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第一部 第三章 騒動は唐突に降ってくる
sideサミュエル 逃げる令嬢①
しおりを挟む半年ほど前の雲ひとつない晴れやかな日。
爽やかな風が吹き、気持ちのよい日差しとは反対に、サミュエルは憤っていた。従兄弟のルイが王立学園の入学の延期を言い出したからだ。
王族に生まれたからには、恩恵と責務がある。王になるには、魔力、実力、人柄、様々なものが加味されて決まる。
はっきりとした基準は知らされていないが、選ばれたならふさわしくあろうと努力するだけであるし、ほかの者がふさわしいと決まればサポートするつもりだ。
サミュエルはできることをしていくのみで、その上で能力や人格を認めている従兄弟とは同じように励んでいくものだと思っていた。
年齢が同じだからこそ同じ条件で、それぞれの力を出した結果であってほしいのだ。だから、そんな色恋なのかまでは知らないが、一時の感情で入学を遅らせてルイが自分たちより遅れをとることが許せなかった。
何度も話し合い説明を受けても納得のいかなかったサミュエルは、ルイが数年前からテレゼア家の屋敷に通っていることを突き止め、直接その原因を見てやろうと屋敷へと向かった。
テレゼア家屋敷に裏口に到着するとすぐに、門の内側で長い紐をずりずりと引きずりながら歩いている同年代くらいの令嬢を見つけた。
地味な色味の服装ではあるが、その服装から使用人ではなく貴族の令嬢だということはわかった。けれど、その出で立ちから公爵令嬢だとは思わなかった。
そのピンクの頭には小鳥、背中には猫がへばりついており、一瞬、何に遭遇したのかわからず見つめてしまった。
門の外で不躾な視線を向ける男に対し、パチパチと長い睫毛が瞬き、その奥の菫色の瞳が不審げに揺れたのを見てサミュエルは慌てて声をかけた。
「テレゼア公爵家の者にお目通しを願いたいのだが可能だろうか」
「……どのようなご用件でしょうか?」
約束も取り付けずにやってきたので、どこの誰かはわからないが屋敷内にいて自由を許されているということは、それなりに付き合いのある令嬢であろうと目星をつける。
「ここにルイ・ランカスターが通っていると聞いて来たのですが」
「ルイ……、ランカスター? とは王族の方でしょうか? あなたはどなた様でしょうか?」
さらに不信感を募らせた彼女が、警戒心をあらわに尋ねてくる。
「失礼いたしました。私はサミュエル・ランカスターと言います。彼の従兄弟ですが、彼がどうやらこの屋敷の女性に誑かされていると聞いてきたもので、一度お会いしてお話しさせていただけないかと思ってやってきました」
「少しお待ちください。屋敷の外で話すようなことではありませんので」
身分証明となる王族のバッジを見せるとその対応だったのだが、後から息を切らしながらやってきたメイドに、令嬢はなぜか不服そうに開けるように指示をする。
扉の中は緑豊かな庭が広がり、彼女にくっついていた小鳥と猫はそちらに逃げるように去っていった。
それを残念そうに見送り、紐を申し訳なさそうにメイドに渡した令嬢は、ふぅっと大きく息を吐き出すように胸を上下させると、挑むようにサミュエルを見た。
「…………先ほどのお話ですが、そのようなお話は聞いたことがありません。人違い、場所違いではないでしょうか?」
「彼がここに通っているのは証拠が上がっています。その彼がそのご令嬢のために時間を割いていると言っているので、是非ともテレゼア公爵令嬢に会わせていただきたい」
「ですから、勘違いです。姉様はそのようなことはしておりません」
むっとして挑むように見上げてくる双眸に、サミュエルは獲物を見つけたと目を凝らし再度姿をその姿を捉える。
「姉様というと、マリア嬢ですか。では、あなたが妹のエリザベス嬢だろうか?」
「そうですが?」
「へぇぇ」
ルイを誑かす悪女にすぐに出会えるとはラッキーだ。だけど、考えていたイメージとは違い、しげしげとその姿を眺めた。
すると、きっ、と大きな瞳で睨まれる。身長差があるせいでまったく怖くもない睨みに、サミュエルはふっと口元に笑みを刻んだ。
社交界ではテレゼア家令嬢というと美貌の姉の噂で持ちきりで、妹の話は何かのついでにしか語られない。今回のことで調べるにあたって、妹は平凡、大人しいとの声ばかり。
しかし、ルイは『同じ年の令嬢』と言っていたので、姉ではなく妹のほうなのだ。
噂を聞けば聞くほど、なぜルイがその令嬢にご執心なのかわからなかったので、直接話すしかないと思ってやってきたのだが、サミュエルのどの想像とも違った令嬢の反応に検分するように彼女を見下ろした。
すると、媚びも恐れもないまっすぐな眼差しで、つんつんと嫌そうに告げられる。
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