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第二部 第五章 これから
推測①
しおりを挟む私は思わず目をぎゅっとつぶった。ついでに息も止めてしまう。
「エリー」
どこまでも和らぐ声音で名を呼ばれ、私はおずおずと目を開けた。
労わるように頬、そして傷が残っている痕を撫でられる。
自身の治癒能力を促すために完全に治していないだけで、今は痛くはないし痕も残らないと聞いている。
それなのに、ルイは自分のことのように痛ましげに眉を寄せそっと触れてくる。
ゆっくりと時間をかけ辿られその指が半周したあたりで、私は我慢しきれず溜めていた空気とともにくわっと変な声が漏れ出た。
ぴくりと止まった手と、くすりと笑うルイの吐息が頬をかすめていく。
くわって何? 自分で自分が残念だ。女子としてどうよ?
だったら何がいいかとかもないのだけど、もういろいろ我慢の限界だと頬の火照りも含めて誤魔化すように口を開いた。
「えっと、話なのだけど」
「うん」
コホンッと咳をして切り出すと、ルイは私の首からするりと指を外した。その際に、同じように顎のラインを撫でられた気もしたけどきっと気のせいだ。
ルイにその流れのまま手を包み込むように握り込まれ、にっこりと笑顔で待ちの顔をされる。
何を聞いても離れないと、どこまでも私の不安を取り除こうとするかのようでいて、逃げるなよとも言われているようだ。
繋ぎ合わせた手から、互いの熱が伝わる。
「その、話というのは」
「ゆっくりでいいよ」
せっつかれるような、早くはっきりさせてしまいたいような気持ちが溢れる。
にこにこと笑みを浮かべるルイは、ここで愛おしそうに目を細めた。
──うっ、隠す気ないよね!?
さっきの今だ。さすがの私でもこの視線の意味くらいわかる。
アワアワしているのも嬉しそうに見られ、ほんわかしているのに押しが強い。
常に私の機微を察してフォローしてくれるルイなので、本気で困らすつもりはないのだろう。
告白も私の秘密を知っても動じない要素の一つだと、事前に教える意図もあったのかもしれない。
自惚れでなければ、それだけルイに想われているということだ。
──ああぁぁ、ここに来てたくさん考えることがありすぎる!
いいことも、悪いことも。
どこから考えればいいのかわからないくらい、十六歳を境に一気に押し寄せてきた。
私は一向に収まらない火照りを見られるのも恥ずかしくて、その一つの原因でもあるルイの胸に、ゴツンッと勢いよく額を預けた。
ちょっと八つ当たりじみてるけど、そっと預けるなんて可愛い真似はできない。
「ルイ……、やっぱりちょっと離れよ」
「ダメだよ。さっきも言ったよね? 今離れるのは僕の精神的に無理だから。そもそもどうしてそんなに離れたがるの?」
落ち着いて考えることも話すこともできそうにないと、精一杯訴えたつもりなのだけど軽やかに却下される。
「……だって、恥ずかしい」
本音が漏れた。もう、取り繕うこともできない。
ルイが話すたびにかかる吐息もどうにかしてほしい。だけど、自分から離れるのはなんだか寂しくて。
「………そう」
そうって何?
「えっと、離してくれる気は?」
「嫌だよ。それにエリーも本気で離れたがっているわけじゃないよね?」
ちらりと手のほうに視線を向けられて居たたまれない。そこ、スルーしてほしかった。
「えっと、ならこのまま?」
「そうだね。でも、少し話しにくいからこうしよう」
その言葉と同時に軽々と膝の上に置かれる。
どちらも正面を向いているので直接顔を見ることはなくなったけれど、密着度は上がった。
「ル、ルイ~~」
情けない声で抗議すると、そのままきゅっと後ろから腕を回される。
「これだとしっかりエリーを捕まえておくことができるしね。それに顔を合わせるのを恥ずかしそうにしていたし、そんなエリーを見てたら僕としてもちょっとね」
ちょっと、何?
見上げると、今までにないくらい困りながらも愛おしそうに目を細めたルイが私を見下ろしていた。
向けられる眼差しが、行動が、私を好きだと告げている。
転生を繰り返してきた、今の私に対して向けられる想い。それらが昨夜ぺりっと割れたところからじわりじわりと熱が帯びてくる。
この温もりを離したくないと思った。
向けられるものを大事に受け取ることはしたいし、それらに報いることをしていきたい。
それはルイに限らず、ずっと変わらないままエリザベス至上主義を貫き通してそばにいてくれたマリアにも言えることだ。
私は大きく息を吐き出し、回されたルイの手の上に自分の手を重ねた。
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