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第一部 第五章 終わりの始まり
秘密の庭園と求婚②
しおりを挟む「無事でよかったです」
「……うん」
私がそう告げると、目線を下げてジャックが小さく頷いた。
ドレスに水がふんだんに含まれ動きにくく、ぎゅうっと絞るように水を出す。
ペイズリーに頭を吹かれながら、「無理をしないでください」と怒ったように小言を言われ私は眉尻を下げた。
「ごめんね」
「お嬢様のその突飛な行動に耐性はありますが、心臓のほうは慣れませんので。できる限り控えていただけたら私の寿命も延びると思います」
「そこまで?」
「そこまでのことをされてますので、是非とも私の寿命のためにももう少し考えてください」
「……努力します」
そう告げると、ペイズリーはふっと笑みを浮かべ肩を竦めると着替えを準備してきますと言って、その場を先に去って行った。
それを見送りジャックのほうへと視線をやると、心配したエドガーと従者たちにあれこれ安否確認をされており、困ったように眉が寄っていたがその顔色は悪くなく特に何も問題なさそうだ。
ほっと息を吐くと、そこでジャックが私の腰に体当たりしてきた。
「うわっ」
驚いて身体が後ろに傾いでいくなか、ジャックはぎゅうっと私の細い腰に腕を回すと目を輝かせ笑う。
「エリザベス、ありがとう! すっごくびっくりしたけど、ドキドキして楽しかった~」
「ジャック様」
私が声を上げて咎めるように彼の名を呼ぶと、そこで天使はしょぼんと項垂れた。
「……ごめん」
私の腰から離れないまま、そこで顔を埋めるようにぽつりと言葉を吐き出した。
反省はしているのよねとそっとジャックの肩を触ると、びくっと身体を強張らせたので優しく撫でる。
密着しているせいか、ジャックからはドキドキする胸の鼓動が伝わってきて、彼にとって衝撃的であったことがわかる。
アドレナリンが出て怖さと楽しさが混ざってしまったのかもしれないが、心配かけているのだからそれを楽しいと言っては駄目だ。
私は目尻を下げると、言い聞かせるようにゆったりと告げる。
「いえ。こちらこそ大きな声を出してすみません。ですが、殿下に何かあったら周囲の人たちも困ります。命の価値に身分などは関係ありませんが、ジャック様たちの周りには心配する人がたくさんいるでしょう? その数だけ悲しませることになるのです。できること、できないことの区別をつけることも大事ですよ。なので、今後は無茶する時は大人の側であったり、やはり護衛を遠ざけるのはやめたほうがいいと思います」
双子の可愛い我が儘に苦笑するように見守っていた彼らであるが、互いに今回のことは肝を冷やしただろう。
本人たちの意思をできる限り尊重したいところだけど、何かあっては困る身の上。
絶対的な主従関係は揺るがずバランスは難しいだろうが王族を守る彼らの仕事なので、彼らの仕事にできる限り協力するのも上に立つ者の努めなのだろう。
「……そうだね」
「ええ。私も甘かったと反省しております。大人しくするか、駆け回るならそれなりに周囲の配慮を受け止めることも大事です。今回のことでおわかりになったでしょう?」
「うん。僕たちが甘かったよ」
「エドガー様もですよ?」
「うん。わかった」
小さく頷いたエドガーは甘えるように私の服を掴み、ぎゅっと腰を掴んだままのジャックは神妙に頷いた。
それにほっと息を吐く。
王子相手に偉そうなことを言ってしまったけど、心配してくれる者のことと、これからを思うと言ったことに後悔はない。
彼らの反応を見てもその言葉は響いているようで、そのことがとても嬉しかった。
「といっても、私も人のことを言えないのですけど。私自身ももうちょっと考えないといけないことですから、三人で反省しましょうね」
そう締めくくると、ジャックとエドガーがさらにきゅっとくっついてくる。
『キュウ』
『リンリン』
それに合わせるように、キュウとリンリンが私の肩に乗り直す。二匹はすっかりそこがお気に召したようだ。
「濡れさせてごめんね。そして、助けてくれてありがとう」
「いいえ。濡れたぐらいどうってことないです。ジャック様が無事でよかったです」
「僕からもすみませんでした」
エドガーまでもがしょんぼりと項垂れる。
「どうしてエドガー様まで? よくわからないですが、どちらも無事で何よりです。従者の方もすぐに駆けつけてくださったので、きっと私がいなくても大丈夫だったと思いますのでお気になさらず」
「そうだとしても、躊躇わず川に飛び込んでくれたことが僕たちは嬉しいんだ」
エドガーが甘えるように鼻を私のお腹につけて、上目遣いでうるうるとを見つめてくる。
まるで愛おしいと言われているようなそれに、年下王子なのにとくんと胸が跳ねた。
「エリザベス。好き」
「はい。私も好きですよ」
瞳の奥が妙に真剣で変にドギマギするなと思いながら、可愛い天使の言葉に私も返す。
「僕も好きですよ」
こっちに向けとばかりにくいっと袖を引っ張り告げるエドガーの眼差しも、コバルトブルーの瞳の奥がとろりと甘く私を見つめている。
「エドガー様も好きですよ」
そう答えながら、私は落ち着かずほわっと頬を緩めた。
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