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番外編 縁談騒動②
しおりを挟むラシェルのトラウマは根深い。
少しずつ過去から解き放たれ、侯爵家嫡男として着実に力をつけている大事な時期に、縁談の話があるだけという些細なことで負担をかけたくなかった。
それが言わなかった大きな理由ではあるけれど、そう思う気持ちとは別にどこか遠慮のようなものがルーシーの中に常にあった。
大事にされていることはわかっているし、ルーシーもラシェルのことを愛しているし大事にしたい。
だけど、ラシェルの過去を思うとどうしても触れられないこともあり、自分たちの先が見えにくいのも事実であった。それに不安がないとは言い切れない。
「必要ないって……」
「……ごめん」
言葉を詰まらせてぐっと眉根を寄せるラシェルに、そんな顔をさせたかったわけではないとルーシーは謝罪する。
縁談の話が出るたびに、一緒にいたいと思う気持ちがあるからこそ、自分たちの先が重なり合うのか、人生設計の中に相手を含めるかどうかを考えてしまう。
どのように過ごすのかは結局自分が決めることなので、相手がどうでるかもだけど自分がどうしたいかも考えることは増えてくる。
「俺ってそんなに頼りない?」
絞り出すような声に、ルーシーは慌てて否定する。
「ううん。私の問題というか。受けるならさすがに話していたと思うけど」
「当たり前だよ!」
「……そ、そうだよね」
憤懣を呑み下すように真一文字に結ばれた口元を見て、ルーシーの表情に陰りが帯びた。
心が揺れる。
時は進むし、自分の生は自分のもの。人との出会いは一期一会でもある。
たとえ、今はとても大事であっても交わらないことがあることを、いろいろな職業の人たちを見てきたルーシーは知っている。
だから、ラシェルとの未来を期待すると同時に、交わらなかったときに行き遅れたのはラシェルのせいだと思いたくないから常に心の奥底で両方を模索する。
それは愛していることとは別ものだと、ルーシーは思っている。
あれやこれや理由を並べてみたけれど、縁談の話をすることで自分がラシェルの負担になるのが怖かったというのが一番の理由だ。
その話をすることで、万が一自分たちの今の関係が崩れるほうがルーシーは嫌だった。だから、言わなかった。それがルーシーの本音である。
「くそっ」
反省と迷いで沈み込むルーシーを前に、ラシェルは苛立つように声を荒げた。いつになく感情的なラシェルの態度に、ルーシーはびくっと肩を震わせた。
普段は甘く優しく、時に守ってあげたいとルーシーが思うような恋人のそれはとても心臓に悪い。
何が正解かがわからない。負担をかけたくない、負担になりたくないのに、怒らせてしまった。
実際、さっと血の気が引いていき、ルーシーは表情が歪んでいくのを感じた。ラシェルとのことを大事にしたいからこそ黙っていたけれど、それは間違っていたのだろうか。
ルーシーの顔を見て、ラシェルの表情に苦い後悔の色が浮かぶ。
「違う。こんなことが言いたいんじゃなくて。ごめん。本当はわかってる」
「わかってる?」
「うん。ルーが俺のことを思ってそうしてくれたんだって。俺が頼りないからルーが気遣ってくれているって。でも、たとえ断ることだとしても俺は知りたかった。ほかの男が関わる可能性を知らないままなんて嫌だ」
切々と訴えられて、ルーシーは項垂れた。
伝えなかったのはラシェルの過去を思ってのことだったけれど、こうだろうと決めつけたことは逆に失礼だったかもしれない。
ラシェルが素の部分を見せ甘えてくれるから過去のことは気遣って傷つけないようにと思っていたけれど、ラシェルだっていつまでも同じところに立ち止まっているわけではない。
相手のことを思うようで、自分の気持ちも織り交ぜになり、良いと思っていてもそれが相手にとって本当に良いかどうかはわからない。
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