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かけがえのない友人 *sideラシェル③

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 二人の間に何があって、どのような取り決めがされているのかわからないが、夫婦間には愛も、家族として体裁を保とうとするほどの情もないのは見て明らかだった。
 跡継ぎがいないから、引き取られただけの自分。
 衣食住と侯爵家の息子という立場を与えられただけの、赤の他人という認識のほうが強い。父親に期待することはとうの昔に諦めている。

「旦那様……、帰ってきたのですね。その、これは、違うんです。誤解だと旦那さまから殿下たちに説明していただけませんか?」
「そうです! 誘惑してきたラシェルなんです。私たちはラシェルが寂しいんだろうなって。だから、私たちは何も悪くないんです」

 義母たちは、侯爵にすがりつくように足下に縋った。
 レイジェスとロイジェスの二人は、敢えて義母たちの拘束を解いたのだろう。
 扉の前に立ち、ラシェルのもとに行かなければあとはお前の仕事だろうとばかりに、二人が侯爵のもとへ行くのを止めなかった。

 べたべたと二人に触れられた侯爵はおもむろに眉をしかめると、嫌悪感あらわに義母たちを睨み付ける。

「離しなさい」

 そう一言告げて、自分の護衛たちに拘束させる。
 それにも負けず、髪を振り乱し義母は侯爵に訴えた。

「卑しいラシェルが殿下たちにきっとあることないこと吹聴したんです。私たちは嵌められたんです」

 殿下たちの登場からずいぶんと大人しいと思っていたが、簡単に引き下がるようなタイプではないのはわかっていた。だが、今更何を言われたとしてもどうでもいい。
 しらけた気持ちでいるが、父親の反応は気になった。
 信じてくれなかったらとか、そんなセンチメンタルな感情からではない。ただ、どう動くのだろうなと生物学上父である侯爵の判断が気になった。

 衣食住を与えられ、侯爵の庇護がなければ、自分は孤児になってそれこそどうなっていたかわからない。
 だからこそ、煩わせるやつだと思われることは避けたかったし、この屋敷では義母たちが幅を利かせていたのでラシェルの味方はいなかった。声を上げても、義母たちに簡単に握りつぶされ侯爵に届くことはなかっただろう。

 知られるとどうなるかわからない不安はあったが、自分には手を差し伸べてくれる人がすでにいる。
 今この時も、ラシェルの横にいるアンドリューやオズワルドの気配が冷ややかになっていくこと、レイジェスとロイジェスが護衛用の剣に手をかけようとしていることのほうが心配で、気が気ではなかった。

「アンドリュー殿下に連れられてここまで案内したのは私だ。最初から横の部屋で一部始終聞いていた。侵入したところも、会話も、何をしたかも一目瞭然で疑いようはない」

 アンドリューかオズワルドあたりが、魔法で音を拾っていたのだろう。
 どうやって侯爵家から入ったのか気になっていたが、元から侯爵を巻き込んでいたらしい。
 王族といえども、他家に不法侵入して捕物をするわけにはいかないから、その辺りはオズワルドあたりがきっちり根回ししていたのだろう。

 魔法が使えると言っても、ずっと宙に浮いていられる魔法はない。だから、板か何かで横とこちらの部屋を繋いで、あとは持ち前の運動神経だとか魔法でバランスを取り、演出的に窓から現れたのだと思うと笑いそうになった。
 すべてが自分のため。彼らの思いと行動を知るたびに、義母や父のことは押しやられていく。

「違います。ラシェルが悪いんです。誘惑してくるから。母親に似て忌まわしい子なんですから」
「二人がかりでのしかかっておいてか? 昔からやり方は変わらないようだ。私に構わない分、屋敷では好きにしたらいいとは言ったが、息子にまで手を出していたとは。侯爵家に不利益を起こせば速攻離縁だと話していたはずだ。ラシェルは唯一の息子。侯爵家に必要な存在を虐げる権利はお前たちにはない。お前たちに従っていた者、この事実を知っていて報告しなかった者たちもそれ相応の罰を。連れていけ」

 侯爵が屋敷でこんなにも長く話すのを始めて聞いた。
 いくつか気になる単語はあったけれど、これで解放されると思ってもいいのだろうか。ラシェルはぼんやりとその姿を見送った。

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