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遊び人の素顔2
しおりを挟む「その……」
「………………」
押し殺した冷たい怒気にも似た長い沈黙による静寂に耐えられず、ルーシーは慌てて謝罪する。
本来、そこまで攻撃的な性格をしていないし、争いを厭うほうなので自分は大人しい部類だ。
「えっと、すみません。ちょっと思っただけですから」
口にすべきではなかったと、ルーシーはぺこりと頭を下げてラシェルから離れた。
ものすごくは情緒不安定である。
嬉しいのに面倒くさいし、やっぱりひとりになりたい。
どうして今になって声をかけてきたのかと、もっと早かったら変わっていたかもしれないのにと思う気持ちもあった。
これは八つ当たりかもしれないとは冷静な部分で思っているが、まだ一年以上の感情がぐちゃぐちゃとルーシーの中で渦巻いている。
何を話して、黙っておいて、どこまでの気持ちの強さなのかとか、整理ができていない。
貴族令嬢としては駄目だとわかっていても、相手から絡んできたのだからと言う気持ちもあった。
今日はたまたま鉢合わせをしたから、話しかけられただけだろう。これっきりだからと納得させる。
苛立ちや、らしくなさだとか申し訳なさといった感情を押し殺し、ドアをくぐろうとしたら背後から腕を取られて掴まれる。
「待って」
「えっ」
ラシェルは開いていた扉を素早く閉めると、そのままルーシーを扉に押さえつけてきた。
端整な顔が近づき、少し乱れた前髪から普段は隠れている右目が見える。
学園に来てからずっと遠くに感じていたクラスメイト。しかも男性に触れるほどの距離に接近され、さっきは平気だと思った心臓がドコドコとうるさく主張する。
そんななか、右の目のほうが同じ金茶でも少し赤みが強いのかきらきらして綺麗だなと、場違いなことも考える。
余裕がないからこそ、現実逃避しているのかもしれない。
顔を近づけたラシェルに、もう片方の腕も掴まれそのまま持ち上げられる。
ドンと振動とともに勢いよく肘から手にかけて壁につけると、再びルーシーの逃げ道を塞ぎ見下ろしてくる。
「俺が女性を嫌いだって?」
近づいてくる吐息。
まるでキスをする寸前のように、唇に触れる手前で整った顔が止まる。
ぎりっと掴まれた手は、赤みが残るのではないかと思うほど力強い。まるで、憎い存在と対峙しているかのようにきつく掴まれて、ルーシーは目を見開いた。
まとう気配にチャラい空気が一切なくなり、重く鋭いものをぶつけられる。
親しみやすさをすべて取り払った表情と、睨むようでいて見たくもないとばかりのその仄暗い視線は、心底汚いものでも見るような侮蔑があった。
距離も近いが、これ以上触れてたまるかとばかりに完璧な一線を引きぴたりと止まっている。
――ああ、そういうこと。
隠すことをやめたその双眸は、実にわかりやすかった。
ラシェルは、女性が好きだとか嫌いだとかそんな次元ではないのだ。憎くて憎くて仕方がないのだろう。
そして、そんな憎くて軽蔑している女性に、本心を見破られて怒っているのだ。
先ほど、美女とのキスを嫌がったラシェル。
ここに訪れた時の女性とのやり取りも、自分から腰に引き寄せるのはいいが、引っ付かれると距離を取っていた。
本当なら触りたくないのかもしれない。
彼に何があってそこまで女性を憎みながらも遊んでいるのかは知らないが、知られたからといってこのように追い込まれて、落ち込むルーシーではない。
むしろ、よくわからないものに屈服してたまるかという気持ちが勝った。
もとはと言えば、ルーシーなんかに気づかれたラシェルが悪いのだ。
ルーシーだって気づきたくて気づいたわけでもないし、関わりたくて関わったわけではない。
アリスと一緒でそっちからやってきて、勝手に押しつけられたようなものだ。
試しにルーシーが顔を動かそうとすると、びくりと肩を揺らして下がっていく。
それを何の感情もわかない冷めた双眸で眺めながら、ルーシーはゆっくりと告げた。
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