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第二部 第一章 新たな始まり

話し合い始まります①

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「これと、これと。あとこれも必要かも」

 ユーグと別れた私はさっそく今日の収穫を棚に並べ、そこから必要のあるものだけ鞄に詰め込んだ。

 開けた窓から春の青い匂いを含んだ風がそよそよと室内に流れ込み、誘われるようにふと外を眺めた。
 学園内なのが信じられないほどの広大な土地が広がり、大きな森から街のような建物も並ぶ。ほとんどの物が学園を出ずとも揃うため、非常に助かっている。

 ここからでもよく利用する店の屋根が見え、そういえば最近行っていなかったことを思い出す。
 そろそろ顔を出さないと後が大変そうだ。

「行くとしたら週末かな。そうするといろいろ準備もしないとね」

 そうひとりごち着替えを済ませた一時間後、私は応接室に来ていた。
 ノックとともに現れた私の姿、特にスカートに目を留めて、先に来ていたユーグが無表情のまま口を開いた。

「先ほどとあまり様子が変わっておりませんが、一時間何をされていたので?」
「ええ、少し事情がありまして」
「事情ですか」
「ええ。事情です……」

 そこでユーグはわずかに眉間を寄せて言葉を繰り返す。
 私は正面から見据えられ、居心地の悪さに語尾が小さくなった。

「是非とも、その事情も教えていただきたいところです」
「……ええ」

 呆れを含んだその声音に詰められて、私は小さく返事をした。
 そもそもユーグと話す場合、こちらに分が悪いことが多くついつい彼の反応を私はうかがってしまう。

 どこまで触れてくるのかとアンテナを立ち上げている私と、いつでもどの方向からでも斬りかかれるユーグとでは、どちらに会話の主導権があるのか一目瞭然だ。
 さて、この先はどうしようかとそっと視線を向けると、「座ってください」と促され腰をかけた。
 その際に、ユーグが紅茶を淹れるために立ち上がる。あらかじめカップを温めて用意してくれていたようだ。

 王子の側近であるユーグは当たり前のようにそれらをこなすので、普段身分ゆえ奉仕される側であるが女子力が気になってしまう。
 そして、彼の淹れた紅茶は洗練されていて、どれもこれも美味しいときた。
 女性が嫌いだという割にそういうことを普通にこなせるところを見ると、出来過ぎな青年だと思う。

 ──愛想以外は完璧なのよね。

 今だって敬愛するシモンがおらず私だけなので、私に合わせてなのか女性好みのフレーバーティを淹れてくれた。
 ピーチなどのフルーツの甘い香りがこちらまで届き、気持ちを和ませふわっと気分も上がっていく。

 この美貌に王子の信頼度、そつなくこなせるできる男。もう少し人当たりがよければすごく人気がでること間違いなしだ。
 だが、その愛想の悪さを前面に押し出し第一印象からずっとそれをキープし続ける徹底ぶりが、ユーグ・ノッジという人物を語っている。

 私は王子たちといることが多くユーグと必然的に関わるのでたまたま知ることができたが、ただのクラスメイトでは知ることはできない。
 きっと気づいていない。気づかせたくない。それがたまにもったいないと思う。それくらい万能な青年である。

「どうぞ」
「ありがとうございます。いい香りですね」

 目の前に置かれありがたく頂戴する。それと同時に、ユーグもカップに口をつけた。
 流れるような所作にカップにかけられた長い指を眺めながら、王子がいない時にこうしてお茶をするのは初めてなのだと意識する。

 三王子の中で一番武術に長けているのがサミュエル。その彼には劣るが、ユーグは剣術に長けているとシモンが話していたのを今思い出す。
 確かに、凛と伸びた背筋と隙のない姿は孤高の獣のようだ。
 仕掛ければ容赦なく切って捨てるのであろう冷たさと気品が、紅茶を飲む所作だけで伝わってくる。

「本当に美味しいです」
「そうですか」

 褒め言葉にも端的な反応で速攻会話は終了だ。
 私も彼に対して多くの言葉は求めていないが、シモンがいる時との態度の差をひしひしと感じる。

 いつもは一歩下がって存在を消す相手なので、改めて注目するのは初めてかもしれない。
 目新しい気持ちでその姿を眺めていると、観察していることがばれたのかじろりと呆れるように睨まれて、私は居住まいを正した。

「あの、ノッジ様。何から話せばいいのでしょうか?」

 誤魔化すように話題を切り出す。
 ぴくりと動作を止めたユーグが、静かにカップを置き思案げに頷く。

「本日は話す気が本当におありなんですね」
「……どういう意味ですか?」
「さて? それはご自身の胸に聞いてください」
「胸?」

 のらりくらりと確信をつくことは避けてきたから、それらについてなのだろう。
 だけど、何度も言うが絶対隠さなければならない行動はしていないつもりなので、相手が本気で知りたがり、それ相応の場が設けられれば話しているようなことばかりだ。
 だから、ユーグの意図がわかるようでわからず、私は首を傾げた。

「わからないです」
「……当然ですね。わかっていたらそのような行動はされないでしょうから」

 両端を薄く引き上げて、皮肉を言われてしまった。
 外面そとずらのみの笑顔に、私の背筋が凍る。

 ──わからないなりに思案はしてるんだけど……。

 小さく吐息をこぼし、それを隠すように笑顔を浮かべた。

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