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巻き込まれています4
しおりを挟むいつまでも逃避していては仕方がないと、現実に目を向ける。
割れた花瓶が散らかり濡れた床が視界に入り、ぎゅっと柄を掴む。
「やっぱり、やるしかないかぁ」
押しつけられたものを放り出して帰ることもできたが、アリスが戻ってきて片付けるわけではないし、このまま放置は後味が悪い。
はっきりと告げても結局押しつけられ同じことの繰り返しにげんなりしながら、後で問題になりまたアリスに絡まれるほうが面倒だと、ルーシーは箒で割れた花瓶の破片を刷いた。
細かなものは魔法で片付けてしまいたいが、果たして魔法使用禁止はアリスのみなのかこの物事についてなのかわからないので、仕方がなく手作業で行う。
あらかた掃き終わり、次は濡れた床にモップをかけようとしたところで、がらりと教室の扉が開かれた。
まさかアリスが戻ってきたのかと訝しく思いながらルーシーは視線をやり、現れた人物を見て警戒心を強める。
「あれっ。もう誰もいないと思ったのだけどな。何してるの?」
開け放たれた扉には、同じクラスのラシェル・ウィンナイトが女性の腰を抱いて立っていた。
青い髪に金茶の瞳。少し長めの髪を耳の上で編み込みし、左右非対称の前髪は右側だけ長く伸ばしており、シャツはいつも二つ以上ボタンを開けて着崩している。
彼は王太子殿下の側近のひとりで遊び人。侯爵家と身分が高いことや殿下の側近であることを感じさせないほど、特に女性にはフレンドリーな人物だ。
女性を前にしたら褒めることを当然とするラシェルとは、アリスとともにいることで何度か話したことはある。
そして、今のようにいつも違った女性と近い距離で一緒にいるところを、何度も見かけたことがあった。
アリスに積極的に関わる相手は苦手だ。
その上、以前から女性に向ける笑顔に違和感があり、距離感もよくわからないし関わりたい相手ではない。
別に見てわかるようなことに答えがほしくて問いかけているわけではないだろうし、話す気分にもなれずに小さく首を傾げる。
今までのルーシーの反応はこんな感じだったから、相手も気にしないだろうと思った。
すると、ラシェルは右だけを長く伸ばした前髪をくるくると指に絡めながら、左眉を跳ね上げた。
その横にいるクラスは違うが見かけたことのある金髪美女は、ラシェルの腕に胸を押しつけようとし、そっと距離を取られ上目遣いで彼を見上げた。
「ねえ、ラシェル様。早く二人きりになりましょう」
そう言いながら、ちらりとこちらを鬱陶しそうに視線をやる美女の露骨な態度に内心苦笑する。
――うーん。これは遠回しにここをさっさと出ていけと言ってるよね。
この部屋で何をする気なのだろう……、て、ナニなのだろうけれど、学び舎でやめてほしい。
明日も授業があるし、その先もずっとあるのでこんなところでアウトでしょ。今更なのかもしれないが、知ってしまったからには気分は良くない。
これから彼らがナニをすることをわかって明け渡すってすごく微妙だ。それに、ここを片付けてしまわないと後でアリス絡みで面倒そうだし。
うんざりしながら、はぁぁっ、ルーシーは小さく息を吐き、愛想程度にぺこりと頭を下げておく。
――関わりたくないな、さっさとどっかに行ってくれないだろうか。
そんなことを考えながら表情を変えずに二人に視線をやると、ラシェルが興味深げにルーシーへと視線を向けてくる。
初めて彼としっかりと視線が合い、ルーシーは、んんっと眉を寄せる。
嫌な予感がする。
何度か話したことがあると言っても、今までルーシーは彼が近くにいるときは思考にもやがかかっていた。
ラシェルもラシェルで近くにいるのが女性というだけで話しかけていたという感じであったから、個人的に話したという認識はない。
ラシェルのことは好きも嫌いもなく、遊び人との認識はその他大勢と変わらない。
だけど、いつも女性を侍らせて順風満帆とばかりに笑っているが、その本人が楽しそうに見えたことはなかった。
だから、女性に手を出しては乾いた笑顔を浮かべる変わった人という印象のほうが強い。
唯一、王子やほかの側近たちと話しているときのみ、そこに生気が宿って笑う姿も本物だと思えた。
ルーシーが違いに気づいたのは、周囲を観察することでしか時間を潰せなかったからだろう。
教室ではほぼアリスがそばにいたので、授業以外はぼんやりすることも多く、やることがなかった。誰にも相手にされず、ただクラスを観察していたルーシーだからこそわかったことかもしれない。
気づいたところでどうということでもない。
ただ、そうなのだなと思っていただけの人。
特に今も感情の発露があるとかではないし、その笑みは空っぽで嘘くさいが、少なくとも横にいる美女よりも自分のほうに意識が向けられていると感じ、ルーシーはこれ以上関わりたくなくてそっと視線を外した。
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