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予定調和と熱視線①

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 白雲がなびく青空の日。
 隣国の第三王子パーシヴァル殿下たちが交流のために学園にやってきた。

 先日の逢瀬に遅れたことについては、私が店を出た一時間後にデュークが直接侯爵家に謝罪に来た。
 その時、私は不在で工房に出向いていたので帰ってから、贈り物とともに手紙を受け取り知った。

 貴族として必要な誘いと私の手紙の返信だけだったデュークが自ら手紙を残したのである。なんと、待ちながらその場で書いたようだ。
 なかなか帰ってこないので諦めて帰ったようだけれど、まさかデュークがそのように動くとは考えもしなかったのでびっくりした。

 そして、その行動は婚約破棄をすると決めた私からすれば、もうただただ複雑だった。
 出会ってしまったヒロインの存在はどうしても気になって、でも来てくれたことはやっぱり嬉しくて。
 今までのデュークなら来ていても伝言のみ、もしくは私の「帰る」の言葉にそれなら仕方がないと後日謝罪があるかだと思うと、遅刻の謝罪についての手紙を読みながらぐるぐるした。
 
 待たせた上にこんなことになって申し訳ないこと、また日程を改めたいこと、最近どうしているのかと、そしてまた手紙をもらえると嬉しいとたどたどしい言葉選びに泣けてきた。
 しかも、私に渡そうと思いプレゼントを買いに出た先でのベリンダとの遭遇。
 その時に選んだという可愛らしいガラス細工の小物入れを何度も眺めながら、涙が流れるのを止められなかった。

 婚約破棄すると決意したはずなのに、この一か月、何度も勝手に期待してはすり減っていった心は、デュークが自分のためにと思った行動を見せられると簡単に揺れる。
 死ぬことと、婚約者であることは関係あるのだろうかと性懲りもなく考えてしまう。

 眠りながらも明日からベリンダがいるのだと思うと、デュークはどう動くのだろうかと気になって。
 くっついていくところを見たらショックだし、私が死なないとそういうこともないのか、未知数で不安ばかり募る。

 なかなか寝付けないまま朝を迎え、準備をして階下に下りると侯爵家でデュークが待っていた。
 どうやら迎えに来ることは家族には伝えていたようで、私は面食らってしまった。
 家族もきっと私が喜ぶと思って了承したのだろう。

「デューク様……」
「フェリシア」

 名前を呼び、互いに見つめ合う。
 それから、デュークはがばりと頭を下げた。

「昨日は遅れて申し訳ない」
「いえ。事情はおうかがいしておりますのでお気になさらないでください」
「だが……」

 そこでデュークは私を探るようにじっと見た。
 濃紺の瞳は私が見たことのない色をしていて、なんだか今までと違う胸の騒ぎ方をした。

 私はふぅっと息を吐いてそっと目を伏せ、ゆっくりと瞼を上げた。
 視線が合うとふわっと緩まる眼差し。じっと見つめる濃紺の瞳に囚われる。

「それよりもお怪我は大丈夫でしょうか?」
「ああ」
「馬車に轢かれそうなところを助けたと聞きました。とても勇敢な行いだと思います。ですが、同時にもしがあったらと心臓が止まるかと思いました。デューク様も相手の方もご無事でよかったです」

 夜、いろいろ不安を抱えながら考えた。
 二人が出会わなければどれだけ良いかと思ったけれど、そこで出会っていなければベリンダは馬車に轢かれていたかもしれなくて。

 物語を知っている私からすれば、作られた出会いのようでとても悲しい。
 けれど、誰かが命を落とすようなことはやっぱり嫌で、もしそこでデュークが行かなければ劇的な出会いとはならなかっただろうけれど、ベリンダが不幸に遭っていたかもしれない。
 もしくは、彼女側の人が助けていてどのみち命に影響はなかったかもしれない。

 かもしれないは想像するとどこまでも広がっていき、次々と確証がないのに不安要素を作っていく。
 だから、怪我もなく無事であることが何よりだと思うようにした。

 作られた出会いでもなんでも、不幸の上で自分が楽になるのはまた違う。
 何より、諦めようと思っていてもとても大好きな人だ。怪我や苦しい思いをしているところなど見たくない。

 そして今。
 あんなに会いたかった人が、今までになく歩み寄られていると感じられる距離にいる。

「心配かけさせてすまない」
「いえ、無事でおられることが何よりです。それにこうして会いに来てくださっただけで十分です」

 本当、それだけで十分だ。
 元気な姿を見て、その瞳に自分を映し柔らかに細められるだけで胸がじわりと温かくなる。
 やっぱり好きは消せないのだと諦めの境地になった。

 私はどうしてもデュークが好きなのだ。
 不器用なところも、真面目なところも、じっと見つめられ静かに話を聞いてくれるだけで、その瞳に自分が映っているだけで満たされる。

 でも、やっぱり死に役盛り上げ役になるのは嫌だ。
 私の恋心と死に役になることはまた別の話。

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