上 下
28 / 52

心のゆとり①

しおりを挟む
 
 二人で馬車に乗り店へと移動する。
 ぽつぽつ語られる近況に耳を傾け、ケーキが並べられたテーブル席に着きようやく現在のデュークが置かれている状況を理解した。

「そうだったんですね……」
「本当にすまない。誤解を招かないように二人きりには絶対ならないように行動してはいたが、テレンスには現状を話したら何をやっているのかと怒られた。直接会って話したいとばかり思って、手紙に少しでも触れておけば話が早かったのに」
「いえ、私が会うのを断っていたので」

 ベリンダがそれほど馬車の事故のことを引きずっていたとは知らなかったし、隣国の王子に言われたらそれは断れないなとも思った。
 だからあんなにデュークの横に一緒にいたのだとか、笑みを浮かべていたのかと、話を聞いてなんだか気が抜けた。

 気にしないようにと何度も言い聞かせてきたもやもやしていたところが、爽やかな風が通った感じだ。
 それでも横にいすぎではないだろうかとは思うけれど、目に見えない心のコントロールは本当に厄介なのだと身に染みてわかったばかりだ。

 心の怪我への配慮だと思うと、誰も責められない。
 じっと見つめてくる割によく呼び止められていて振り切らなかった理由もわかったし、真面目なデュークは手紙ではなく直接会って話すべきだと手紙で会おうと誘ってくれていたのだろうことも理解した。

 二か月あまり話さない期間に、私の考えや感じ方が変わったようにデュークも変わったことがあるのだとわかる会話で、何より、ベリンダに直接周囲に目を向けてはどうかと伝えたということには驚いた。
 私が知るデュークだったら、公務だからと隣国のパーシヴァル殿下に言われるまま交流期間をベリンダと一緒にいたと思う。

 それだけでもちょっと報われる。
 人として最低限の配慮をした上で、現段階ではヒロインより婚約者を優先する義理堅い人。それを示してもらえただけでも、虚しさが減ってこれから先に明るい未来があるのだと希望が見いだせる。頑張ろうと思える。
 小さく口元を緩めると、デュークが目を細めた。

「 ? どうしたのですか?」

 眼差しの種類が今までと違う。
 じっと見つめてくるところは変わらないのに、表情が豊かというか、奥までさらってしまおうとでも言うような瞳はただ受け止めるだけにするには強すぎた。
 無視するにはあまりに意味深な視線に黙っていられず訊ねると、さらに顔に穴があきそうなほど見られる。

「…………」
「デューク様?」

 無言でそんなにじっと見ないでほしい。
 考えもしなかった変化に戸惑いじっとしていられず髪を耳にかけると、デュークがふっと息を吐いた。

「いや、フェリシアがいるのが嬉しくて」
「……っ」

 にこりと笑みを浮かべるとなぜか眩しそうに目を細められ、私は顔が熱くなるのがわかった。
 デュークがデュークでなくなっている!?

 頬に熱さを感じながらも、凝視しないではいられない。
 デュークに何があったのだろうか?
 何か違うようなというレベルではなく、明らかに以前のデュークとは違うとここでようやく気づく。

「今まで上手く話せなくてフェリシアに任せてばかりいたが、これからは俺も話していけたらと、フェリシアとたくさん話したい。フェリシアのことをたくさん知りたいと思ったんだ」
「……あっ」
「俺に挽回するチャンスをくれないか?」

 一生懸命考えをまとめてきたのだろうなと話すそれはぎこちなさが残るが、誠意はとても伝わってくる。
 それほど一か月の逢瀬を一度潰してしまったことを気にして、私が前回断ったからさらに悪かったと思うようになったのかもしれない。
 真面目なデュークらしい。

「挽回だなんて。遅れたことは気にしていませんよ?」

 あれこれ落ち込んで悩んだからこそ、あのつらかった日々は無駄でないと、こうしてデュークと話した今は心からもういいと思えている。
 事情も理由もわかった。
 いろいろ話そうと、悪かったと思って伝えようとしてくれるだけで、私はその姿を眺め聞いているだけで満足した。

「……ああ、そうじゃないんだ……」

 困ったように眉を下げたデュークが瞼を伏せた。
 いったい何を気にしているのだろうか?
 本当に真面目な婚約者だなとくすりと笑う余裕さえ出て、気持ちと自分の心のゆとりに気分がよかった。

 デュークはなぜか難問を前にしたようにきゅっと考え込むように唇を引き締めている。
 けれど、私のほうは今日の姿勢や話の内容だけでものすごく気持ちは軽くなってすっきりしていた。

 もやもやと気にかかっていることはデュークが話してくれたし、婚約者だからだとしてもデュークの中で優先順位は私にあるということだけで、見捨てられていない安堵が心を強くする。
 あとはデュークから隣国の情報を聞ければ、これから残りの二か月最後まで頑張れる気がした。

しおりを挟む
感想 276

あなたにおすすめの小説

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【完】婚約者に、気になる子ができたと言い渡されましたがお好きにどうぞ

さこの
恋愛
 私の婚約者ユリシーズ様は、お互いの事を知らないと愛は芽生えないと言った。  そもそもあなたは私のことを何にも知らないでしょうに……。  二十話ほどのお話です。  ゆる設定の完結保証(執筆済)です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/08/08

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

諦めた令嬢と悩んでばかりの元婚約者

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
愛しい恋人ができた僕は、婚約者アリシアに一方的な婚約破棄を申し出る。 どんな態度をとられても仕方がないと覚悟していた。 だが、アリシアの態度は僕の想像もしていなかったものだった。 短編。全6話。 ※女性たちの心情描写はありません。 彼女たちはどう考えてこういう行動をしたんだろう? と、考えていただくようなお話になっております。 ※本作は、私の頭のストレッチ作品第一弾のため感想欄は開けておりません。 (投稿中は。最終話投稿後に開けることを考えております) ※1/14 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

処理中です...