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特別な場所2
しおりを挟むそれからラシェルは、さらにルーシーを誘う頻度を上げてきた。
次の日も、また次の日も、時間が少しでも空けば四六時中かまいに来た。
背後を陣取り近づいてくる距離も、もうこれ以上は無理だろうと思うところまで接近され、とうとうルーシーは根負けした。
断り続けるのも結構気を遣うし、だんだん申し訳なくなってくる。
そこまで熱心に誘ってくれるのなら、一度誘いに乗ってみてもいいだろうと判断した。
どうやら誘いを了承してもらうことを目標に掲げてしまったらしく、頑張ると宣言してしまっては後に引けなくなっているのだろう。
ラシェルも、断られるから誘いたくなるかもしれない。一度、誘いに乗ったら納得するだろうと思ったのだ。
遊び人だけれど、了承もなく手を出す人ではないと知っているので、そういう意味での心配はない。
「どこに行かれるのですか?」
放課後、のんびりと歩くラシェルにブラウスの袖をきゅっと掴まれながら、ルーシーは彼を見上げた。
慣れた手つきでするりと腰に手を回してこようとしたのをきっぱり断ると、妥協案としてこうすることになった。
腰を抱かれるよりはいいけれど、なんだかこれはこれで恥ずかしい。
どういった表情を作っていいのかわからず口を引き結んでいると、光が反射してきらきらと金に煌めく金茶の双眸が愛おしげに細められた。
「俺のお気に入りの場所」
「そ、そうですか」
いつもの安売り笑顔とは違う、あまりにも自然でまるで慈しむような優しい表情に、うっかりドキドキしてしまった。
内緒だよとばかりに唇の前に人差し指を当て、緩やかに流れる艶やかな青髪に色気さえ滲ませる。
へらりと笑うでもなくルーシーに注がれる視線はどこまでもまっすぐで、流れる気配がいつもより引き締まっている気がして、ルーシーは緊張してきた。
こくりと喉を鳴らすと、ラシェルはふっと微笑を浮かべ、くいっくいっと袖の端を引っ張った。
「こっち」
屋上へと続く階段を上がると、ラシェルはポケットから鍵を取り出して扉を大きく開けた。
さぁっと気持ち良い風が吹き、ふわりとスカートの裾が舞い上がる。広がる青空のなか、ぱたぱたと鳥が羽ばたいていく。
「すごい! こんなところがあったんですね」
「ここが俺の特別な場所。まあ、殿下たちも知っているけどね。ここに個人的に人を連れてきたのはルーシーが初めてだよ」
学園の屋上は、まるで小さな森のようだった。
風が吹くたびにさあぁと木々がささやき合い、それが耳に心地よい。連れられて奥へと入ると、光が集まるなかに白いベンチがぽつんと置いてあった。
「一般人は入ってはいけないとか?」
「ここの鍵を持っている者も限られているし、誰も広めようとしないからね。ここならゆっくりできるし、俺も話したいことを話せるかと思って。それよりも、俺としては初めてと言う言葉に反応してほしかったけど」
拗ねたように口を尖らせると、ベンチの上にさっと紺色のハンカチを敷かれて座るように促され、人がひとり座れる分を開けてラシェルが腰を下ろす。
ただ、袖を掴む手は離されなかった。
柔らかな木漏れ日は、ひんやりした森の中に暖かさを運ぶ。
ルーシーはゆっくりと目をつぶり、深呼吸を繰り返した。様々な木々の匂いとほのかにラシェルから香る甘い匂いが混ざり合いとても落ちつく。
再び瞼を上げると、太陽が木々を照らし作る色と陰が美しくて、心が洗われていくようだった。
何も考えたくなくなる。ただ、身を任せているだけで清らかな気持ちになるようだ。
確かに特別な場所であり、この場所を大勢に広めて踏み荒らされたくないと思う気持ちは理解できた。
「ずっとこの場所にいたいくらい落ちつきます」
「日常を忘れさせてくれるから、俺は疲れた時や考え事をしたいときによく来るよ」
「その気持ちとてもわかります」
疲れを優しく流してくれるような癒やしの空間は、気分が前向きになって良い効果を生みそうだ。
ラシェルもこの空間に身を預けているのだろう。しばらくそうしているようなので、ルーシーはふっと肩の力を抜くと再び目を閉じた。
自分ではない意思に動かされていた、一年以上の時間が取り戻されることはない。
その後の経過を見るからに自分だけがそうだったわけではないようだし、婚約破棄だとか家を巻き込む事態になった人もいる。
どちらがマシだという話ではなく、後悔しても次に生かされない空しさとでもいうのだろうか。処理しきれないしこりはずっと残っていた。
だけど、ここに居るとそんなことはどうでもいいことのように思えた。
アリスに押しつけられ後片付けをしていたことでラシェルとは話すようになり、ルーシーの状態を知り気にかけてもらったからこそ、知り得た学園の特別な場所。
ただ薄暗い空間が広がるぽっかり空いた空間に、目の前の光景のように柔らかに光が降り注いでいく。
ほっと息を吐きちらりと横を見ると、ラシェルは熱心にじっとルーシーを見ていた。
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