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ラシェルの過去1

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 屋上に来た時から、ラシェルは右目にかかる前髪を耳の後ろにかけていたので、少し色味が違う金茶の瞳がよく見える。
 この場所のように柔らかな色をした赤を含む瞳、その奥に揺らめく熱が見える双眸と絡み合う。
 まさか見られているとは思わず、ルーシーは視線を彷徨わせた後、一向に外れる気配のない視線に耐えきれずおずおずと話しかけた。

「……それで、お話というのは」
「ああー。まだ心の準備中。もうちょっとルーシーを見ていたい」

 まさかの、自分を見つめて心を落ちつけているところだったらしい。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、理解が追いつかず首を傾げる。
 ラシェルの周囲は煌びやかな人たちばかりなので、地味な自分が目に優しいとかそんなところだろうか。

「見て落ちつくものなんですか?」
「うん。ルーシーを見ていると気持ちが落ちつくのに落ちつかない。だけど、ルーシーがいいんだ」

 結局、落ちつくのか落ちつかないのかどっちなのか。
 その瞳に熱っぽささえなければ、化粧したときに人に見られることは慣れているので気にはならない。
 だが今は自分が良いと見つめてくる理由もわからず、向けられる熱も落ちつかない。

「はあ……」

 返事のしようがなかった。
 話があるなら聞くつもりで来たし、見て落ちつくならどうぞという気持ちはあるのだが、ラシェルが何を考えてそうしたいと思っているのかはさっぱりわからない。
 さすがに視線を合わせたままなのはいたたまれないので、横から注がれる視線の圧を感じながら目の前の木々を眺めた。

 またしばらくそのままであったが、ずっと掴まれたままだったルーシーのブラウスの袖をくいっと引っ張られる。
 ルーシーが視線を戻すと、ラシェルはルーシーの視線を捉えたままゆっくりと息を吐き出すと口を開いた。

「俺の女性嫌いのことを聞いてもらいたいと思って。あと、遊んでいた理由も……」

 密かに真剣味を帯び、どこか気懸かりがありそうないつもよりボリュームを落とした声に、ルーシーの姿勢は自然と伸びた。
 ラシェルは難しそうに眉根を寄せて、袖を掴んでいない手を握ったり開いたりしている。彼の緊張が伝播したルーシーは躊躇いがちに切り出した。

「あの、ラシェル様が本当は女性が嫌いなこととか誰にも言いませんし、女性関係のことも一般的に褒められたものではないですが双方理解しての関係だったと思います。なので、無理してまでお話いただかなくても大丈夫ですよ」
「いや。俺が話したい」

 そう言い切ったラシェルの言葉は力強かったがその顔色は悪く、声量に驚きぴたりと固まったルーシーに、「ごめん」と告げると唇を噛みしめた。

「えっと、大丈夫です。お話も話したいのであれば聞きます」

 話すことが負担そうなのにどうしてそこまで頑なになるのかわからないが、本人がそうしたいと思ったのならゆっくり待とうと思う。
 重い沈黙のなか、ラシェルのビリビリとした重苦しい緊張が伝わってくる。
 ふぅっと息を吐き出すと、ラシェルは袖を掴んでいた手をルーシーの手の前に突き出した。

「手、繋いでもいい?」

 強請るように顔を覗き込まれ、無理矢理微笑んだかのように見える不器用な笑みを見つめる。
 ここで断ったら傷ついてしまうのではと思うほど苦し気な表情に、ルーシーはおずおずと手を重ねた。

「これでいいでしょうか?」
「ありがと」

 さっきの哀愁漂うな気配はなんだったんだと思うほど、素早く恋人繋ぎのように指を重ねられた。

「いえ」

 ルーシーが戸惑いがちに手を見つめながら結局言及せずにいると、ラシェルが満足そうに目を細めた。
 それから、ふぅっと大きく息を吐き出すと、にぎにぎとルーシーの手の感触を楽しむようにしばらく遊ぶ。

 一本一本指の形を確かめるように指を動かしたかと思えば、ぎゅうっと握ったりとまるで始めて知る感触だとばかりに夢中になっている。
 そこにセクシャルな意図がないのはわかるのだが、あまりにも熱心なので顔が熱くなった。

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