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とくべつ2
しおりを挟む「今日の装いも可愛い。ルーに似合っているよ」
「ありがとう」
褒められて、ルーシーはこげ茶の瞳に笑みをたたえた。自然と顔が綻ぶ。
今日は濃くなりすぎないよう、それでいてラシェルに釣り合うようにメイクをしてきた。
暖かみのある淡い黄色のワンピースと、お気に入りの白のヒール。地味になりすぎないように、それでいて変装するわけではないので自分らしさを心がけた。
少しでも恋人によく見てもらいたくて、王都で着るための服をあれこれ引っ張りだして何度も鏡の前で確認していたら、それを見た弟にからかわれてしまったのもご愛敬。
それくらいこの日を楽しみにしていたし、実際に会えると胸の奥がじんわりと熱くなる。
会えない期間に育った恋心を意識しないではいられない。
この日が近づくにつれて、ルーシーはそわそわする気持ちを抑えきれず、ずいぶん落ちつきのない時間を過ごした。
ラシェルのことを考えることが増えるたびに、様々な期待や不安に揺れた。
毎日学園で会っていたのが、卒業と同時に会えなくなって寂しい気持ちや、通信魔道具でだけど話せる日は幸せを感じたりと、気持ちは忙しなかった。
ドキドキそわそわと、ときおり胸がぎゅっと締め付けられ、無性に走り出したい気持ちを持て余していた。
「ラシェルの髪型も、その服装も格好いいです」
「そ? まだ少し慣れないけれど、ルーが気に入ってくれたら良かった」
学生時代は第三ボタンまで開けていたラシェルは、今は第二ボタンまで閉めている。
チャラさが抜け少しだけ垂れ下がったラシェルの目は知的な印象に変わり、その双眸でじっと見つめられると頬が熱くなる。
会わない間、過去のトラウマも前髪を短くするなど克服しつつあり、出会いが多くモテるラシェルの気持ちが冷めていたりしたらどうしようなど不安もあった。
だが、自分を見る眼差しには以前と変わらず慈愛が見て取れ、ルーシーはほっとする。
いろいろ思うことはあるが、向けられる好意を見せてもらえるだけで、こうして会えるだけで十分だと思った。
食事をしながら、会わなかった間のことや、互いの仕事のことを話せる範囲で話していく。
顔を見ていると次から次へと話すことが出てきて、他愛ないことを話して笑ってと相手の反応を見ながら話すことの重要さ、楽しそうに笑う姿に気持ちが弾んでいく。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
店から出るとかなり時間が経過していたようで、空には真っ赤に焼けた夕雲が浮かんでおり、沈みゆく夕日の影がすっかり濃くなっていた。
――次、いつ会えるのかな。
忙しい相手だ。でも、せっかく王都に来ているのだから、なるべく会えるときに会いたい。
そう思いはするが、今回の王都の宿泊先の手配などすべてやってくれたラシェルに、これ以上わがままを言うのもとルーシーは自粛する。
忙しいなか、ルーシーのためならと要望を聞いて嬉々として動いてくれただけでも恵まれている。
この一週間の間にたくさん会おうとは話していたけれど、今日の会う約束以外は具体的な話はしていなかった。
卒業してから、自分たち二人の関係はどのように向かっていくのかわからなくて、ルーシーもどこまで何に触れていいのかわからない。
会いたいし、もっと話していたいけれど、あれだけ遊んでいた人がキス以上手を出さないことの意味を考えずにはいられない。
なにより、過去のことはそう簡単に忘れられるものでもないし、下手に触れて苦しい思いをさせたくない気持ちが強かった。
ラシェルが今のような関係でいいのならルーシーも焦らなくてもいいとは思うけれど、やっぱり女性としてはどうなのかなとも気になっている。
今はまだいいけれど、この先いつまでもこのままでいいというわけにもいかない。身の振り方を具体的に考える時期はいつか来る。
結婚や仕事も含めてどのようにそれぞれ向き合っていくか、現在付き合っているラシェルのことを考えないわけにはいかない。
でも一番は、つらい過去を持つラシェルに無理をしてほしくない。
だから、ルーシーから恋人らしいことの要求は話でさえ自分からできずにいた。
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