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ラシェルの本気2
しおりを挟む「つまり、私はリハビリ要員となったんですね」
「なんでそうなるんだ」
苦虫をかみつぶしたような表情で睨まれた。
美形の睨みは迫力があるけれど、さっきの拗ねたような表情だとか過去を知った今は、とってつけた安売り笑顔でなければその表情も好ましいものに思えた。
高位貴族である侯爵家の次期当主が、それだけの過去を背負って不能にはならなかったこと、そしてすべての女性が嫌悪の対象にならないことは良いことだ。
いずれは子孫を残さないといけない立場だし、もしかしたらルーシーにすべてを明かしたのはそういった面でのリハビリ補助を申し出るためだったのかもしれない。
独占欲とか意味がわからないことを言っているが、ラシェルにとって貴重だから手放したくないということなのだろう。
すでに実施されている手繋ぎに納得する理由が見つかり、ルーシーは晴れやかに笑った。
「なんでって。その、すべての女性が苦手じゃないとわかって良かったですね。事情は理解しましたので、学園にいる間協力できることはしますよ」
「はぁぁぁぁぁーーーーっ。これまでの俺の行いが悪いってわかってるんだけどさ、ここまで通じないのも腹が立ってくる」
ルーシーが話している間もラシェルの眉間のしわがどんどん深くなっていき、睨んでいた瞳も恨めしさを込められた。
盛大な溜め息とともにそう告げたラシェルは、ルーシーの腰に手を回し器用に方向を変えるとベンチに押し倒してきた。
鮮やかな手口に目を見開いていると、ふっと自嘲気味に笑ったラシェルがふわりとルーシーのおでこにキスをする。
「なっ」
「俺はルーシーにこうやって触れたい。女性にキスしたいと思ったのは初めてで、触れていいのは俺だけにしたい。その理由を理解して」
ルーシーが小さく悲鳴を上げると、ラシェルは悲しげに眉を寄せながら、こつんとおでこを合わせてくる。
そのまま顔が近づき、唇が触れるか触れないところで止まりささやかれる。
「ルーシーの唇に触れたい」
話すたびに吐息が唇をかすめる距離。
ラシェルの過去を知ったあと、彼にこのように接近されラシェルの遊び人のイメージがガラリと色が変わる。
「……や、です」
なんとか絞り出した声は、とても小さなものになった。
美女に迫られてあっさり別れを切り出すほどキスを嫌がっていたラシェルの言葉に、とくりと胸がざわめく。
もともと接触に対して複雑な事情があるラシェルのこの言葉を、どう捉えていいのかわからない。
わからないけれど、彼にとってルーシーが考えているよりももっと特別な位置にいるのだということ、ここで知らない振りをすることが駄目なのは肌で感じた。
小さな拒絶もひどく傷ついたように顔を曇らせるラシェルを、それ以上突き放すのも躊躇われた。
かといってそのまま受け止めることもできずに、ルーシーは落ちつかない気持ちを持て余し忙しなく視線を動かした。
すると、ラシェルは曇らせた表情を一瞬で消し去り、見たことのないような柔らかな笑みを浮かべる。
「困っているルーシーも可愛いと思う」
「そういうのは、結構です」
自分が平凡な顔立ちをしているのを知っている。
もっと可愛いかったらなと思うこともあるけれど、ないものを願っても仕方がないし、化粧で変わる楽しみを知っているので、不満があるわけではない。
だけど、男女問わずとても美しい人たちに囲まれているラシェルに言われるのは、なんだか釈然としない。
見たことがない柔らかな笑みだとか、突然迫るような言葉だとかも、落ちつかなくさせた。
むっとして睨むと、それに気づいたラシェルはとろけるような甘い瞳でルーシーを見つめた。
金茶の瞳にその奥に揺らめく熱がルーシーを捉え、視線をそらせることを阻止する。
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