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義弟⑤
しおりを挟むその私の涙をイーサンが親指ですくう。
まだ、握られたままの手は一向に離してくれない力強さのままで、イーサンはずりずりと私のほうに身体を寄せ、膝と膝がくっつくくらい詰め寄ってきた。
「ミラは可愛いね」
「……っ!? それを言うならイーサンのほうが可愛いから」
そして、真顔でそんなことを語るイーサン。
握られた手もそうだけど、じっとこちらを見てくる視線は外されないままで、私は義弟の急激な態度の変化にひっくり返りそうになった。
喋るようになったと思ってからのイーサンの歩み寄りがものすごい。一瞬、息が止まるかと思うほどびっくりした。
顔立ちは整っているし、女性を褒めることができるなんて、彼に自信がついたら将来モテるに違いない。
そんなどうでもいいことを考えるくらいの変化に、私はいつもと立場が逆でイーサンの行動を受け止めるだけになった。
「……僕は格好いいって言われるほうがいい」
褒められた照れくささとともに、会話が続いていることへの感動、そして未来を思わせる素質に、さっきから私は感動して頬がゆるゆるだ。
「だったら、もっとしっかり食べて身体を動かさないと逞しくなれないよ」
「……ミラは逞しい男のほうが好き?」
「うん。やっぱり頼れるくらいしっかりした体格のほうがいいとは思う」
実際、異性の好みとかそういうことはよくわかっていないけれど、女性の使用人たちがそういうことを話していたので一般論を言ってみた。
ただ、私はイーサンに自衛できるくらいに強くなってほしいとは思う。万が一関わることになったら今まで蔑ろにしてきた彼の親戚たちを見返し、撥ね返す力を身につけていれば安心だ。
詳しいことはわからないけれど、子爵家の長男だったイーサンはこのまま子爵家と距離を取ったままでいられるのか、もしかしたら時期がきたら子爵を継ぐのか。
何より、イーサン自身が子爵家を取り戻したいと願ったら、両親たちは応援するだろう。
現在は伯爵家の養子だけれど、それは未成年の間だけなのかずっと伯爵家の子であるのか、実際のところその辺の手続きがどうなっているのかは知らない。
ただ、今は私の可愛い弟で、私たちの大事な家族である。
元気でいてくれるだけで十分なのだけど、ひょろひょろよりは逞しくあるほうがイーサンの未来は明るいと思うのだ。
そう思っての私の言葉に、イーサンが考えるように目を伏せた。
「………………」
「イーサン?」
あまりにも長い沈黙に私が話しかけると、伏せていた瞼が上がり力強い瞳が私をとらえる。
「僕、これからいっぱい食べて身体を鍛えて、ミラを守れるようになるね」
にこにこと笑顔を浮かべ、約束するよと自由だったほうの手の小指を差し出してくる。
意地でも繋いだほうの手は離そうとしないので、そういうところも可愛くて。
守ってもらおうなんて考えてはいないけれど、本人がやる気なので私も同じように小指を差し出し絡めた。
「だったら、イーサンが頑張るたびに私はご褒美をあげる」
「ご褒美?」
「私にできることは少ないけど、イーサンが望むことを叶えるお手伝いをするの」
寝ておきたら夢かなと疑ってしまうほど、ずいぶん打ち解けられたと思う。
実際にイーサンがご褒美を望むかどうかは別にして、気にかけている存在がいるよと伝えておきたかった。
今も握られて離れない手からも、どうやら私の手は安心するひとつのようだと思ってもよさそうだし。
なので、今日みたいに心細いときなどご褒美としてと言えば私も声をかけやすいし、イーサンも言いやすくなるかもしれない。
もちろん、ご褒美でなくても望まれるならそばにいたい。
欲しいものをあげるというのもいいけれど、金銭的なものは実質親からになってしまうので、その交渉を手伝うとか、そういうことくらいはできると思うのだ。
「…………ご褒美……」
「うん。イーサンが望むならだけど」
ぽつりと繰り返される言葉に不安になる。
態度が軟化したからといって、私のご褒美なんて嬉しくないだろうか? そう思って眉尻を下げると、イーサンは小指を絡めていた手もしっかりと握ってきた。
そして、じぃっとまた覗うように私を見据えながら笑顔を浮かべ、繋いだ両手をぶんぶんと振る。
「ご褒美嬉しい。絶対頑張るよ!」
前ほどではないにしてもどうしても覗うように相手の真意や次の行動を探ろうとしてしまうのは、もともとの癖なのか、両親を亡くした後の境遇からそうなってしまったのか。
それもまだ警戒心が残る懐きだしたわんこのようで可愛くて、私はにっこりと笑みを浮かべて約束は守るよと頷く。
「うん。イーサンが何を言ってくれるのかも楽しみにしてるね」
「僕はミラが見ていてくれるなら頑張れるよ」
急な態度の変化に戸惑いはあるけれど、「ご褒美かぁ」と噛みしめるように言って嬉しそうに笑う姿に、私の顔はずっと緩みっぱなしだ。
胸もずっと弾んで温かくて。
どんな心境の変化があったのかはわからないけれど、懐くようになった義弟がやっぱり可愛いなと手を繋いだまま私は笑みを深めた。
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