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第二部 第二章 学園七不思議

ざわつくそうです①

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 ぶすりと告げられ、さらに低くなったサミュエルの声は明らかに不機嫌そうだ。

「えっ、なら何が聞きたいのですか?」

 わかりやすく言ってくれと詰め寄ると、じっと見つめられる。
 思わぬ近い距離で視線と視線が絡まり、一向に離れる様子がないので私はちょいちょいと目の前で手を振った。
 サミュエルは癖のある赤髪をがしがしと掻きながら、わずかに口を尖らせた。

「ああ~、別に気になるとかではないからな。ただ、どうしてユーグと二人きりで週末を過ごしたのかということだ。別に気になるとかではないからな」
「はあ……」

 必死になって否定するサミュエルに呆気にとられながら、拗ねたような物言いに目を見開く。
 汗をかいたせいで張り付いた前髪がいつもと違って艶っぽい。

「聞いているのか?」
「聞いてますよ」

 この一年でサミュエルもかなり男気が上がった。
 身長は伸び、きりっとした男らしい顔立ちはさらに精悍せいかんさが増し、今みたいに色気を含むこともあった。

 サミュエルは『サミュエル殿下見守り隊』という名のお姉さまがたに親しまれており、相変わらずモテている。
 その見守り隊のお姉さまに捕まってしまうと大変だ。

『あのいつまで経っても女性に慣れない不器用そうなところが堪らないわぁ。ね、エリザベスちゃんもそう思うでしょ?』
『あと、何よりまっすぐで鈍感そうなところもツボなのよ。嘘をうまくつけない男って誠実でいいと思わない?』

 などなど。必ず最後に『汗をかいたあとはすごいのよ~。カッコイイわよね? そう感じないのは女として終わっているわ』と熱弁される。
 それらを散々聞かされてきた私は、思考を毒されたのかサミュエルの運動後を何気なく見てしまうようになった。

 確かにカッコイイと思えるそれは、異性だな、男だなと見惚れるレベルだ。
 それに、そう感じないと女性としてアウトーッ! と言われているので、さすがにそれは嫌だなとそう感じることが良いことだとほっとしていたりする。
 明らかに洗脳されていた。

 ということで、一年前より男女のなんたるかを考えることも増えた。
 学生生活を送っていくなかで他人事だったのが、姉を含め年上の親しい先輩などにそんな話をされたら現実味を帯びてきたというか。
 確かにさっきのような真剣な取り組みを見た後では、それを認めざるを得ない。

 キャーキャー騒ぐのがわかるなと力説されるたびに初めは首を傾げるばかりであったが、一年彼を見てきて言わんとしていること、友人の格好良さを身近で感じてきた。
 心のどこかで転生者だから、またループするかもと思って距離をとっていたものがなくなり、この場に対等にいる者としてこの世界を見るようになった。
 
 だが、当の本人は色気を出していることには無頓着。相も変わらずであった。
 ふっと息をつくと誤魔化すと思われたのか、至近距離で見つめられついと目を細めて責められる。

「本当か?」
「はい。サミュエル様が気になるわけではないけど、週末ノッジ様と出かけた理由を知っておきたいということですね」

 言葉にすると変だった。
 結局、気になるから知りたいのではないのだろうとは思うが、本人は認めない。

「だから、違うからな」
「はいはい」

 二度も言われて強調されると、気になっていると言われているのと一緒だろう。
 また必死に否定するので、もうどっちでもいいとついつい返事もおざなりになってしまう。

「違っ、まあいい。どうして二人で出かけた?」

 あっ、妥協したんだと軽く口を尖らせたサミュエルを見ると、それに気づいた彼は今度はきゅっと唇をきつく結んだ。
 それから、どうなんだとばかりの視線を向けてくる。

 うーん。やっぱり本人が気になっているからなんじゃ、と思わず笑いそうになってぐっと堪える。
 じゃないと、それこそすごい勢いで否定してきそうだ。

「従者もいましたが?」
「そんなことはわかってる」

 思わず笑いを含んでしまった私の言葉にぶっきらぼうに答えるサミュエルは、しかめっ面をしているが心なしか照れているように見えた。
 自覚があるのだろう。

 だが、夕日のせいではっきりとその顔色はわからない。
 それでも、こちらに向ける眼差しは和らぎ、不機嫌さはどこかにいったようなのでほっとする。

 この一年で、サミュエルとはそれなりに良い関係を築けているはずだ。
 不器用でまっすぐで、一度認めた相手は心を砕く人。
 ルイの友人としてだけでなく、何かしら認めてくれて私のことも親しい側にいれてくれていると思っている。


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