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かけがえのない友人 *sideラシェル②
しおりを挟む「アンドリュー殿下。落ちついてください。とりあえず、ラシェルの説教は後にしてこれをさっさと処分してしまいましょう」
オズワルドが淡々と真顔で語る。
ぐっとこみ上げるもので泣きそうになっていたところに、『これ』と何の感情も籠もらない視線を義母たちに投じる姿に、こみ上げてきたものが一瞬にして霧散する。
睨まれるよりも、無を見ているような双眸に、二人は「ひっ」と声を上げて震え上がった。
――いや、オズワルドが言うとめっちゃ怖すぎないか?
考えるだけでも気分が悪くなるから、義母たちから離れられるのならば二人がどうなろうとどうでもいいけれど、彼に目を付けられたことは少しばかり気の毒には……、いや、友人の手を煩わせてしまうほうがやはり嫌か。
さっきから、彼らのせいで感情がぐちゃぐちゃだ。
こんな汚れた自分を知られることが怖かった。なのに、まるで遊びに来たかのようにしれっとやってきてラシェルを特別視することなく、彼らはラシェルの反応などを余所に強引に話を進めていく。
あと、窓からどうやってきたのか。ここは曲がりなりにも侯爵邸で、しかも二階なのだ。
ああー、ひとつのことを考えていられない。
自分がどんな表情をしているのかわからないが、ラシェルの視線に気づいたアンドリューがそこでふっと笑みを刻んだ。
「大丈夫だ。ラシェル。これが片付いたらしっかり説教するからな」
「……説教、ですか?」
どうやら軽蔑でも心配でもなく、説教をされるらしい。
ラシェルのこれまでを変えるようなすべてを救い上げるようなことをしておいて、恩に着せることもなく、だからといって特段寄り添おうとするでもない態度に救われる。
本当に敵わないなと、この時初めてラシェルは心からアンドリューに感服した。
きっと情けない顔をしているだろうラシェルを見て、オズワルドが澄ました顔でアンドリューの言葉を擁護する。
「あなたの視界に映っている嫌なものは、二度とこの世に顔を出したいと思わないよう、地中深くに沈める手段はいくらでもあります。なので、安心してしっかり説教されたらいいですよ」
安心して説教って……。
それよりも、この世に顔を出したいの言葉のチョイスが気になる。
「これは連れて行こう」
「そうだな」
この中で一番真面目なレイジェスとその兄であるロイジェスは、相手はあんなのでも一応女性なのにずるずると引きずっており、まるで物扱いでいいだろうとばかりに扉のほうへと向かっていく。
しかも、オズワルドに釣られて『これ』と言っているし。
彼らがどうでもいいとばかりに義母を扱うお陰で、あれだけ苦しめられた彼女たちの存在がとても小さく感じた。相手がこの国の王太子殿下であることも含め、萎縮した二人は騒ごうにも騒げず押し黙る。
睥睨するかのようにオズワルドが冷ややかに見つめ、裁量を測ろうとアンドリューの冷静な碧の瞳が二人から視線を外さないからもあるだろう。
義母たちがラシェルを見ないよう、騒がないよう、彼らが威嚇してくれているのだとはさすがに気づく。でないと、あの病的なほどしつこい二人が大人しくしているはずがない。
彼らだからこそできるそれに、やはり自分はすごい人たちの側にいるのだなとこんな時なのに感心する。
月がさやかに輝き、アンドリューたちがいるだけでこの部屋が明るく見える。
レイジェスたちが何をするのか何気なく視線で追い、そこでようやくラシェルはその存在に気がついた。
「ラシェル……」
開けられた扉の向こうにはいつからそこに居たのか、痛ましげな顔でこちらを見つめる父親が立っている。青い髪と垂れた目元はラシェルとそっくりで、血の繋がりは疑いようがなかった。
夜着姿の妻や義姉に目をくれることなく、その視線は一心にラシェルに注がれている。
父に憎まれているとは思わない。ただ、関心がないわけではないが積極的に関わろうとするほど興味がないのだろうだと思っている。
頻繁に家を空ける父の代わりに、この邸を仕切っていたのは義母である。父は深く関わらないことを前提に、義母たちに好きにさせているようだった。
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