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第1章
15混乱①
しおりを挟む内側をかき乱すような奔流に流され溺れそうになる中、それでいてどこか温かいお湯の中に浸かっている居心地の良さも感じる魔力にすっぽりと包まれる。
己の魔力が全てカシュエル殿下のものに書き換えられるのではないかと思うほど圧倒的なそれは、頭まで茹でそうなほどの衝撃だった。
「ぅっ……」
魔力には相性というものはあるが、そこまで相手に影響を及ぼすことはない。
レオラムはそこそこある方なのと感じにくい体質のようで、今まで大して気にしたことがなかった。
他の人もよほどのことがない限り、なんとなく自分にとって良いとか嫌だなとかそういったものを感じるだけで、性格の相性とそう変わらない。
恋愛でも仕事でもパートナーとしてよく一緒にいる相手なら能力も踏まえその辺りも加味するものだが、普段の生活ではそこまで気にしない。
だけど、カシュエル殿下のそれは絶対的な総魔力量の違いか、質の違いからかはわからないが、もしくは密着したまま浴びたせいか、今までに感じたことのないものだった。
レオラムは押し流されそうな勢いに、不敬だとか考える余裕もなく遠慮がちに触れていた肩から、より安定感のある方へと目の前にある王子の首に腕を回した。
「そう、そのまましっかりくっついて」
「……はい」
そんなレオラムの行動に異を唱えることなく、言葉通りもっとくっついていいよとばかりに腕に乗る尻の位置を器用に変えられ、先ほどよりも向き合う形になった。
レオラムはぎゅっとしがみつき王子の肩に顔を寄せ、襲いかかる魔力に耐える。
ふわっと体全体が浮くような浮遊感のあと、はあと熱い吐息がかかる。
それさえも過敏になった神経には毒となり、ピークを過ぎたと思った第二王子の魔力がぞろりと神経を逆なでするようで、ぶるりとレオラムは震えた。
「着いたよ。大丈夫かい?」
心配そうな声に大きく息を吐き出しレオラムがそろそろと目を開けると、部屋の明かりに照らされて柔らかに目元を細める紫の瞳とかち合った。
いまだにぐつぐつと煮え身体の内部を回る王子の魔力の感覚に、開いた拍子にぽろりと涙がこぼれ落ちる。
「あっ、申し訳ありません」
慌てて拭おうとしたが、それよりも先にカシュエル殿下の長い指にそっと掬われた。
ぱちりと瞬きをした際にまたこぼれ落ちたそれも同様に拭われて、優しい低音で囁かれる。
「顔色は悪くないから私の魔力を受け付けなかったとかではないと思うが、体調が悪くなったりはしてない?」
「はい。殿下の魔力量が多かったためか、どちらかというと驚いたという感じです」
「それは良かった。嫌だとかそういったことはなかったんだね?」
「はい」
真意を探るよう瞳の奥を覗き込むように再度念を押され、レオラムは思わず視線を逸らしそうになったが先ほどのやり取りを思い出しゆっくりと頷いた。
王子はほっと息を吐き出すと、立派なソファの上にレオラムを下ろした。
「これを飲むといい」
「ありがとうございます」
冷たい水が入ったコップを渡されて、緊張でからからになっていたこともありこくこくと飲みきる。喉から入る冷たさが靄のかかったような思考もクリアにしていくようだ。
ほっと一息を吐き人心地がついたところで、レオラムは周囲をうかがった。
白とダークブラウンを基調とした部屋に、今座っているソファを含め重厚な家具が配置され広く天井の高い部屋。その天井にまで柄があり、部屋には幾つかドアもあるのでさらに部屋が続いていそうだ。
ところどころに優しい色合いの緑が使われているため、そこまで圧迫感はなく優美な内装は見事としか言いようがなかった。
細かな細工や金の装飾、緩やかな曲線を描くテーブルの脚。どれひとつとっても気後れしてしまうくらい高価なものとわかるもので、当然現在座っているソファも座り心地からそうなのだろうとレオラムはもぞもぞと尻を動かした。
場違いな空間と魅惑的な瞳を持つ美貌の主を前に夢ではないかと思ってしまうが、カーテンが開けられたままの大きな窓からは満月が覗き、聖女召喚から今に至るまでの現実を突きつけてくる。
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