60 / 81
2-My goddess-【千歳SIDE】
59お願いだから④
しおりを挟むりのが手に入らないなら、いろんな我慢とかも意味がないし。りのがいないなら、自分が何をしたいとかわからなくなる。
それだけ、もうりのしか見えないのに。
こんな時なのに、身体の奥底がすぅっと冷えていくのに、怖いと言われたから怖がらせまいと慣れたように顔だけは笑みを作れるなんて俺すごいな。
「ねえ、俺のフルネーム知ってる?」
「知ってるけど」
「そ。なら、俺の名前言ってみて」
「……高塚千歳くん」
「ふーん。知ってるんだね」
ちゃんと知っててくれたんだ。だけど、呼ばなかったのには意味がある? それとなく促してきたけど、気付いていなかったのかあっさりとスルーされてきた。それはどうして?
「次は下の名前だけで呼んで」
ああ、こんな風に距離を詰めるつもりじゃなかったのにな。
昨日の男の姿がずっと目に焼き付いて、どうしても言わせたくなってしまう。
「ち、とせくん?」
おずおずと名を呼ばれたが、ちっとも嬉しくなかった。やっと呼んでくれたのに、何も感じない。
「呼び捨てで」
「えっ? 何で?」
「何でって。俺はいつそう呼んでくれるかなって思ってたけど、いっこうに呼んでくれそうにないし? いつまでも高塚くんだし」
こんなこと言うなんて余裕なさすぎだろ、俺。だけど、昨日の男は下の名前で呼んでいたくせにと思うと、むかむかして。
「…………」
「りのは俺が何を考えているかわからないっていうけど、俺はいつも態度で示していたつもりだ。だけど、いつまで経っても近寄らせなかったのはりのの方」
「そんなつもりは……」
そんなつもりはなかったって? なら、どんなつもりで俺と一緒にいてくれたんだろうか。
そんな言葉では納得しないと、千歳は肩を竦めて首を振った。
「でも、それはいいんだ。俺がしたくてしてるから。りのがそれに付き合ってくれるだけで良かったし」
「………」
「でも、それをやめろと言われたら話は別だよ。誘いもメールも俺から、いつまでも名前だって呼ばれない。最初に俺は言ったよ。りのと一緒にいたいって。そのために動いてたつもりだけど、その手段を奪われるなら俺も言わせてもらう」
「……高塚くん?」
りのは困惑している。
やっぱり自分の気持ちは伝わってなかったんだ。好きになるってことが初めてで、自分なりにアピールと相手の気持ちの尊重をと思って動いてきた時間は一体なんだったのだろうか。
「りのはわかってない。俺がどんな思いでいたか……。りのは俺が信じられないからそういうこと言うんだよね? 俺のなにが信じられない? そんな俺が言葉にしたところでりのはそれを信じてくれた?」
すぐにでも手を出しそうになるのを我慢しているのを。
少しでも警戒心を減らして俺しか見えないように好印象を抱かせようと頑張っていたのに。
少しでも触れてもいい関係になれば、すぐに求めてしまいそうになる。
でも、そんな千歳の気持ちはりのには関係ないとわかっている。千歳が我慢すればいいだけで、千歳の問題だということも。
だけど、それだけりのへの溢れる気持ちはどうすればいいのか。
「……っ」
「りの。何か言って」
愛してるって今すぐ言ってしまいたい。だけど、今はもっと伝わらないんだろう。きっと、今のりのに言ってもこの言葉は軽くなる。
そんなことは望まない。俺の気持ちは軽いものじゃない。
どうすれば伝わるのだろうか。どうやったらりのを繋ぎとめられるのか。とっくに俺はりのだけなのに────。
「………ごめん。高塚くんと一緒に帰ったりするのは楽しかったけど、やっぱりもうこういうのやめたい。連絡もしないで欲しい」
再度の拒絶に、千歳は今度こそすべての機能が停止した。耳が、音が、遠くなる。
「じゃあ」
走り出したりのを追いかけなければと思うのに、身体が動かない。りのが離れていってしまう。
────お願い。りのじゃないと俺は俺でいられないんだ。だから、戻ってきて。
千歳の切実な思いは届かず、りのの姿は簡単に遠ざかっていった。
10
お気に入りに追加
618
あなたにおすすめの小説
事態は更にややこしくなりました
のぎく
恋愛
結婚なんて、したくない。
だからその手の話から逃げて逃げて逃げ続けてきたのに、十八歳になった途端父から縁談を勧められた。それも拒否権なしの。
相手は顔良し性格よし家柄よしに加えて文武両道、将来性もばっちりな引く手数多の超優良物件。普通ならすぐさま飛びつく縁談なんだろう。でもね?結婚したくないから縁談がいやという以前にその人、私がこれまで避けまくってきた人なんだけど。
主人公がなんとかして縁談を破談にしようとした結果のはなし。
小説家になろう、カクヨムでも投稿してます。
世界くんの想うツボ〜年下御曹司との甘い恋の攻防戦〜
遊野煌
恋愛
衛生陶器を扱うTONTON株式会社で見積課課長として勤務している今年35歳の源梅子(みなもとうめこ)は、五年前のトラウマから恋愛に臆病になっていた。そんなある日、梅子は新入社員として見積課に配属されたTONTON株式会社の御曹司、御堂世界(みどうせかい)と出会い、ひょんなことから三ヶ月間の契約交際をすることに。
キラキラネームにキラキラとした見た目で更に会社の御曹司である世界は、自由奔放な性格と振る舞いで完璧主義の梅子のペースを乱していく。
──あ、それツボっすね。
甘くて、ちょっぴり意地悪な年下男子に振り回されて噛みつかれて恋に落ちちゃう物語。
恋に臆病なバリキャリvsキラキラ年下御曹司
恋の軍配はどちらに?
※画像はフリー素材です。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
それは報われない恋のはずだった
ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう?
私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。
それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。
忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。
「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」
主人公 カミラ・フォーテール
異母妹 リリア・フォーテール
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる