上 下
37 / 185
第一部 第三章 騒動は唐突に降ってくる

sideサミュエル 逃げる令嬢①

しおりを挟む
 
 半年ほど前の雲ひとつない晴れやかな日。
 爽やかな風が吹き、気持ちのよい日差しとは反対に、サミュエルは憤っていた。従兄弟のルイが王立学園の入学の延期を言い出したからだ。
 
 王族に生まれたからには、恩恵と責務がある。王になるには、魔力、実力、人柄、様々なものが加味されて決まる。
 はっきりとした基準は知らされていないが、選ばれたならふさわしくあろうと努力するだけであるし、ほかの者がふさわしいと決まればサポートするつもりだ。
 サミュエルはできることをしていくのみで、その上で能力や人格を認めている従兄弟とは同じように励んでいくものだと思っていた。

 年齢が同じだからこそ同じ条件で、それぞれの力を出した結果であってほしいのだ。だから、そんな色恋なのかまでは知らないが、一時の感情で入学を遅らせてルイが自分たちより遅れをとることが許せなかった。
 何度も話し合い説明を受けても納得のいかなかったサミュエルは、ルイが数年前からテレゼア家の屋敷に通っていることを突き止め、直接その原因を見てやろうと屋敷へと向かった。

 テレゼア家屋敷に裏口に到着するとすぐに、門の内側で長い紐をずりずりと引きずりながら歩いている同年代くらいの令嬢を見つけた。
 地味な色味の服装ではあるが、その服装から使用人ではなく貴族の令嬢だということはわかった。けれど、その出で立ちから公爵令嬢だとは思わなかった。

 そのピンクの頭には小鳥、背中には猫がへばりついており、一瞬、何に遭遇したのかわからず見つめてしまった。
 門の外で不躾な視線を向ける男に対し、パチパチと長い睫毛が瞬き、その奥の菫色の瞳が不審げに揺れたのを見てサミュエルは慌てて声をかけた。

「テレゼア公爵家の者にお目通しを願いたいのだが可能だろうか」
「……どのようなご用件でしょうか?」

 約束も取り付けずにやってきたので、どこの誰かはわからないが屋敷内にいて自由を許されているということは、それなりに付き合いのある令嬢であろうと目星をつける。

「ここにルイ・ランカスターが通っていると聞いて来たのですが」
「ルイ……、ランカスター? とは王族の方でしょうか? あなたはどなた様でしょうか?」

 さらに不信感を募らせた彼女が、警戒心をあらわに尋ねてくる。

「失礼いたしました。私はサミュエル・ランカスターと言います。彼の従兄弟ですが、彼がどうやらこの屋敷の女性に誑かされていると聞いてきたもので、一度お会いしてお話しさせていただけないかと思ってやってきました」
「少しお待ちください。屋敷の外で話すようなことではありませんので」

 身分証明となる王族のバッジを見せるとその対応だったのだが、後から息を切らしながらやってきたメイドに、令嬢はなぜか不服そうに開けるように指示をする。
 扉の中は緑豊かな庭が広がり、彼女にくっついていた小鳥と猫はそちらに逃げるように去っていった。
 それを残念そうに見送り、紐を申し訳なさそうにメイドに渡した令嬢は、ふぅっと大きく息を吐き出すように胸を上下させると、挑むようにサミュエルを見た。

「…………先ほどのお話ですが、そのようなお話は聞いたことがありません。人違い、場所違いではないでしょうか?」
「彼がここに通っているのは証拠が上がっています。その彼がそのご令嬢のために時間を割いていると言っているので、是非ともテレゼア公爵令嬢に会わせていただきたい」
「ですから、勘違いです。姉様はそのようなことはしておりません」

 むっとして挑むように見上げてくる双眸に、サミュエルは獲物を見つけたと目を凝らし再度姿をその姿を捉える。

「姉様というと、マリア嬢ですか。では、あなたが妹のエリザベス嬢だろうか?」
「そうですが?」
「へぇぇ」

 ルイを誑かす悪女にすぐに出会えるとはラッキーだ。だけど、考えていたイメージとは違い、しげしげとその姿を眺めた。
 すると、きっ、と大きな瞳で睨まれる。身長差があるせいでまったく怖くもない睨みに、サミュエルはふっと口元に笑みを刻んだ。

 社交界ではテレゼア家令嬢というと美貌の姉の噂で持ちきりで、妹の話は何かのついでにしか語られない。今回のことで調べるにあたって、妹は平凡、大人しいとの声ばかり。
 しかし、ルイは『同じ年の令嬢』と言っていたので、姉ではなく妹のほうなのだ。

 噂を聞けば聞くほど、なぜルイがその令嬢にご執心なのかわからなかったので、直接話すしかないと思ってやってきたのだが、サミュエルのどの想像とも違った令嬢の反応に検分するように彼女を見下ろした。
 すると、媚びも恐れもないまっすぐな眼差しで、つんつんと嫌そうに告げられる。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢に転生しましたが、トラウマ級の幼馴染を撃退したい。

夜乃トバリ
恋愛
 私こと佐藤 澪(さとう みお)は、ただの幼馴染である北小路 レイナ(きたこうじ れいな)に殺されて異世界に転生した――。  え?ここってレイナが好きだった乙女ゲームの世界??この顔って、もしかして悪役令嬢??? レイナから散々聞かされた悪役令嬢の末路は、婚約者の心を奪ったヒロインに嫉妬して闇の力に目覚めて魔王となり、ヒロインと婚約者に殺される運命――それも回避したいけど、それよりも気になる事が……レイナ、いるよね?この世界に……――。  攻略対象の王太子さまは殺され仲間のあの人で……私は決心した。アイツを撃退して今度こそ穏やかな日常を手に入れるのだと……。    ※    ※    ※  何番煎じな感じですが、悪役令嬢ものです。一応、ざまぁになる……はず。  短編設定から中編、長編には至らないと思っていたのですが、予想以上の文字数になってしまったので、長編へと変更させて頂きました。変更2021.02.14  当初不定期更新の予定でしたが、何とか安定的に更新出来ている状況です。今後更新『時間』は不定期になります。また更新のお休みが事前に分かっている時は、告知を入れる事にしています。  色々と申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。2021.02.14

渡り人は近衛隊長と飲みたい

須田トウコ
恋愛
 20歳になった仁亜(ニア)は記念に酒を買うが、その帰りに足湯を通して異世界転移してしまう。 次に目覚めた時、彼女はアイシスという国の城内にいた。 その日より、異世界から来た「渡り人」として生活しようとするが・・・  最強の近衛隊長をはじめ、脳筋な部下、胃弱な部下、寝技をかける部下、果てはオジジ王にチャラ王太子、カタコト妃、氷の(笑)宰相にGの妻、下着を被せてくる侍女長、脳内に直接語りかけてくる女・・・  あれ、皆異世界転移した私より個性強くない? 私がいる意味ってある? そんな彼女が、元の世界に帰って酒が飲めるよう奮闘する物語。  ※一話一話は短いと思います。通勤、通学、トイレで格闘する時のお供に。  ※本編完結済みです。今後はゆっくり後日談を投稿する予定です。 更新については近況ボードにてお知らせ致します。  ※なろう様にも掲載しております。

存在感と取り柄のない私のことを必要ないと思っている人は、母だけではないはずです。でも、兄たちに大事にされているのに気づきませんでした

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれた5人兄弟の真ん中に生まれたルクレツィア・オルランディ。彼女は、存在感と取り柄がないことが悩みの女の子だった。 そんなルクレツィアを必要ないと思っているのは母だけで、父と他の兄弟姉妹は全くそんなことを思っていないのを勘違いして、すれ違い続けることになるとは、誰も思いもしなかった。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

処理中です...