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甘やかされてばかりは嫌です②
しおりを挟む「リアはよくしてくれている」
「でしたら」
だけど、ディートハンス様はどこまでも真剣に主張する。
その上、触れる手つきはどこまでも甘く、私を誘惑するように見つめる眼差しは熱かった。
「だが二人ですれば早く終わる。高いところは私のほうが効率がいい。それに終わればその分一緒にいられる」
確かにそうなのだけど、以前にも増して荷物持ちや掃除の手伝いなどしてもらっていて、騎士団総長、しかも第二王子殿下にさせていいことではない。
ディートハンス様含め騎士たちに、気持ちよく過ごしてもらえるようにするのが私の家政婦としての仕事だ。
「ですが、今は仕事中です。これは甘やかしすぎなのでは?」
賃金だってもらっているし、もし同僚がいれば明らかに不満案件だ。
そう言うと、ディートハンス様は考えるように顎に手を当てた。
目を眇め沈思していたが、目を見開くと顔に穴が空きそうなほど見られる。
「だが、家政婦はリアだけだ。それにリアは私のお世話係でもあるだろう?」
「………………えっ?」
久しぶりの『お世話係』という言葉にぽかんと口を開ける。
そこまで月日は経っていないがその間が濃かったので、忘れてはいないけれど終わったことだという認識だった。
「確かにお世話係に任命されましたが、それはディートハンス様の看病という名のもとだったかと」
「だが、終わりだとはまだ誰も言っていない」
そう言えばそうだ。
だけど、ディートハンス様の不調は改善されたのだから、終わったものという認識は間違っていないはずだ。
「確かにそうですが」
「リアは私のお世話係でもあるのだから、私の要望は聞くべきではないか? 仕事を奪っているわけではない。私が一緒にいたくてやっているのだから悪いことではないはずだ」
どこまでも真面目に告げるディートハンス様。
堂々とされると、そうかもと思ってしまうから不思議だ。
主張も不快になるようなことではないからか、私自身がディートハンス様の思いを無視したくないからか、どうしても流されてしまう。
「それを甘やかしというのでは……。私は少しでもディース様たちがこの寮で安らげるように働けたらと思うのですが」
「リアは勘違いをしている。もちろん、リアがこの寮を管理してくれているから私たちは寛げている。だが、私が何よりリアのそばにいたい。そばにいることが一番の安らぎだ。仕事の邪魔はしないから追い出さないでくれ」
ああ、なんでこんなに胸をくすぐってくるのだろう。
愛おしくて、全力で甘やかそうとしてくるディートハンス様がかわいくて。
「ずるいです」
そんなふうに言われると、その手を突っぱねることはできない。
仕事を抜きにすると、私だって一緒にいられることは嬉しいのだ。
「それにお世話係は万全になるまで見てくれるんじゃなかったか? リアがいないと万全ではないからずっと私から目を離してはいけない」
だから一緒にいようと私の髪をするりと取るとキスをし、ディートハンス様はにこりと微笑んだ。
以前、ストレートの言葉は真顔のほうが恥ずかしいと思ったけど、この微笑の破壊力は災害級なのではないかと思うくらいやばかった。
仕草も甘すぎて、かけてくる言葉もとことん甘くて、そうすると決めたディートハンス様には敵わない。
それでもやっぱり甘やかされてばかりはと、仕事なのにと思う気持ちはあって精一杯の抵抗を試みる。
「お世話係は私だったはずなのですが」
これだと私がお世話されている立場になってしまう。
よしんば一緒にいるのはいいとして手伝うのは控えてもらえたら……、それも落ち着かない気もするけれど、何でもかんでも流されていると際限がなくなりそうだ。
「お世話されることもお世話係の仕事だな」
「屁理屈では?」
普段あまり語ることをしないのに弁が立つ。
むっと頬を膨らませると、ぷにっと指で押された。
「リアの雇い主は私だ。それにフェリクスたちもあれから何も言っていないだろう?」
「それは、そうですが」
確かにそれについて言及は誰もしていないけれど、フェリクス様たちも忘れているのではないだろうか。
「なら、これからも私のお世話係だ。お世話係は私の要望にできるだけ応えること。私はリアがいると調子がいい。つまりそれは騎士団としてもいいことだ。リアはいるだけで十分仕事ができていることになる」
誰かこの人を止めてくれと思いながら、私は折れそうになる。
結局、好きな人が嬉しそうなのを妨げる気にならない。
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