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第一部 第三章 騒動は唐突に降ってくる

危うく悪役令嬢③

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「真犯人を明らかにする前に、このままでは勉強に差し支えがでます。取り敢えず、早く乾かすほうがいいと思いますのでそれらを私に預からせてもらってもいいでしょうか? 悪いようにはしません」
「……はい」

 怖がらせないよう姉のマリアを説得するときに使う、必殺はんなり笑顔を向けると、うろうろとしていた視線はそこでピタリと止まりこくんと頷いた。
 注目を浴びるなか、そして公爵令嬢の告げることには逆らえないだろうなと思ったが、その瞳は警戒の色が見えなかったので、私はまたにっこり笑った。

「ありがとう。サラ嬢」

 そこで、下の名前を親しみを込めて呼んでみる。
 謙虚だけど、一人で耐えてきた彼女はきっと強い。知ってしまったからには、少しでも憂いを取り除いてあげたい。
 私の立場ではそれができるのだから、しない選択肢はない。当たり前のことだ。

「ルイ、手伝ってくれる?」

 移動する際も自分についてきたルイを振り返ると、気難しげに眉を寄せていたルイは鷹揚に頷き、考え込んでいた様子からふわっと笑みを浮かべた。

「わかった。乾かすんだね」
「俺も手伝おう」

 近くにいたサミュエルも当然のように手を差し伸べてくる。本当、いい友人たちだ。

「ありがとうございます。ルイと私で風を出すので、少しだけ暖かくしていただけたら乾きも早いかと思います」
「わかった」

 一人でしようと思えばできないこともないが、逆の立場だったらやきもきすると思うので、心配してくれている友人を巻き込むことにする。
 三人で力を合わせたらあっという間だった。
 そして、最後に仕上げに緑魔法。すっと教科書に手を当て、本来持っている素材の力を借りてシワを伸ばす。
 緑魔法って本当に不思議だ。治癒や回復は人だけにとどまらず、物にまで通用するとか万能すぎる。

「いいできじゃないかしら」
「すごい。ありがとうございます。本当にありがとうございます!」

 嬉しそうに教科書を抱えるサラのこげ茶色の髪は肩下でふわふわし、同じ色の瞳もくりくりして可愛い。普段のおどおどした姿もそうだけど嬉しそうに笑う姿は、まるで小動物みたいな愛らしさだ。
 こんなにも謙虚で頑張っていて可愛い笑顔を向けられて、よしよしと抱きしめてあげたい。

 可愛らしいものや人が好きな私は、唇の端をふるっと緩めた。
 私の心の中で起きていることを見透かしたルイが、こほん、と咳をしたので、慌てて表情を引き締め取り澄ます。

「いえ。しでかした張本人かもしれないのに、預けてくださりありがとうございます」
「そんなっ」
「エリーのわけないじゃない」
「そうだな」

 当然のように言ってくれる二人の王子に、私はふふふっと笑う。

「二人とも信じてくれてありがとうございます。では、さっさと決着をつけにいきましょうか。二人とも、口を出さないくださいね」

 今、やる気に満ちているので止めないでほしいと、口の端を上げてニンマリと笑顔でお願いする。

「エリーが決着というと、先が少し不安なのだけど」
「俺もだ。あの日のことを思い出すな」

 ルイが不思議な微笑を浮かべながらぽそりと言ったことに、サミュエルもうーんと考えるように眉を寄せた。

「大丈夫です。そんな無茶はしません。ここがどこかはわかっていますから」

 そんな二人の様子を気にすることなく、問題なしだと明瞭な声で告げる私に、ルイとサミュエルが同時に見合い肩を竦める。

「やっぱり不安しかない」
「だな」
「なぜです? 潔白の表し方はまだわかっていませんが、ここまでお膳立てされて逃亡なんて嫌だもの。公爵家の名が泣くわ」

 武士の名がとばかりに、私は好戦的に言い切った。

「お膳立てなの?」
「ええ。それに私ちょっと怒ってます。サラ嬢の教科書が元通りに戻ってもされたことは彼女の心に残ってしまいます。その憂いを払うためにも、ことの次第をはっきりさせるべきです」

 それにこんな可愛いサラを虐めたと思われるのは不服だ。どちらかというとでたいのに~、とぷぅっと小さく唇を突き出した。

「気持ちはわかるし、僕もエリーの潔白を証明したいけど。うーん。エリーが意気込むと、ね」

 何やら怒りの矛先が変わってきているようなと嫌な予感がするなと言いながら、ルイは困ったように私を見る。

「大丈夫。何も心配いらないから。それにさっきの発言はルイを侮辱したも同然だったわ。先ほどの言葉はそう思っておられる方がほかにもいるということ。それはルイの友人として見過ごせないわ。この際、王子であるルイは不正なんて働いていないと証明しておかなければ納得できないから」
「そこに怒ってるの?」
「当然でしょ」

 胸を張って言い切ると、ルイが頬を緩め愛おしげに双眸を揺らめかせながらふわりと笑った。


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