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嫌われているようなので出て行きます①
しおりを挟む成人となる十八歳の誕生日を迎え、高揚した気持ちがいつもより行動的にさせたのか、普段はできるだけ避ける一室の扉の前に私は立っていた。
広い屋敷の窓から差し込む明るい日差しはこれからすることの背中を押してくれるようで、目を細め光によって色味が違って見える床を見つめた。
少しでも気を抜くと、義兄の自分を見る冷ややかな視線を思い出してしまう。
それだけできゅっと締め付けられるように胸が苦しくなり、訪ねるのはやっぱりやめておこうという気持ちがせり上がってくる。
――でも、これが最後になるかもしれないし。
お礼を言うだけだと、してもらったことの感謝の気持ちを伝えないほうが後悔すると何度も自分に言い聞かせ、すぅっと息を吸い込むと顔を上げた。
きっと大丈夫だと自分の中の勇気を奮い立たせるようにぐっと拳を握る。
そのまま勢いで扉をノックしようと手を上げたところで、扉の向こうから話し声が聞こえそのまま手を止めた。
「もうすぐ約束の二年だろ? クリフォードは我慢できるのか?」
「いい加減我慢の限界だな。早くその日が来てほしい。フローラの姿を見るとほんと疲れるし仕事に支障をきたす」
義兄のクリフォードと彼の親友のザックとの会話を耳にし、私はドアをノックしようとしていた手を止めてゆっくりと下ろした。
ぐわんと脳内が揺さぶられるような衝撃でうまく身体を動かせない。それでも物音を立ててはいけないとだけは強く意識し、自分を叱咤しゆっくりと後退る。
そのまま足音が聞こえないくらい離れたところで、誰にも見つからないように顔を伏せて急いで自室に引きこもった。
ぼすんと勢いを返すように弾むベッドに倒れ込み、贅沢な柔らかさに包まれると無性に虚しくなって泣きたくなる。
「やっぱり嫌われてたんだ」
声に出すとさらにへこむ。
わかっていたことなのにショックを受けている自分に腹も立ち、ぐっと唇を噛みしめた。
三歳の時に父が病気で亡くなってから女手ひとつで育ててくれた母が、私が十六歳の時に侯爵と再婚したためアルヴァートソン侯爵の娘となった。
身分違いを心配したが、母は伯爵家の次女で平民の父と駆け落ちし今に至ることをその時に知った。
そのため貴族令嬢としての教養もあることからそこまで反発もなく、何より侯爵が母に一目惚れし強く再婚を希望したためトントン拍子で侯爵との結婚が決まった。
どこか世間ずれしたおっとりしながらも学や気品を感じ、周囲の女性とどこか違うなとは思っていたけれど母は母だったので深く考えていなかった。
言われてなるほどと納得し、そういうこともあるかとここまで育ててくれた母が幸せならそれでいいと私は祝福した。
ただその後、私も連れて行くという話が出てきた際には大いに慌てた。
まだ庇護が必要な幼子ならまだしも、働きに出ることができる年齢だ。しかも、私には母がずっとお世話になっていた商家の伝がある。
実際に幼馴染みでもある二つ上の商人の息子であるタイラーもいるので心強いし、母の結婚の話が出てきた際に相談し雇ってくれると言ってもらえたので完全にそうするつもりで準備を進めていた。
だけど、蓋を開けてみたら母も侯爵も、私が一緒に来るものだと考えておりかなり反対された。
侯爵は太ってはいないがふっくらとした体型の人好きのする優しい雰囲気の人であったが、その見た目同様紳士で若い女性をひとりにさせられないと心配しながらも、これだけは譲れないのだと何度か話し合いをすることになった。
私よりも六つ年上の長男は家にいるから問題ないと言う。
けれど、跡取りなのだから当たり前だし、息子さんは侯爵家の仕事をこなし立派に働いているのだから彼と一緒にしないでほしいと思ったけれど、さすがにお貴族様に面と向かっては言えず。
ちなみに、次男は騎士団に所属して家を出ているらしい。
具体的に生活できる基盤があるから自立すると告げても、母や侯爵は首を縦に振ってくれず私は我を通すことを諦めた。
血の繋がった家族と離れたくないという母の要望を汲み、最終的に二年間という約束で甘えさせてもらうことにした。二年経てば成人しているので、そこが互いの妥協点となった。
母と義父に説得され緊張しながら訪れた侯爵邸。
がちがちになりながら初めましてと挨拶をし六つ上の義兄となるクリフォードを目にした私は、思わずぽかんと口を開けて呆けてしまったのは今では黒歴史である。
小柄な私より三十センチほど上にあるご尊顔に見惚れる。
妖精によるチェンジリングで取り替えられたのかと思うほど、アルヴァートソン侯爵とは瞳の色以外はまったく似ておらず非常に整った顔立ちをしていた。
やたらと艶やかで眩しい金の髪に、どんな宝石にも負けないほど鮮やかなグリーンの瞳。完璧なバランスで配置されたパーツに唯一無二のその二色がさらに美貌を際立たせる。
正直、ドキドキしてしまった。
こんな素敵な人と家族になるなんてと、今世の運を使い果たしてしまったかもというくらいタイプの顔。いや、誰もが好きだろうこの顔というくらい美しく、均整のとれた体躯にも男を感じ大層魅力的な人物だった。
――絶対、モテるよね。
家族となる人に対して思うことが俗物的すぎると思いながら見ていると、エメラルドの瞳が硬質な冷えた輝きを持ってこちらを見下ろした。
まるで無機物でも見るかのような視線に、私の感情は一気に下降する。
美形のクリフォードに対して、私はどこにでもいるようなミルクブラウンの茶色の髪に同じような色味の瞳。
柔らかな色味のそれは、身長が低いこともあって人にとっては放っておけないと可愛がりたくなるようなと称されることもあるけれど、義兄にとってはなんの魅力も感じないただのぼやけた色味に映っているようだ。
侯爵の後妻となった母の連れ子である私が気にくわないとばかりに、端的に「よろしく」とだけ告げられた口調と違わぬ冷ややかな視線で私を捉えた。
まるで置物でも見ているように感情が灯らない瞳を向けられ、私はびくりと肩を揺らした。
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