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第二部 第三章 記憶と夢と過去

記憶と夢②

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 何が、天使くんだ。彼の弟双子を天使のようだと言っていても、それは比喩であり宗教で語られる天使だと実際思っているわけではない。
 なのに、同級生の王子に向かって天使発言。もろもろ、ちょー恥ずい。

「あっ、これは、えっと……」

 焦って言い訳を考えていると、シモンはじっとこっちを観察しまるで花が綻ぶかのように笑った。
 あのシモンがである。作為など何も感じない、自然な笑顔を見せられ私は口を閉ざす。
 常に大人びた相手の、そのあまりにも見慣れぬ年相応の笑顔を前に、私の体温がぶわぶわと上昇する。
 
 ──なっ、何その笑顔!?

 やっぱり、天使じゃん。
 じゃんとか、実際使ったことないのに出ちゃうくらい動揺する。

「その、天使くん?」

 やっぱり自分の発言はイタイなと思いながらも、それしか確認しようがなかった。
 目の前の人がこの国の第一王子であるシモン・ランカスターであることは十分理解している。
 本当、自分で言っていて恥ずかしいったらなかったが、今の笑顔はまさに天使。さすがあの双子の兄。

 そして、その笑顔を見て私は確信した。
 記憶にある、正確には夢だと思っていた天使様は目の前の王子であると。
 おずおずと反応をうかがうように確認した私を見たシモンが、視線を和らげて悪戯っぽく聞いてくる。

「思い出した?」
「はい。思い出したというか、夢だと思っていたといいますか。あの後熱を出したので記憶が曖昧で」
「そうだったんだね。熱で夢だと思っていたのか……。忘れられたのか、そのことに敢えて触れないようにしているのかと思ってたから、理由がわかって安心したよ」

 そこで嬉しそうに笑む姿に目を奪われる。
 
「……すみません。それと重ね重ね申し訳ないのですがそういった理由で記憶のすり合わせというか、まずそこからお願いしたいのですが」
「ふふっ。ならそうしようか。ほら、そこがお勧めスポットだよ。そこでゆっくりと話そう」

 すらりとした身体から伸びたシモンの手が前方を指し、私は釣られるように視線を投じた。

「うわぁっ」

 一瞬で目を奪われ、思わず感嘆の声が漏れる。
 木々を抜けてあらわれたそこには、ぽっかりと空間ができていた。

 周囲を木々が覆い、そこだけ隔離されたような場所。
 木々の合間から漏れいる木漏れ日が、カーテンレースのように柔らかく周囲を照らす。まるでここだけが違う世界、妖精が暮らしているような柔らかな光に包まれていた。
 横倒しになった木の上にシモンは上着を引くと、私に座るように促す。

「どうぞ」

 王子の上着~、と内心ビクつきながらも礼を告げて腰掛けると、その横にシモンも座った。
 その際に、ふわりと甘く爽やかな匂いが漂う。
 距離の近さ、これから話すことを考えると、トクトクと心臓と速まる。

 ちらりと横を盗み見ると、穏やかな表情をしたシモンがこちらを見ていた。
 話を急かすつもりはないようでなので、私はぐっと足を前に出して上を仰ぎゆっくりと目を閉じた。

 鳥のさえずりや木々の葉がこすれ合う音が優しく耳を撫でる。
 それらを十分に堪能し、大きく深呼吸をして私はシモンのほうへと身体の角度を少し変えた。
 
 ──なるようにしかならないか。

 シモンも同じように目をつぶっていたようで、私の動きを察し静かに瞼を上げた。聡明な瞳が私を射抜く。
 その双眸に捕らえられながら私は切り出した。

「あの日話したこと、シモン様はどう考えていらっしゃいますか?」

 シモンが首を傾げると、金の髪が陽に透けて白く輝きさらさらと流れる。

「実際のところ半信半疑ではあったのだけど子どもだったし、秘密は魅力的だったよね。だから信じたいと思っていたかな」
「秘密。そうでした」

 シモンの声音はずいぶんと穏やかで、懐かしむように私を見つめる瞳と視線が重なり、話す内容は緊張を強いられるものなのにほわっと心が軽くなる。
 今までどこか距離を置いてしまっていたのは、ずっと試されるような、推し量るような、見透かすような瞳を向けられていたからだと気づく。
 シモンも私が何を考えているのかわからなかったからなのだと思うと、本当に申し訳ないことをした。

 そして、徐々に当時のことを思い出してきた。
 お互いに普段は曝け出さないここだけの秘密として、まさしく天使のように神々しい少年がぽつぽつと語るやりきれない思いの吐露を聞き、私も話しても大丈夫だろうと転生について触れた気がする。
 
 ──ホント、どうかしてたわっ!

 そうは思うけれど、何度も転生を繰り返し抱えきれないものがあったのも事実。
 誰か、たとえ一人でも、自分のやっていることは無駄ではないと肯定してくれるだけで随分違うものだ。

 あまりにも美しい造形美。しかも、七歳、いや第一王子は春生まれだからその時は八歳か、といえばまだまだ幼く、それはもう可愛らしい男の子であった。
 現実味を帯びないシチュエーションと、そして風邪のひき始めで熱があったこと。そのすべてが判断を鈍らせ、ぽろりと思いの丈を彼に話した。

 そういったことをすっかり夢だと思っていたわけだけどと、すっと伸びてきたシモンの手を見つめた。
 その手が、私の頬にかかったピンクの髪をとり耳にそっとかける。
 優しい手つきに、同じようにされたあの日のことが鮮明に思い出された。


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