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かけがえのない友人 *sideラシェル①

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 ずっと我慢しなければいけないと思っていた。
 誰も助けてくれない。誰も見てくれない。
 ようやくできた友人と呼べるような相手にも、話すことはできない。なにより汚くて、こんな自分を知られるのが怖いと思っていた。
 月光を背に、アンドリュー殿下やオズワルドたちがやって来るまでは。

 *

 その日は、アンドリュー殿下たちの様子がなんだかおかしいとは思っていた。
 こそこそと話し合い、帰りはやたらといつも屋敷のどの辺りで寝ているのか、何時頃に就寝するのか聞いてきた。

 王子を筆頭に基本真面目な者たちばかりなのだが、やることなすこと次元が違うこともあり、凡人には驚くようなことをアンドリューたちはしてのける。
 また、何か企んでいるのか、ただの世間話なのかどちらなのかはわからない。気にはなるけれど、侯爵邸に帰って最近さらに激化してきた攻防が始まるかと思うだけで、ラシェルは気分が滅入っていた。
 考えるだけで明らかに気分も悪くしんどくなる。王子たちの言動を深く気にする余裕はラシェルにはまったくなかった。

 義母や義姉は以前にも増してラシェルに固執してきて、それはいっそ病的だと思えるほど気味が悪かった。
 ラシェルも体力や知恵もついてきたので、早々簡単に捕まるようなことはないが、母が亡くなりこの屋敷に来てからずっと休息できる家ではなかった。

 日中不在であった部屋は、何を仕込まれているかわからない。
 油断していたつもりはなかったが、侵入を許して二人に乗りかかれたところに、昼間こそこそしていた王子たちが窓の外から現れた。

「やあ、私の大事な側近にあなたたちは何をしているのかな?」

 アンドリューの冷え冷えとした声が落ちる。

 王子の短く切りそろえられたプラチナブロンドの髪が、月の光で輝きを放つ。すべてを見透かすような碧眼は、言い逃れなんて許さないと自分たちを見据えていた。
 その横を守護するようにレイジェスたちが控え、その中でも蠱惑的な紫の瞳に人形のような完璧な美貌を持つオズワルドがうっすら笑みを浮かべているのがより一層現実感も乏しく、それでいて義母たちには恐怖の魔王到来とばかりに映ったようだ。

 一瞬にしてその場を支配したアンドリューが友人たちに視線を投じると、オズワルドは魔法で義母たちを退け、レイジェスとロイジェス兄弟は二人を捕縛した。
 本当にあっという間であった。

 長年淀んでいたこの場所にあっさりと侵入してきた彼らによって、突然新たな光と空気を入れられる。
 二人がかりで脱がされかけた服だとか、女性にのしかかられている決定的な場面を押えられ汚れていることを知られてしまったことにも混乱して、ラシェルはへらりと何でもないと誤魔化すように笑みを浮かべた。

「くそ。ラシェル、笑うな」
「殿下、言葉遣い」

 心底悔しそうに毒づくアンドリューに、ラシェルは自分の中にあるどうしようもないぐるぐるした気持ちを持て余し、いつも通りにと軽口を叩く。

「何を笑ってるんだよ。ああー、もう腹が立つな」
「そんなぷりぷりしなくても」
「お前がそんな感じだからこっちは怒ってるんだ。触れてほしくなさそうだったから、いつか話してくれるまで待とうと思っていた自分の甘さに腹が立つ」

 ぎりっと睨まれて、汚いものを見るような目をされることもなく、こんな場面なのに被害者だと哀れまれることもなく、いつもの変わらない様子にふいにじぃーんときて涙が出そうになった。

 やめてくれ。

 自分はこんなふうに心を砕いてもらえるような人間でもないし、ほかの側近に比べると秀でた能力もない。
 アンドリューの側近に選ばれたのも、侯爵家子息、年代が同じだったからだ。
 なにより愛人の子どもであり、ただ次期当主候補として生かされているにすぎない自分。

 ラシェルにとって、彼らとの時間は唯一心を休める場所を提供してくれるというのが大きかった。
 王子への忠義だとか彼らへの信頼は、まあ、そこそこ。その程度なのに、アンドリューたちは手を差し伸べてこようとしている。

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