上 下
144 / 185
第二部 第四章 忍び寄る影

side双子王子 恐怖の夜①

しおりを挟む
 
 時は少しだけ遡る。
 エリザベスたちが監禁されているその頃、王城では異変が起きていた。

 月夜が冴え冴えと美しい。
 その姿を写し取った湖に映る光は幻想的で、それは音など無粋だと思うほどの、しん、と静かな夜だった。

 朝から講師による勉強に、魔法や剣術の練習。その後は全力で身体を使って弟と遊びまわったジャックはいつものようにぐっすりと睡眠を貪っていた。
 これでエリザベスに会える日はさらに絶好調。彼女といると時間が経つのがあっという間で、いろんなことが新鮮で楽しい。
 残念ながらここ数日会えていないが、兄に連れてくるように催促しているのでそろそろ会えるはずだと、その日が楽しみだなと寝台に入って数分後、小さな寝息が聞こえ出した。

 スゥーピィー スゥーピィー

 心身ともに健康的な日々。時間になったら眠くなって、いつもの起床時間まで起きることは滅多にない。
 活動的な双子は起きているときも天使のような容姿に振る舞いだが、寝ていればさらに天使度がアップ。
 金の髪はさらさらで、瞳が閉じられ薄く開いた口はあどけない。眠ると幼さが残る輪郭が際立ち、そこにいるだけで見る者に微笑を浮かばせる。

 それは隣の部屋で眠るエドガーも同じだ。
 上を向いて眠るジャックとは違い、エドガーは少し丸まって小さく寝息を立てていた。そして、たまにごそごそと寝る方向を変える。
 昼間は兄のほうがよく動くが、夜はエドガーのほうが動く。

 容姿も言動も好みもそっくりであるが、すべては同じではない。
 そっくりな双子を見分けるのはごく近しいものだけだが、年齡を積み重ねるごとに少しずつ差異はでてきた。それでも、とっても仲が良いのは変わらない。

 その日はシモンの双子の兄弟、ジャックとエドガーにとって、いつもと変わらない日であった。
 だけど、この先決して忘れられない日となった。

 まず、兄のジャックのほうであるが、ふと夜中に目が覚めた。
 目を開けるとまだ周囲が暗いことに首を傾げ、自分でも珍しいなと思いながらなんとなく下腹に水分が溜まっていることに気づいた。
 エドガーが止めるのも聞かないで、寝る前に調子に乗ってジュースを飲みトイレに行きたくなって目が覚めてしまった。次からは気をつけよう。

 目が覚めて下腹を意識したからには出したくなったので、面倒くさいが行っておくかとジャックは寝台から足を下ろした。
 ぽてぽてぽてと覚めきらない身体を動かし、数歩足を進めたところで違和感を覚えて立ち止まる。

「…………?」

 なんとなく肌寒く感じて、腕をさする。
 そういえば、一人で寝るようになってから夜中に目が覚めるのは数えるほどだと気づき、途端になんだか怖くなってきた。

 シーンと静まり、人の気配がしない夜中。
 正確には夜勤の護衛はいるのだが、緊急事態ではないと姿は見せないし訓練された彼らは物音一つ立てない。

 いるとわかっていても、いるかいないかわからない気配のなさにジャックは心細くなった。
 だけど、そんなことでいちいちビビる自分というのも許せなくて、気にしないぞとまた歩き出そうとしたその時、ふと違和感の正体に気づいた。

「あれ? こんなに暗かったっけ?」

 窓から多少は外の光が入り込むはずなのに、部屋にうっすらとついている常夜灯の光だけしか感じられない。
 だからか、と納得しかけて立ち止まる。

「えっ? やっぱりおかしい?」

 なんで? と思考が動き出し慌てて窓へと視線をやり、ジャックは、「ぎゃぁぁぁぁー」と声を上げた。

「えっ、何? なになに?」

 窓にはべったりの綿? ん? 暗くてよくわからないが白っぽいものが一面広がっている。
 それが、ジャックが声を上げたことで激しく動きだしたのだ。

 ガタ、ガタガタガタガタガタガタ
 少し遠くで、コツ、コツコツコツコツコツコツという音まで聞こえてくる。

 それは次第に窓を割ってやろうとばかりに、ガツガツガツッと叩きつけるような動きになった。
 ありえない。防御魔法で攻撃に強いはずなのに振動するなんて。

 ガタガタ、コツコツ。ガツガツ。

 夜中に得体の知れない音は恐怖でしかない。
 ましてや、ジャックの隣にはいつもいる双子の相方はいないのだ。

 日々頑張れるのも、いたずらを楽しめるのもエドガーがいるから、安心できる相棒がいるから堂々としていられる。
 ジャックは一気に心細くなった。

「えっ、何? なんなんだ?」

 声を出さないと冷静でいられない。
 ジャックが見ている前で、綿みたいなのが少し離れたと思えば、バシンバシンと体当たりするかのように打ち付けてきた。

「うわぁぁー」

 明らかな意思を持った動きに、いつでも魔法を発動できるように右手は構えた。
 ジャックの魔法属性は土。壁を作って万が一の時には防御くらいにはなるはずだ。

 部屋には、そのために上質な土を運び入れている。日々の鍛錬のためでもあり、こういう時のためでもある。
 緊張したなか、それ・・はまた離れたかと思うと、ムギュゥっと大きな肉球が窓にへばりつきミシミシッと窓にヒビを入れた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

殿下、今日こそ帰ります!

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
彼女はある日、別人になって異世界で生きている事に気づいた。しかも、エミリアなどという名前で、養女ながらも男爵家令嬢などという御身分だ。迷惑極まりない。自分には仕事がある。早く帰らなければならないと焦る中、よりにもよって第一王子に見初められてしまった。彼にはすでに正妃になる女性が定まっていたが、妾をご所望だという。別に自分でなくても良いだろうと思ったが、言動を面白がられて、どんどん気に入られてしまう。「殿下、今日こそ帰ります!」と意気込む転生令嬢と、「そうか。分かったから……可愛がらせろ?」と、彼女への溺愛が止まらない王子の恋のお話。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

追放された宮廷錬金術師、彼女が抜けた穴は誰にも埋められない~今更戻ってくれと言われても、隣国の王子様と婚約決まってたのでもう遅い~

まいめろ
ファンタジー
錬金術師のウィンリー・トレートは宮廷錬金術師として仕えていたが、王子の婚約者が錬金術師として大成したので、必要ないとして解雇されてしまった。孤児出身であるウィンリーとしては悲しい結末である。 しかし、隣国の王太子殿下によりウィンリーは救済されることになる。以前からウィンリーの実力を知っていた 王太子殿下の計らいで隣国へと招かれ、彼女はその能力を存分に振るうのだった。 そして、その成果はやがて王太子殿下との婚約話にまで発展することに。 さて、ウィンリーを解雇した王国はどうなったかというと……彼女の抜けた穴はとても補填出来ていなかった。 だからといって、戻って来てくれと言われてももう遅い……覆水盆にかえらず。

処理中です...