだ。

 ラディッシュたちは姉のことが好きで帰省するたびに姉の荷物によく忍び込もうとするのだが、それを目ざとく見つけるオズワルドによって、ぽいっぽいっと阻止されていた。
 クールビューティーに摘まれ、ラディッシュたちは一生懸命足をパタパタ動かして抵抗するのだが、姉が一番のオズワルドにはその可愛さは伝わらず、あっさりとシルヴィアから遠ざけられていた。

 フロンティア的には姉推しすぎる推しのその姿は美味しいのだが、ラディッシュを掴んでものすごく綺麗な微笑みを浮かべるオズワルドはまさしく人外の魔王そのものに見えた。
 掴まれているラディッシュたちはわかっていないので毎度懲りずに挑戦するのだが、隊長とかはオズワルドを警戒してあまり近づかない。きっと、本能で逆らったら怖い人ということがわかるのかもしれない。

 だが、今日はその美貌の魔王がいない。
 非常にご機嫌なラディッシュたちだ。個体は違うのに、そういった意志が引き継がれているのか今日はいつにも増して動きが速かった。
 これ幸いとわらわらとついて来たので、好きにさせている。

「ヴィア姉さま。改めておひさしぶりです。お元気でしたか?」
「もう。ティアったら頻繁にやり取りしているじゃない。でも、嬉しいわ。それにシュクリュやカブ隊長や野菜たちも元気だったわね。前回変わった催しをしたって聞いているわよ」
「それは殿下とオズワルド様が……、あと悪ノリしたリヤーフのせいです」

 そうなのだ。なぜか催しに発展してしまった、どっちでしょう改め、どっちでショウ(SHOW)大会。
 彼らに、帰省したときに繰り広げられたカブと大根の美脚勝負の話をしたのが悪かった。

 オズワルドが持っていた通信機でのやり取りだったが、非常に面白がったのはアンドリューで、それに対してさらなる発展をと貴族向けにワインを作って美味しさ比べとかも面白そうですね、と言ったのがオズワルド。
 そのため二人の権力者によって、土地が増えた伯爵領。

 もともと北部の土地は持て余し気味で没落した貴族の国預かりの土地も多く、食料問題の貢献もありあっさりと許可された。
 任された土地も辺境伯側であったので、この辺はアンドリュー王子が強く関わっていると思われる。

 しかも、ワインの生産とあっては、嗜好品を好む貴族の期待も膨らみぜひとも成功させてくれとの圧が強い。
 もう関わる相手が大きいと、規模が大きくなりすぎて私の手に負えなくなってきた。

 難しいことはこちらで考えるから好きなようにとは言われてはいるが、規模の大きさに正直恐縮しっぱなしだ。
 こちらは楽しくシュクリュと野菜たちと水やり、ちょっと遠出することも増えたなくらいなので、規模とやっていることの落差に申し訳ないとも思ったりもする。

 そのオズワルドの言葉で果物が仲間入りすることになったのだが、その話に噛んできたのがリヤーフ。
 ワインの生産が安定したら大会にして大々的に宣伝も兼ねて、どっちでショウをしようってことになったのだ。

 好きに野菜を育てていいし何かあればフォローはしてくれるのだが、あれをやってみろこれをやってみろと、二人は結構容赦がない。
 ある意味勤勉でもあるのだが、どちらもエス気もあるので次々と案が出てきて大変だ。
 その上、商魂たくましいリヤーフもいるのだから、話の進みが早かった。

 彼らの視点や動きに学ぶことも多く、伯爵領や野菜のためにも非常に恵まれたいい環境ではあると思うのだけど、だ。
 北部の食料問題のこともあり、試せることは試したいということは理解しているし協力したいと思っているが、とにかく精神面でハードだ。

 身体的なケアや金銭的な心配はもちろんない。ただ、すでにいるメンツがメンツであるし、貴族向けのものに参入するとか、そのイベントに辺境伯までやって来てと大御所揃いで気が気でない。
 野菜たちはノリノリだったからいいけれど、当初思っていた穏やかな発展とは違ってきてその辺りは気になるところだ。

「そうだったわね。王太子殿下がティアの魔力を認めてくださっているものね。オズワルド様からティアの活躍を聞いて、とっても嬉しかったの。ここに帰ってくるたびにたくさんの仲間が増えていて、ティアが人を笑顔にしていることはとても誇りに思うわ。さすが私の可愛い妹だって」
「ヴィア姉さま……」

 シルヴィアの言葉は気負いなく、ただ姉として、妹によく頑張ってるねと労いの純粋な気持ちが乗ったものだった。
 それ以上も以下でもなく、私の功績を等身大で見てくれている。
 成功ありきではなく頑張りを見てもらえた気がして、私は思わずがばりと姉に抱きついた。

「ふふっ、もう、ティアったら甘えん坊ね」
「だって」

 だってだって、認めてもらえるのはやっぱり嬉しい。
 好きでやっていることだし、周囲も喜んでくれて何かの役に立っているのならと思うけれど、成人もしていない自分が背負うには重すぎることもあって、誇りに思うとの家族の言葉は心に響いた。

 そんな優しい姉と物理的に距離が遠くなっていくことが、急に感じられて甘えたい気分になった。
 姉はいなくはならないけれど、大きくなるにつれてそれぞれの道を進んでいく。ましてや、姉は結婚が決まりもうすぐ人妻となるのだ。

 別に帰ってこないわけでもないけれど、会えないわけでもないけれど、やっぱり寂しく感じてしまう。
 姉も何か思うところがあったのか、猫っ毛の私の髪をなぜてくれる。ゆっくりと細い指が優しく行き来し、しばらくして穏やかな声が落ちてきた。

「ティアも大きくなったわね」
「……もうすぐ学園に行く年齢になります」
「そうね。ティアはすぐに誕生日がくるからもうすぐ十七歳なのね」
「はい。ヴィア姉さまは成人されて、なんだか感慨深いです」

 産まれたときからずっとここで育ってきた二人。
 一人は結婚間近で、もう一人は王都の学園へと行く。

 どちらも良き旅立ちではある。それはわかっているのだけど、小さな頃から仲が良くずっと一緒に過ごしていたので、こうして二人でゆっくりできるのはもうあまりないのだと思うと成長が嬉しいとともに寂しくもあった。
 いろいろなことを自分でできるようになった分、今まですぐそばにいて知り得ていたことも少なくなって、それぞれで大事なものが増えていく。

 私がぐぅっと抱きついていると、ラディッシュたちもえっちらおっちら小さなボディで窓枠から下りると駆け寄ってきた。
 抱きしめられないから、シルヴィアの服のあっちこっちに捕まってぷらぷら浮いている。
 あっ、一体が落ちた。気づいた姉に拾われて膝の上に置かれる。良かったね。

 本当、ラディッシュたちの気持ちわかるよ。わかる。
 ヴィア姉さまの清らかな包容力のそばってすっごく落ちつくもんね。

 今日はちょいちょいっと摘んで放り出すオズワルドがいないし、みんな遠慮がない。そして、私も遠慮せず姉妹の時間を過ごせる。

「ヴィア姉さまはいつまでも私の姉さまです」
「何を当たり前のことを言っているの。ティアはいつまでも私の可愛い妹よ」

 優しくぽんぽんと背中を叩かれて、私はふにょっと相好を緩ませながら姉のお腹に顔を埋めた。


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