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魅了魔法が解けました2
しおりを挟むディストラー男爵は事業に成功し羽振りがいいのか、アリスは日替わりで流行を取り入れた煌びやかな服を着て、今日も鮮やかな水色とたっぷりのレースをあしらった服装はとても彼女に似合っていた。
どこにいても彼女の美しさは目立っており、自由な言動とともに常に注目の的であった。
対して、ルーシーは肩まで伸びたこげ茶の髪に瞳。目はくりっとしているが、鼻は小さめでうっすらとそばかすが散っており、全体的なバランスも平均的でぱっとしない顔立ちをしていた。
つまり、その他大勢の中で埋没してしまうような、十人にひとりいるような平凡な顔。
服も白シャツに、秋に良く見る萱の枯れた茶色のプリーツポンチョにジャンパースカート。華やかさとは正反対の色味であるが、自然で穏やかな色合いで気に入っている。
地味顔の唇にリップを塗っただけの今の自分に似合っていると思っているし、それに不満はない。
比べるつもりはない。
アリスを否定するつもりはない。
だけど、ここ最近浮上する違和感が気持ち悪くて、アリスを見る視線が定まらない。
ルーシーは内心顔をしかめながら、今回の騒動をどこかぼんやりと眺めていた。
アリスがうるうると双眸を滲ませ、キャサリンたちへ言葉とともに表情で訴えている。
そんな可愛らしく可哀想な彼女を、誰が追い込めるだろうか。
アリスの魅力はその自由さだ。だから、アリスがしたいように動くのが一番で誰もそれを阻んではいけない。
……違う。キャサリンたちは悪くない。それよりも、言葉でキャサリンたちを追い込み、まるで自分が被害者のような表情をするアリスのほうがずるい。
いつもはアリス一色でそばに居られるだけで満たされたような気持ちでいられたのに、ルーシーの思考の川は次々とできる波紋が広がり気持ちが落ちつかない。
言い知れない不安を振り払うよう、ルーシーが首を振ったその時だった。
「ディストラーさん、そこでこれを拾いましたよ」
「えっ?」
凜と涼やかな女性の声が響き渡り、示し合わせたかのようにしーんとクラスが静かになる。
アリスやキャサリンたちが意地悪をされた、意地悪などしていないと水掛け論をしているところへ、用事を終え教室に戻ってきたクラスメイト、――シルヴィアが差し出したのは、まさに話題に出ていたアリスの教科書であった。
「落とされましたよね? どうぞお受け取りになってください」
「……はぁ」
「ディストラーさん?」
「…………あっ」
なかなか受け取ろうとしないアリスに不思議そうに首を傾げ、シルヴィアはどうぞとばかりにアリスの手に渡す。
アリスが慌てて受け取った教科書をそばでルーシーはじっと見つめながら、波紋が広がり渦を巻くような気持ち悪さに、とうとう内側では抑えきれず眉間にしわを寄せた。
――彼女は今なんと言った?
落とした?
アリスは隠したのではないかとキャサリンたちに詰め寄っていたのに、アリスが落としたとシルヴィアははっきりと告げた。それはつまり――。
「では、失礼いたします」
穏やかな表情でそう告げると、シルヴィアはすたすたと去っていく。
彼女の姿は、水面に光り輝くようにふわりきらりと美しく見えた。
学園に入学してから常に鬱陶しく視界最悪の霧の中を歩いていたようであったが、徐々に視界が開けるように、彼女の周囲から次第に視界がクリアになってもやが晴れていく。
ルーシーにとってアリスは大事な友人であったが、シルヴィアもまた特別でちょっとした憧れの人であった。
穏やかで誰に左右されることなくクラスに存在し、アリスや王子たちに対しても常に一定で過剰に反応することも物怖じすることもなく自然体で接している。
ルーシーが本気で困っていると気づくとさっと手を差し伸べ、ぼんやりとする意識の中でも彼女の声だけははっきりと聞き取ることができた。
実際、シルヴィアは何があっても落ちついているからか、このクラスの女子たちもアリスに対して苦言は呈するが、アリスが突っかからない限り過度に騒ぎ立てることはない。
あまりにも左右されない相手を見ると、激していた感情がすっと引いて自分の行いを振り返ることが多くなるのだろう。
シルヴィアは意図していないだろうが、いわば、彼女はクラスの女子の緩衝材であった。
誰もが信用するシルヴィアが放った一言。それがクラスに大きな波紋を、ルーシーに衝撃を及ぼした。
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