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2-My goddess-【千歳SIDE】
閑話 長い夜
しおりを挟む明るさをしぼったバーカウンター。そこの奥にある特別席で、男が二人。その前に穏やかに微笑む美形マスターが立っていた。
グラスを傾け空にした男が、カランと氷を音を立ててテーブルに置くと、にぃっと楽しそうに口先を上げ弟のように可愛がっている青年を見る。
青年──、千歳はスマホを机の上に置き、臂をつきながらぼんやりとそれを眺めていた。
「セン、最近一人の女を追いかけてるって?」
「まあ、そうですね」
「へえー、認めるんだ。珍しいというか、初めて?」
「そうですね」
「ふーん。可愛い子?」
「そうですね」
「……美人?」
「将来的には」
「ぶさいく?」
「違います」
「性格は?」
「女神」
「ぶっ。一応聞いてはいるんだな。ていうか、端的すぎないか」
「すみません」
千歳はケントの問いかけに消極的に答えながら、気持ちはまったく会話に入り込めなかった。
さっきのりのの様子が気になって、気になって、最低限の受け答えのみしかできないポンコツ状態。
相手がケントだから、それにりのの話題だから答えてはいるし、違うことは速攻否定はするが、正直まったく余裕がなかった。
申し訳ないという思いはあるが、自分でも気持ちのコントロールができずどうしていいのかわからない。
ふぅーっと息をつくと、想い人からの連絡がないスマホをコツコツと人差し指で叩いた。
その様子に、なんとなく事情を察しているマスターであるキョウが、ケントの前に追加のグラスを置きながら千歳を擁護する。
「こいつ、今ちょっと機嫌悪くて。なんか、ここに来るまでにハヤテたちがやらかしたらしいですから」
「やらかしたって?」
面白いものでも見るように千歳に視線をやっていたケントは、訳知り顔のキョウの方へと顔を向けた。
「呼んでもないのに女連れてきたらしいから」
「なるほど。だからと言ってこの状態なんなわけ?」
やっぱり面白すぎない? と眉根を上げてちらっと千歳の方へと視線をやる。
ケントの視線を感じてはいるだろうが、まったく身が入っていない千歳ははぁっとまた溜め息をついた。
溜め息は自覚があるのやらないのやらと、ふ、と笑いが溢れる。
「センがさっき認めたように大事にしたい女性がいるんですよ。俺も見たこともないし話だけですけど。で、その彼女しか視界に入らないし入れたくないっていうのが現状で、余計なのは異物でしかないってことみたい」
「ふぅーん。前は隙を見せながら排除って感じだったけど、今は正面切って徹底排除って姿勢か。やってること変わらないように見えて、根本だいぶ違うよな。余裕ない?」
「ですね。まあ、こう見えてもセンはまだ高校生ですし、やっと年相応っていう感じが俺はしてますが」
「そう言われればそうか。さっきからスマホばっか見て、もしかしてその女の子からの連絡待ち?」
年長組二人で勝手に話のオチをつけたが、ケントが話を戻してきた。
千歳はちらりとケントを見て、小さく頷く。
すると、麗しい美形のキョウと違って大柄でいかつい美形のケントは、右目横の傷跡さへ魅力に見える目を大きく見開き、ぶはっと吹き出した。
なんか、さっきから笑ってばかりだが、千歳は自分の何がそんなに面白いんだかと思いながらも、そんなことよりもりのの連絡がないことにずんと胸が締め付けられていろいろ気を回していられない。
重く艶めかしくまた溜め息をついた千歳に、今度こそ驚きでケントは目を見開いた。
キョウもここまで重症だとは思わず、じろじろとまるで珍獣に出会ったとばかりに可愛い後輩を見る。
「マジか。青春だな。センを待たせるとか、その子見てみたいよ」
「見せません」
速攻拒否してみせる千歳のその反応は、独占欲丸出しだ。なにこいつ面白いと、ケントはくっ、と笑う。
「いやいや。他の奴らはどうでもいいけど、俺たちには紹介しろよ?」
「……………まあ、付き合えたらいつか」
また笑われたが、ケントなりに自分を思っての言葉だとわかるので千歳は沈黙した。しばらく考えて返答する。
お気に入りのこの場所に連れてこられるくらいの仲になれることは、千歳だって望んでいることだ。それに、よくしてもらっているこの人たちに紹介することは、これからも付き合いがあるのでありといえばありだ。
彼女からの連絡待ちのこの状態で、ただただ希望を口にするのみ。
相手に不自由したことがなく、自信に満ち溢れたというか他者は他者と自分は自分としっかり線引きをしている千歳にとって、消極的な発言は珍しい。
その発言もそうだが、ケントは本気らしい千歳が追いかけてまだ捕まえていないことの方に驚きが勝った。
「はっ? まだ付き合ってないのか?」
「そうですけど」
「……へぇー。どうなってるんだ? アプローチはしてるんだろ?」
「してますけど、どうも通じてないみたいで」
「…………」
そこでケントはちらりとキョウを見ると、キョウは軽く肩を竦める。
さっき電話で千歳の状態を知っていて、変に触れないと言っていたしこれ以上余計なことは言わないようだ。
キョウはそうでも、ケントは知らないからずかずかと来る。まあ、別に二人は信頼しているし、彼らと比べると自分は未熟なことは理解しているので、格好悪いところを見せるのにそこまで抵抗はない。
というか、今はもやもやしすぎてむしろ聞いて欲しいかもしれない。
ずっと連絡は来ないし、あの男といると思うとなんかぐわっと溜まっているものを吐き出さないとしんどすぎて、自分がなにをするのかわからない。
「俺、他のことが考えられないくらい夢中になるの初めてで」
「なるほど」
「1分1秒でもそばにいたいのに、相手はそう思ってないってこともわかってるんですけど、同じように思って欲しくて」
「まあ、好きになったらそうなるわな」
「ですよね。それになかなか名前呼んでくれないし」
「名前?」
「あと、連絡は俺からだし」
「それは寂しいな」
「そうですね。これは寂しいってことなんですね」
そこでまたはぁっと悩ましげに溜め息をつく千歳に、ケントはんんーと首を捻り、人様の恋愛にどこまで首を突っ込むべきかと悩む。
どうやら、出会った時から大人びていた子供がようやく感情を揺さぶられる出会いをしたようだ。
是非とも実ってほしいところだか、千歳を前にしても簡単になびかないとなると、容姿にほいほい釣られる女じゃないってことだ。
あとは、アプローチしているってことだから、積極的に動いているということで、二人で出かけたりまではしているのだろう。それでも靡かないってどんな女性なのか気になる。
まさか、相手の女性に好意を示すはっきりとした言葉を口にしていないとは思いもしないケントは、年長者っぽく、ぽんぽんと若者を励ますように頭を撫でた。
頑張っている相手に頑張れとは言えないし、いろいろ拗らせてはいそうだが一般的な反応だし、そこは自分で折り合いつけていくしかない感情だ。
「彼女に思いが届くといいな」
これだけ千歳を本気にさせる女を見てみたいものだと、好奇心も含めケントは激励した。
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